7章 22話 執念
戦いの行方は――
「ぐ…………ぬぅ……」
気が付くと、グリザイユの体は壁にめり込んでいた。
極限まで凝縮された空気が解放された時、闘技場にすさまじい衝撃波が発生した。
その風圧は容易く彼女の体を吹き飛ばしたのだ。
「くっ……」
グリザイユはガレキに埋もれかけた体を起き上がらせる。
そんな彼女の視線の先にいたのは――
「――あら」
倫世だ。
双剣で足を地面に縫い止めていた彼女は、変わらずそこにいた。
風圧に押されたせいか足の傷は広がり、かなり出血している。
だが彼女は――後退していない。
「――退いたわね」
倫世は微笑む。
――そう。
グリザイユは魔法の衝撃で後退した。
決闘のルールを犯した。
「貴族が決闘で負けるということは、あらゆるものを失うということ」
「財も、命も――誇りも」
「権威を失った貴族は――民衆の不満に殺される」
倫世がそう告げた。
直後、客席から大量の人間が闘技場に飛び込んできた。
彼らは観衆だ。
彼女たちの決闘を身守っていた人々だ。
傍観者たちが牙を剥く。
「革命の渦に呑まれて果てなさい」
観衆の手がグリザイユに迫る。
(それほど動きは速くない)
数は無尽蔵。
しかし個々の戦闘力は脆弱。
問題は、グリザイユに人間を殺せるかという点だが――
(所詮、能力で作られた人間じゃ)
であれば躊躇う意味などない。
「はぁッ!」
グリザイユは横一閃に腕を薙ぐ。
同時に赤い太刀が伸び、その斬撃の間合いを延長する。
扇形の斬撃。
それは民衆を一撃の下に――
「なッ……!?」
視界がぐらりと揺れる。
グリザイユはその場に倒れかけ、初めて気付く。
顔面を殴り抜かれたことに。
(どういうことじゃ。妾のほうが先に攻撃をしたはず)
物理的にあり得ない。
間合いも、速度も。
全てが上回っていたはずなのに、結果的に攻撃を食らったのはグリザイユだ。
「権力という盾を失った貴族は、民衆に決して勝てない」
倫世の声が聞こえる。
「観衆に対し、私たちは決して勝てない。パワーも、スピードも関係ない。ただ勝てないという概念だけがそこにある」
これは処刑なのだ。
決闘のルールを破れば、民衆に殺される。
これこそが決闘者の末路。
「より強い力で反撃しても――押し負ける」
グリザイユが全力で叩きつけたはずの赤太刀が押し戻される。
「先に攻撃しても、先手を奪われる」
太刀を振り抜いたはずなのに、気付いたら殴られている。
拳がグリザイユの顎を打ち据えた。
(しま――)
脳が揺れ、足に力が入らなくなる。
グリザイユは腰を抜かしその場で尻餅をついた。
それはあまりに致命的な隙だった。
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」」
民衆の手が殺到する。
「ぐぬ……! 離れるのじゃぁッ……!」
グリザイユは必死に民衆の手を振り払う。
手首を掴み、闘技場の外に投げ捨てる。
だが多勢に無勢。
一人を遠ざけている間に、何人もの手が迫る。
人間の海に体が埋まってゆく。
「がッ……!?」
背後から髪を引っ張られ、首から嫌な音が鳴る。
そのまま地面に引き倒されたグリザイユ。
敗者は没落し、民衆に蹂躙される。。
「ぐ……ぬ……?」
グリザイユの体を違和感が包む。
――沈んでいる。
彼女の体が地面に沈み始めているのだ。
その光景はまるで、亡者に引かれ地獄へと引きずり込まれているかのようだ。
「不死のルールが受け入れられた時点で気付くべきだったわね」
「これは――」
「この決闘は、不死身の人間でも殺すことができる」
地の底に何があるかは分からない。
しかし、生きて出られるとは思えない。
観衆は決闘を愉しんでいる。
そんな彼らが許可するだろうか。
誰も死なない決闘など。
死というスパイスのない戦いを許すだろうか。
前提から間違っていたのだ。
不死身のルールであれば、倫世を無力化するまで粘れる?
その逃げ腰な安全策こそが敗因。
(――まだ、じゃ)
今、グリザイユは生きている。
(地の底に沈むまで、妾は負けておらぬ)
死を受け入れることがあろうとも、敗北を受け入れることはない。
死ぬまでは――否、死のうとも、最後の一手が終わるまでは負けはない。
負けを認めるなどありえない。
「ぃぎッ……!」
グリザイユは――舌を噛んだ。
犬歯が刺さり、口内に血が広がる。
それを鎗に変える。
そして倫世めがけて血の鎗を射出――
「ぬ、ぁぁッ……!?」
グリザイユの企みは観衆の暴力に散らされる。
頭を引き抜かれそうなほどに髪を引かれ、ブチブチと音が鳴る。
肘が、肩が、膝が、足首が。
乱暴に握り潰され、体が壊される。
グリザイユは体を激しく跳ねさせ、絶叫する。
次第に声は枯れ、彼女は人の波に沈む。
「ぁ……ぬぁ……」
彼女は果てたように動かない。
動こうにも、体の可動部の大半が破壊されているのだ。
何かができる状態にない。
何もできない。
だが――
「この決闘は、ルールを破った時点で勝者が決まるの。だから――」
「――――――終わらせぬ」
――もう手は打った。
「がッ……!?」
倫世の口から苦悶の声が漏れた。
彼女は全身を赤い鎗に貫かれている。
――地面から伸びた血液の鎗に。
体が壊されたことで起きた出血。
地面に吸い込まれた流血。
それを操り、地面から倫世を貫いたのだ。
「終わり、じゃッ……!」
これで倫世の変身を解除できる。
決闘空間を消せる。
そうなれば、観衆もグリザイユを殺せない。
(これで――)
「――――危なかったわね」
倫世の声が響いた。
彼女は――右手に籠手を纏っていた。
彼女はまだ――変身を解かれていない。
「とっさに右手だけは守ったわ。これで決闘は続行」
倫世は痛みに汗を垂らしながらも微笑む。
それは勝利の微笑だった。
「決闘がこのまま終われば、貴女たちは全滅。私も深手は負ったけれど、逃げるくらいの余力はあるわ」
――これで終わりよ。
悔しいことに。
それを覆すだけの手段はもう、なかった。
(妾の――)
グリザイユは唇を噛む。
今の自分は、大切な人たちの命を背負っている。
なのに――
(妾の負け――)
「――――まだ負けてない」
その時、世界が裂けた。
十本の裂け目が交差し、決闘空間を引き裂く。
「《挽き裂かれ死ね》」
決闘空間と現実世界の境目。
そこに見えたのはキリエだった。
彼女は鉤爪を振り抜き、決闘空間を斬り裂いた。
「まだ、終わってない」
突然の乱入者。
さすがの倫世も、深手の影響もあってか動揺を見せた。
だがすぐに彼女は心を持ち直し――
「もう終わりよっ……! 今さら空間を破壊しても、決闘空間が消滅する前にグリザイユは死ぬ。そうすれば――」
キリエと倫世。
二人の間合いは――遠い。
すでにグリザイユの体はほとんど地面に沈んでいた。
1秒か2秒。
もうキリエの速力を以っても間に合わない。
だが――笑う。
この絶望的な局面で、キリエは笑う。
「いや。間に合うさ」
「その王サマには、執念深い妹がいるからね」
「何に隔てられても、手を届かせるような奴がさ」
その時――ゲートが開いた。
倫世の眼前に空間の扉が開く。
――桃色の髪が揺れた。
「ありがとうキリエ」
「これで――届く」
ギャラリーはステッキを構え、倫世を睨んでいる。
ステッキの先端でサファイアが煌めく。
「《大紅蓮二輪目》」
「ぁ――――」
倫世は後ろに跳ぶ。
後退してはいけない。
そんなルールさえも忘れて。
だが、魔法少女化していない足で稼げる距離などほんのわずかだ。
魔法少女としての力を振るえるのは右手だけ。
今の倫世に、これを防ぐ手段はない。
そんな状態で防げるほど、ギャラリーの覚悟は脆くない。
「――――《紅蓮葬送華》」
放たれた氷撃が倫世を貫いた。
☆魔法少女たちのNG集
倫世「とっさに左手だけは守ったわ」
グリザイユ「左手なら最初に変身解除したのじゃが」
倫世「………………………………やってしまったわ」
それでは次回は『最後の一振り』です。お楽しみに。




