7章 24話 捨て駒
美珠邸での戦いが始まります。
「いえ。わたくしも残ります」
寧々子は倫世邸に戻り、薫子に事情を話した。
それに対する彼女の返答は寧々子の期待に沿わないものであった。
「拠点の移動なら、マリアとイワモンだけで充分です。わたくしも彼の迎撃に向かいます」
「な――」
寧々子は言葉を詰まらせる。
「だ、ダメにゃん! 薫子ちゃんは――女神適性のある数少ない魔法少女だから……! ここでもしものことがあったら困る……から……!」
説得を試みる寧々子。
だが薫子の表情は凪いでいて、寧々子の言葉が届いているようには思えない。
それでも寧々子が必死に言葉を並べ終えると、薫子は微笑む。
「大丈夫です。女神適性のある魔法少女は少ないだけ。実際、イワモンはわたくし以外にも2名候補がいると言っていました」
「…………」
「つまり、わたくしは唯一ではない。だから、消費しても問題ありません」
消費。
それはまるで――物のようだ。
薫子はもう、自分を人として見ていない。
ただの物。
ただのシステムとして見始めている。
まだ彼女は女神としての力を受け継いではいない。
それでも、心が女神に組み変わりつつある。
「だからわたくしは残ります。あくまで守るべきはあの二人だけですから」
――すでにイワモンは世良マリアを連れて離脱している。
《正十字騎士団》において、あの二人は核だから。
それでも――
(それでもアタシは――)
寧々子が一番にこの場から遠ざけたいのは、薫子だった。
なぜなら――
「それに、時間はなさそうですよ?」
薫子がそう言った。
直後、寧々子の背後の床が破壊された。
(……迂闊だったにゃん)
どうやら話に集中しすぎて未来を読み逃していたらしい。
下から突き上げるように破壊された床。
そこから一人の男が飛びあがってくる。
「――やっと見つけた」
男――玲央は嘆息すると、ゆっくりと床に降り立った。
彼の服には傷や汚れがある。
しかし彼自身の体は無傷といって良い。
何より――
「リリスちゃんと雲母ちゃんを倒して来たってことにゃん……?」
信じがたい話だ。
個々人としても強力な魔法少女。
コンビとしての相性も良い。
そんな二人が、敗れた。
彼一人の手によって。
「薫子ちゃん。やっぱり逃げるにゃん」
(アタシは、あの二人より弱い)
リリスと雲母が協力して勝てなかった相手に、自分が挑んで勝てるだろうか。
それは難しいと彼女は判断していた。
たとえ薫子と協力してもさほど分の良い賭けにはならないだろう、とも。
(こうなったら最悪――)
「アタシがちょっと時間を稼ぐから薫子ちゃんは逃げて」
寧々子の能力は未来視。
守りに徹したのなら時間は稼げる。
あとはスピードと危機察知能力任せに逃走する。
勝とうと思わねば、不可能ではない。
「いえ。二人で始末しましょう」
だが薫子はそう宣言した。
「ここなら、有利に戦えます」
薫子はそう続ける。
「わたくしたちは建物の間取りを知っていて、彼は知らない。幻術使いと戦うにあたって、これは大きく作用します」
薫子の言い分も間違ってはいない。
幻術は『相手に自覚させない』ことで最大の効果をもたらす。
リアリティのある幻術。
それを破ることは困難だ。
だが、玲央はこの屋内の構造に詳しくない。
ゆえに本物と見間違うような幻術は使えない。
幻術が幻術である事を看破できたのなら、対抗策を打てる。
そういう意味では、彼が把握していない障害物の多い邸内は悪くないステージだ。
もっとも――
(それでもアタシは、薫子ちゃんを戦わせたくなかったにゃん)
――寧々子の気持ちが変わるわけではないのだが。
☆
「おいおい。人の家でテンション上げすぎだろ」
玲央は首を傾ける。
すると彼の背後の壁が砕け、彼の頭があった場所に拳が打ち込まれる。
攻撃の主は――薫子。
(廊下から回り込んで、隣の部屋から壁越しに攻撃――か)
邸内の構造を熟知しているからこその戦法。
一方で、部屋の配置を知らない玲央ではカウンターも難しい攻撃だ。
どこの部屋がどこにつながっているのか。
それを一目で理解するには、この建物は広すぎる。
「……?」
玲央は違和感を覚えた。
――薫子の拳だ。
パンチを打った姿勢のまま戻らない拳。
しかも、なぜか玲央には彼女の手の甲しか見えない。
拳を突き出した状態にしては、腕の向きが不自然だ。
まるで――手の中を見られては困るかのように。
「や……べっ……!」
慌てて飛び退く玲央。
直後、薫子の拳が爆発した。
比喩表現ではなく、彼女が握り込んでいた手榴弾が起爆したのだ。
「ちょっと不自然でしたね」
薫子は千切れた右手を見るとため息をついた。
「それとも躱されることを見越して。爆発音で鼓膜を破裂させる爆弾のほうが良かったですね。うふふ。肝心なところで判断ミスだなんて、わたくしはやっぱり愚図ですね」
彼女は薄笑いを浮かべると、回復用の爆弾で手首を再生させる。
「一発目が手首ごと爆破ってエグすぎねぇか?」
「治りますから」
「現実主義だな」
玲央は思う。
金龍寺薫子もまた、ある意味で振り切れてしまった人間なのだと。
彼女は切り捨てて良いものと駄目なもの。その区別ができすぎている。
もしも彼女に自己保身の心があったのなら、まだ可愛げもあっただろう。
自分さえ使い潰してしまう彼女は、玲央の目にも異常に映った。
「――――はぁ」
玲央は乱暴に頭を掻く。
「無理だぜ悠乃。こいつを説得とかマジで無理だ」
玲央は自嘲した。
彼はどこか悲しげな表情で薫子を見ている。
「なぁ……悠乃」
「こいつを殺したら――もうお前は戦わないでくれるのかね」
玲央の手中でサーベルが月光を反射する。
静かな光が薫子の頬を照らした。
「重ねた嘘は、守るべき真実のために。重ねた真実は、最期の嘘のために」
「――――《彩襲形態》」
「《顕現虚実・夢幻迷子》」
玲央VS薫子、寧々子は今章でのラストバトルとなる予定です。
それでは次回は『虚実』です。




