7章 21話 貴族の不謹慎な戯れ
魔王城戦もあと2話くらいで終わります。
「《貴族の血統は優雅に死合う》」
倫世のたった一声で世界が変わる。
「なんじゃこれは――!」
グリザイユは驚愕の声を上げた。
彼女がいたのは――闘技場だった。
すり鉢型の戦場。
客席とおぼしき場所には溢れんばかりの観客がいる。
「それでは決闘遊戯を始めましょう」
戸惑うグリザイユをよそに、倫世はそう宣言した。
「決闘遊戯じゃと……?」
「ええ。今からするのは誇りをかけた決闘であり、観衆にとっては遊戯でもある」
倫世は微笑んだ。
「まずは、決闘のルールを決めましょう」
「?」
グリザイユは片眉を上げた。
どうにも倫世の意図が読めない。
それは彼女も予想できていたらしく――
「《貴族の決闘は優雅に死合う》は、決闘を始める前にルールを決めないといけないのよ」
「ルールじゃと?」
「ええ。お互いに一つずつルールを決め、それに従って決闘をするの」
――見せたほうが早いかしら。
「『グリザイユは、美珠倫世に一切の攻撃ができない』」
倫世が高らかに宣言する。
「なッ……!」
(そんなルールがまかり通るのなら、決闘など成り立たぬではないかッ……!)
あまりに理不尽で偏った約定。
グリザイユに動揺が走るが――
「「「「「Boooooooooooooooooooooッ!」」」」」
返ってきたのは、圧倒的なブーイングだった。
「ふざけてんのかッ!」「貴族だからって何しても良いのか!」「ちゃんと戦え!」「見世物にならねぇじゃねぇか!」「贅沢のしすぎで脳味噌腐ってんのか!」
眉を顰めたくなるような罵詈雑言の雨が降り注いだ。
「こ……こういう風に、あまりに偏ったルールを宣言すると観客に却下されるわ。あくまでフェアな決闘である事を忘れないでちょうだい」
そう言うと、倫世は引き攣った笑みを浮かべた。
――涙目で。
結果が見えていた行動とはいえ、あの暴言のラッシュには傷ついたのだろう。
「その……大丈夫かの?」
「何の話かしら?」
倫世は涼しげな表情で髪を払う。
その所作は高貴ささえ感じさせるが――
「髪ではなく、涙を拭うべきではないかのぅ」
「何の話かしらッ……!?」
――どうやら触れてはいけないらしい。
「と、ともかく、私からルールは決めさせてもらうわ」
「この決闘において――『後退してはいけない』」
「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」
歓声が上がる。
どうやらルールは成立したらしい。
「それで良いんだよそれでッ‼」「できるなら最初から言え!」「何回この能力使ってんだ阿呆貴族ッ!」「説明したけりゃ、直接説明すりゃいいだろうがッ!」
「……………………だからこの能力は使いたくないのよ」
倫世は若干肩を震わせていた。
――きっと怒りのせいだろう。
そう思っておくのがせめてもの情けのはずだ。
「ともあれ、趣旨は理解できた」
グリザイユはそう言った。
倫世の話が正しいのなら、グリザイユにも一つルールを決める権利がある。
(あからさまに妾が有利になる取り決めは無効)
であれば――
(妾の意図を隠したルールなら問題はないのじゃろう……!)
「この決闘では『お互いに決して死なない』」
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」」
グリザイユが決めたのは不死の約定。
(もしも死なぬのであれば、決闘は終わらない)
表面上には表れていないが、そこにはグリザイユが有利に事を運ぶためのカラクリがある。
(終わるとしたのなら、どちらかが降参するか――魔法が解除されるか)
当然だが、グリザイユが負けを認めることはない。
そして、ルールによりどちらにも死という終局はない。
戦いは続く――
――グリザイユの能力により美珠倫世の変身が解除されるまで。
(このルールなら、反撃を恐れず奴の魔力を封印できる)
最初からこの決闘場で勝利するつもりなどない。
不死を利用して、美珠倫世を無力化する。
完全に魔力を封印し、決闘の魔法が解除されたのなら――ギャラリーたちと協力して彼女を討ち取る。
それで終わりだ。
「決闘の詳細は決まったわね」
二人の提案は受理された。
これからは、遊戯と化した決闘の始まりだ。
命を懸けた、不謹慎な遊戯の始まりだ。
「それじゃあ――始まりよ」
そう倫世は告げた。
(なるほど――の)
意外なほどに静かな滑り出しだった。
倫世はゆっくりと歩いてくる。
牛歩とでも評すべき歩み。
これではほとんど散歩だ。
(この決闘では後退できない)
それが倫世の決めた掟。
(つまり――一度詰めた間合いは広げられぬ)
だからこそ慎重に間合いを測らねばならない。
不用意に近づきすぎたのなら、もう取り返しがつかないのだから。
「――それなら」
そこまで理解したうえでグリザイユは――
「ゆくのじゃッッ!」
一気に跳んだ。
地面を抉り跳躍するグリザイユ。
そして彼女は倫世との距離を一足で詰めた。
間合いは1メートル。
あらゆる得物が邪魔になるクロスレンジ。
剣も銃も――拳に劣る世界。
「勝負じゃッ!」
グリザイユは拳を引いて力を込める。
そのまま彼女は倫世の顔面を殴り抜いた。
「《多重層魔障壁》」
拳を遮る多層の結界。
それをグリザイユは叩き割る。
しかし数十枚を破砕した時点で拳の勢いは止まってしまった。
「武器を使う私に対抗するため、武器が意味をなさない間合いに引き込むってわけね」
倫世は微笑む。
彼女もまた――拳を握っていた。
「《怒れる乙女の拳》」
倫世の拳を覆うのは――メリケンサックだ。
ゼロ距離で戦うための武装を彼女は纏う。
「ぬ……ぐぅ!」
倫世の拳がグリザイユの鳩尾を打ち据える。
内臓が破裂する感覚。
だが――死なない。
破裂した内臓が修復される感覚がある。
死なないという決め事は違わず発動していた。
「はぁっ!」
再びグリザイユは鉄拳を振り抜いた。
焼き直しのように防がれる拳。
だが、彼女はさらに先を行く。
「食らうのじゃ!」
グリザイユが突き出した拳――その手首から血脈が展開される。
血脈は大気を裂くような速度で倫世の背後に回り込む。
彼女の背中を貫かんと迫る血液の鎗。
倫世はそれを見ることさえなく――
「《魔障壁》」
六角形のシールドが血鎗を止める。
だが――
「まだじゃッ!」
グリザイユの叫びで、さらに鎗が結界に深く刺し込まれる。
やがてシールドの一部が砕け――
「ッ!」
血脈が倫世の肩を掠めた。
痛みに顔を歪める倫世。
たった一撃で、彼女の鎧の肩が消滅した。
(これで――)
この調子で進めば。
そうグリザイユが思った時――
「決闘遊戯が遊戯であるのは観客にとっての話」
「当事者である私たちまでお遊び気分では困るわ」
倫世の視線がグリザイユを貫いた。
彼女の手には――双剣。
「決闘の流儀を見せてあげるわ」
倫世は双剣で――己の足を貫いた。
足の甲を刃が貫通する。
「これで――私はもう下がらない」
「な――」
足を潰すという自傷。
それを倫世は成し遂げた。
絶対に退かないという覚悟の下に。
「《靡く乙女の剣》」
倫世が手にしたのは――武器とは言えない代物だった。
見た目だけでいえば――柄。
厳密にいえば剣の柄だが、肝心の刃がない。
それでは武器とは言えないだろう。
しかし――
「吹き荒れる嵐は我が苦悩に似て」
柄から――小さな歪みが見えた。
それは掌におさまりそうなほどの――空気の塊。
(まさか――)
「解き放て」
極小にまで収束されていた空気。
景色が歪んで見えるほどに凝縮されていたそれが――一瞬で解放される。
それが生み出すのは爆弾のような圧倒的暴風。
闘技場にすさまじい衝撃波が巻き起こった。
倫世の魔法は対集団戦というコンセプトで進化してゆきます。
《貴族の血統》は大量の武器で数の不利を補う。
《貴族の決闘》は強制的に1対1とする。
《貴族の決闘は優雅に死合う》は、格上との一騎打ちでも勝てる可能性を残す。
このように集団を相手に一人で立ち向かうことを前提にしています。
それでは次回は『執念』です。




