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もう一度世界を救うなんて無理っ  作者: 白石有希
7章 もう一度ここから始めよう
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7章 23話 最後の一振り

 魔王城戦はこれで終わりです。

(あ――――)

 倫世は目の前の光景に死を見た。

 これまでのような『危険』ではない。

 避けようのない運命じみた死だ。

 冷撃の閃光が倫世の胸に迫る。

 《紅蓮葬送華》。

 凝縮された冷気をレーザーのように放つ魔法。

 冷気によって柔軟さを奪い標的を脆弱にして、一点に集中した衝撃で貫く。

 それでも、倫世なら対応できる攻撃だった。

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 倫世は右手を除けば、ほとんど生身だった。

 身体能力も低く、魔法も使えない。

 《自動魔障壁(エスクード)》もその機能を失っている。

「っ」

 できることといえば、『後退してはいけない』というルールさえ忘れて飛び退くことだった。

 決闘の掟を破ったことで観客の視線が倫世へと向けられる。

 だが無駄だ。

 彼らが倫世を殺すよりも早く、彼女は死ぬのだから。

(どうにも――ならないわね)

 倫世の足では1メートルさえ跳べない。

 どうあがいても、攻撃の軌道から逃れられない。

(どうせ死ぬのなら――)

 倫世は右手をかざした。


(私自身で、命の賭け方は決める)


 この状況でも命運を他人に委ねない。

 美珠倫世は、一人で世界を背負った魔法少女なのだから。



「うん。終わりだ」

 キリエは鉤爪を軽く振ると、そう言った。

 彼女の視線の先には倫世が倒れていた。

 胸に大穴を開けた状態で。

 冷気によって血が凍っているのか出血はない。

 しかし、傷の位置から考えても明らかに心臓を失っている。

 キリエの考えは至極当然だろう。

 だが――

「そうじゃと、良いのじゃが」

 グリザイユはどこか釈然としない感情を覚えていた。

 あえて言うのであれば、不安感。

「さすがに死んでると思うけどね。あれで死んでいなければ、アタシたちよりもよほど人間を辞めているんじゃないかな?」

「そうじゃがの……」

 倫世の死体は息をしていない。

 鼓動すべき心臓もない。

 生きているはずなど、ない。

 それでも不安が拭えないのには理由があった。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()……?」


 剣。

 それが不安の正体。

 倫世が攻撃を受ける直前に作りだした一本の剣。

 そのことが妙に引っかかる。

「そりゃあ、ダメ元で剣を呼び出すのは普通じゃないのかな?」

「アタシも、あのまま攻撃を受け入れるほうが不自然だと思うわ」

 さすがにギャラリーも賛同しかねるらしく難色を示す。

 とはいえ仕方がないことだろう。

 倫世と真正面から対峙した彼女たちには、角度的に見えてはいなかっただろうから。

「妾もそう考えるのが普通だとは思っておる。じゃが、奴は剣を召喚しただけで身を守ろうとは一切していなかったのじゃ」

 もしも剣を顕現させたのならば、それを盾にして身を守るだろう。

 もしくは魔法で迎撃するかだ。

 しかし倫世の選択はどちらでもない。

 ――無抵抗だ。

 剣を手にしておきながら、そのまま氷撃に貫かれた。

 グリザイユが考える美珠倫世の性格と一致しない行動だ。

 そしてもう一つの不審点は――

「しかも奴が手にした剣――その刀身には()()()()()()()()()

 刃がない。

 つまり、何も斬れない。

「あの状況で、そんな欠陥品を作るとは思えぬ」

 もちろん魔力不足などの理由も考えられる。

 しかし刃の有無が消費魔力にそれほど大きな影響を与えるとは思いにくい。

 そもそも『武器召喚』なのだから剣ではなく盾を作るべきだったはずなのだ。

「考えすぎかもしれぬが、奴が考えなしにあの剣を召喚したとは思えぬのじゃ」

 ――確かめる術はないがの。

 そうグリザイユは小さく息を吐いた。

戦いの疲労を脳が思い出したのだ。

今すぐにでも意識を投げ出せそうな気分だ。

「なるほどね。うん。グリザイユの言い分は分からなくもないね」

「そもそも、アイツのレパートリーに『刃がないだけの剣』があるとは思いにくいわよね」

 キリエとギャラリーも納得した様子を見せ始める。

「しかしだ。あの状態ではすぐに動けるようにはならないんじゃないかな。さすがに『もう一戦』なんてことにはならないと思うけどね」

 キリエはそう言った。

 それにはグリザイユも同意だった。

「……そうじゃの」

 最後にグリザイユは倫世へと視線を向ける。

 心臓を穿たれ絶命した肉体。

 その右手に握られていた剣は――塵になっていた。



「――危なかったわ」

 魔王城を囲むように広がる外堀。

 そこから倫世は這い出した。

 倫世はゆっくりと呼吸を整える。

「なんとか成功ね」

 倫世は疲労の色を見せながらも微笑んだ。

 結論から言えば、美珠倫世は生きている。

 あの絶望的な攻防の中、命をつないでいた。

 もちろん、そこには理由がある。

 最後の瞬間。

 彼女は切り札を切っていた。

 《転生する乙女の剣》。

 刃がなく、誰も切れない剣。

 その能力は――()()()()

 この剣は、持ち主が死ぬと風化し、塵となりその場を離れる。

 そして塵は別の場所で集まり――持ち主を蘇生させる。

 言い換えるのならば、剣が持ち主の『死』を肩代わりし、安全圏まで持ち主を逃がす能力だ。

 倒すための武器ではなく、生存するための武器なのだ。

「最後の一振り、使っちゃったわね」

 《転生する乙女の剣》は無限に作りだせるものではない。

 美珠倫世の魔法は、武器を作り、呼び出すこと。

 とはいえ細部まで理解さえしていればノータイムで武器を作れるため、最近はその場で作った武器を使うことが多い。

 しかし本来は、戦いの前に作っておいた武器を保管しておき、戦闘時に召喚するのが基本なのだ。

 そして《転生する乙女の剣》はその場で作ることのできない例外的存在。

 《純潔の乙女の鎧》などの特殊な魔法を付与された武具であっても、そのシステムを理解していれば作り出せる。

 逆にいえば、理解できない――人智を越えたものは作れない。

 《転生する乙女の剣》には女神の力が使われている。

 ほんの欠片程度だが、その人智を越えたピースを再現できないために倫世は無から《転生する乙女の剣》は作れない。

 作るためには、自力で用意できないピースを他から調達する必要がある。

 つまり、女神の力を材料として用意しなければならない。

 そうやって現役時代に作った《転生する乙女の剣》は3本。

 2本は既に使用しており、今回は最後の一振りを消費したわけだ。

(マリアの権能が回復したら、ストックを作っておかないといけないわね)


「ともかく……任務は失敗ね」


 倫世は深い溜息を吐き出した。


 次からは美珠邸での戦いに映ります。

 この戦いが終わり、もう一つのエピソードが終われば8章に続きます。

 とはいえ現時点では8章は一つの長編というよりも、短編集に近いものとなる予定なので最終章は案外近いかもしれません。


 次回は『捨て駒』です。

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