7章 25話 虚実
美珠邸での戦いは続きます。
「…………仮面」
薫子は玲央の変化を目にして、わずかに目を見開いた。
玲央の周りではゆらゆらと仮面が漂っている。
泣き顔と笑顔が混在した仮面が。
彼の身に起きた変化。
上昇した魔力から見ても、彼の戦闘力が増しているのは明白。
(なら――)
薫子は床を蹴った。
そして素早く玲央に肉薄する。
(何か起こるのなら、寧々子さんの目が捉えてくれるはず)
寧々子が持つ能力は未来視。
つまり、見える範囲は視界に限定される。
――だからこそ薫子が一番鎗を務めた。
寧々子が離れた位置から戦場を俯瞰していれば、想定外の攻撃にも対応できると考えたからだ。
一方で、もしも寧々子が攻めたのならば死角からの一撃に対応できない可能性がある。
ゆえにここは薫子が動くべき場面。
「はぁっ!」
薫子は玲央の顔面に向けて拳を打ち放つ。
寧々子からの警告は――ない。
「な――」
結果から言えば、薫子の攻撃はヒットしなかった。
だが、躱されたのではない。
――すり抜けたのだ。
残像を殴ったかのように。
最終的には、拳だけでなく薫子の全身が玲央の体をすり抜けた。
「ッ!」
一瞬の動揺。
それでも薫子はその場で踏みとどまり、玲央の後頭部に回し蹴りを叩きこんだ。
振り抜かれた足は――玲央をすり抜ける。
「《顕現虚実・夢幻迷子》の能力は――現実の幻術化だ」
玲央の手が薫子の足を掴んだ。
先程まで一切触れられなかったにもかかわらずだ。
「《顕現虚実》は幻を現実にする。そして《顕現虚実・夢幻迷子》は現実を幻にする」
玲央の手は薫子に触れている。
これは、まぎれもない現実だ。
「――つまり貴方の体を幻にしていたというわけですか」
「そういうことだな」
玲央が嗤う。
瞬間、薫子は掴まれていない脚で床を蹴った。
両足が地面から離れ、彼女の全体重が玲央の手にかかる。
「おっと」
小柄といえ一人の人間。
薫子が一気に体重をかけたことで玲央が体勢をわずかに崩す。
そのタイミングに合わせ、彼女は両手を床につく。
逆立ちの姿勢。そのまま薫子は玲央の顔面に足を叩きつけた。
――それもすり抜ける。
(なるほど)
しかし、薫子の目的は攻撃を当てることではなかった。
彼女の目は――玲央に掴まれていた足に向けられていた。
(体の一部だけを幻に――とはいかないようですね)
掴まれていたはずの足首も玲央の手からこぼれていた。
そういう能力なのか。未成熟ゆえか。
玲央は全身を幻にするか、全身を現実のままにするか。
オンかオフか。
それしかできない。
体の一部だけを幻にするといった微調整が利かない。
「蹴りやすい頭だな」
「ッ!」
玲央のローキックが薫子の顔面に炸裂する。
逆立ちという不安定な姿勢だったこともあり、彼女はガードもできずに吹き飛ぶ。
彼女の体は軽々と飛んで壁に叩きつけられる。
とはいえ彼女も歴戦の魔法少女だ。
瞬時の判断によって、彼女は衝突の際に受け身を取っていた。
そして、薫子は重力に捕らわれて落ちるよりも早く――壁を蹴った。
彼女の体は床と並行に跳び、再び玲央に襲いかかる。
「――――」
だが玲央は構えない。
当然だ。体を幻にすれば、あらゆる攻撃を無効化できる。
防御など必要ない。
そう判断したのだろう。
それに対する薫子の対応は――必要ない。
「…………!?」
だって、攻撃などしないのだから。
薫子は床に足を付いてブレーキをかけると、玲央に手を伸ばした。
拳を握ってさえいない腕が玲央の体を貫く。
感触は――ない。
「どんな能力であれ、使い続ければ魔力を消耗します」
「なら――魔力が尽きるまで貴方に触れ続ければ良い」
(能力からして、それほどコストの良い魔法ではないはず)
この世に存在する者を、なかったことにする。
そのために消耗する魔力が少ないわけがない。
「わたくしは、貴方の魔法を攻略する必要性を感じません」
「ちっ……」
玲央が飛び退く。
重複していた肉体が離れてゆく。
「させません……!」
それを追う薫子。
同時に彼女は指示を飛ばす。
「寧々子さん。彼の幻術を解除させないでください……!」
「分かったにゃん」
玲央の背後から寧々子が襲いかかる。
素早い爪撃が玲央の体を通過する。
彼はアクロバティックな動きで寧々子を振り切ろうと動く。
「いくら逃げても無駄にゃん」
玲央がテーブルに跳び乗ったことで調度品が床に散らばる。
そんなことを意にも介さず、寧々子は追撃を続ける。
「君が逃げる未来は、もう見えてるにゃん」
寧々子の未来視を使えば、玲央に触れ続けることは難しくない。
軽業師のように避ける玲央を寧々子は正確に追い続ける。
玲央の能力を見た時、多くの人は『どう攻撃を当てるか』に集中するだろう。
相手の不意を突き。
死角から。
いかに現実化した肉体を狙うかに終始する。
敵の警戒網を縫い、正確無比な一撃を目指す。
それだけが解決策と妄信する。
だが、違う。
実体に戻る暇さえ与えない継続的攻撃こそが最適解。
「ったく、せっかくオレが格好良いブレイクダンスを披露してるってのによ。見惚れて動きが止まってもいいんだぜ」
「ブレイクダンスより、家具がブレイクしてる方が怖くて手が止まりそうにゃん」
「じゃ。もっとブレイクするか?」
玲央はテーブルに着地すると。近くにあったガラスの灰皿を寧々子に投げた。
「っと」
続けざまに玲央はナイフを幻術化すると、それを投擲する。
ガラスの灰皿へと。
「にゃっ」
砕けたガラスが細かな破片となって飛び散る。
至近距離でガラス片が飛び散れば目が潰される。
そんな未来を察知していたのだろう。
寧々子は両手で顔を守りながら飛び退いた。
――攻勢が途絶える。
「はぁっ」
その隙を埋めるように薫子が追撃を放つ。
彼女が繰り出した蹴りは――
「…………!」
「……結構痛ぇのな」
――当たった。
玲央はすでに実体となっていたのだ。
「何から何まで幻になって躱したら消耗が激しい、か」
「いい勉強になったぜ」
「!?」
一瞬にして何本もの剣が薫子を取り囲む。
全てが幻術。
全てが、人を殺せる幻術だ。
「まずは一人目ってことで」
「死んでくれ」
幾本もの剣が四方から薫子を貫いた。
《彩襲形態》は全員、元となった魔力の持ち主に対応した能力になっています。
ギャラリー:自分を含めた『時間停止』
キリエ:『再生』の妨害
トロンプルイユ:現実の『改変』
となっております。
それでは次回は『壊れた未来』です。




