7章 20話 王とは
倫世VSグリザイユ、キリエ、ギャラリー戦も終わりが近づいてきました。
「悔しいけれど。うん。認めるよ」
「――妹ちゃん――グリザイユのほうが王にふさわしい」
キリエはそう告げた。
それは彼女の口から出たとは信じがたい発言。
あれほど玉座に執着した彼女の言葉とは思えない。
「だけどそれは現時点での話だ」
キリエは口の端を吊り上げた。
「アタシにないものをグリザイユは持っている。でもきっと、逆も然りなはずなんだ」
キリエはグリザイユに視線を注ぐ。
敵対者である倫世さえ意に介さず。
「だからアタシは君から学ぶ。アタシが王にはなれなかった理由を」
――アタシが王となるために。
彼女が浮かべているのは――笑みだ。
「だからグリザイユには、昔みたいになってもらわないといけないんだよ」
「お父様と民が認めた……新しい王の姿に」
「――姉様」
グリザイユはそう漏らした。
彼女にとってキリエは決して忌むべき存在ではない。
王座を横からさらわれたのだから、彼女が自分に悪感情を抱くのは仕方がないと思っていた。
他者を容易に斬り捨てる在り方は同意しがたいものがあったが、魔王ラフガの統治下ではそれほど珍しい考え方ではなかった。
ゆえにグリザイユはあくまでもキリエとは壁を作らないように接してきたつもりだ。
だが同時に、良好な関係を築くことは難しいことも理解していた。
グリザイユが歩み寄ることは、キリエにとっての屈辱だから。
だが、今は違う。
立ち止まってしまったグリザイユに、キリエが歩み寄った。
「思い出しなよ。皆に慕われて――とっても目障りだった王の姿を」
グリザイユの体が床に降ろされた。
(――割り切れはせぬ)
グリザイユは誓った。
人間として生きることを。
だがその誓いはすでに砕かれた。
心にはいったヒビは容易く戻りはしない。
だが、同時に決意した。
(じゃが、割り切れぬままに歩み出そう)
グリザイユは立ち上がる。
まだ、歩むべき道を決めかねている。
故に彼女の中に大義はない。
(家族を守るのに、特別な感情はいらぬ)
ここにいるのは人間でも《怪画》でもない。
灰原エレナでも、グリザイユ・カリカチュアでもない。
キリエの妹であり、ギャラリーの姉。
それだけだ。
それ以上の要素に意味はない。
「――――《灰の覇王・覇道血線》」
グリザイユは己の力を解放した。
灰色の波動が部屋を覆う。
グレーに染まる渦の中、彼女の体に異変が起き始めた。
小学生程度だった身長が伸び始め、地面が遠くなる。
乳房がどんどん膨らんでゆきドレスから溢れ出しそうになる。
腰も流麗なラインを描き、体が幼女から女を感じさせるものへと変貌してゆく。
露出の多いドレスに見合うような大人の色香を纏う姿。
これこそが、グリザイユ・カリカチュアのIF。
魔王として歩み続けた彼女の姿だ。
「――――――正直、想像以上ね」
グリザイユの姿を目にした倫世はそう呟いた。
分かる。
倫世の中にあった余裕が一つ消えた。
だがそれは同時にもう一つの事実を意味する。
「――――――Mariage」
美珠倫世が本気になるという事実を。
「――――《貴族の決闘》」
☆
金属音が響く。
暗い世界の中で。
幾百もの剣に見守られる世界の中で。
灰色と金色。
二つの影が交錯する。
「「ッ………!」」
二本の剣がぶつかり合った。
グリザイユが手にしているのは赤い太刀。
倫世が手にしているのはもっとも手に馴染んでいるであろう大剣。
鍔迫り合い。
譲らないせめぎ合い。
そこで――倫世が腕の力を抜いた。
彼女は腕に伝わる力を巧みに逸らし、グリザイユの体勢を崩す。
「ぬ……!」
グリザイユが見せた隙を突いた斬撃。
しかしギリギリでグリザイユはガードを間に合わせた。
「あの状態からガードが間に合うなんて……その太刀、長さの割に軽いのね」
倫世の視線が赤い太刀を撫でる。
一度の剣撃。
それで彼女はグリザイユの獲物の性質を見抜いた。
彼女の武器は太刀――その中でも特に長い野太刀だ。
大剣ほどではなくとも重量武器に分類される武器。
それを素早く振るえる理由は、見た目に反した軽さ。
そのため重量を活かした重い一撃は放てない。
だが、グリザイユの身体能力と魔力が合わされば充分すぎる威力を持った斬撃を繰り出せる。
大人の姿になったことで彼女の能力は飛躍的に向上していた。
上昇率は《花嫁戦形》にも劣らない。
なにせ魔法少女と魔王の力をそのまま加算しているのだから。
それだけではない――
「「はぁッ!」」
再び剣がぶつかり合う。
散る火花が頬を焼いた。
「なぜ、妾の剣が赤いと思う?」
グリザイユは問いかけた。
二人の力は拮抗しており、どちらも押しきれない。
「そうね。灰色だった方が似合っていたんじゃないかしら……!?」
「かもしれぬの」
グリザイユは笑んだ。
そして、太刀の峰を優しく撫でた。
「この赤は――妾の血の色じゃ」
「!?」
突如、グリザイユの太刀が弾けた。
折れたのではない。砕けたのではない。
――液体となった。
まぎれもなくそれは――血液。
血液が変幻自在の刃となり倫世を襲う。
「っ……!」
唐突に相手を失ったことで前のめりになっていた倫世。
そのせいでわずかに回避が遅れる。
迫る赤い血脈が《自動魔障壁》を容易く貫く。
そしてそのうちの一本が倫世の左手首に刺さった。
「躱しきれなかったわね……!」
倫世は険しい表情で血の刃を引き抜いた。
「そういえば言うておらんかったの」
グリザイユは赤い太刀を手に歩む。
「妾の剣が軽い理由を」
単純だ。
――金属ではない。
彼女自身の血液を抽出して作った刃だから。
それだけのことだ。
「正気じゃないわね。血を武器にするだなんて自傷と変わらないじゃない」
「違いないのぅ」
グリザイユは指で倫世を指した。
「――ゆえに、それに見合う能力がある」
「!」
一瞬にして、倫世の左手にあった籠手が砕けた。
否――解除された。
「妾の血液を取り込んだ箇所は魔力神経を侵され――魔力を放出できなくなる」
これこそがグリザイユの《彩襲形態》の能力。
――魔力封印だ。
ラフガの触れた魔力を消滅させる能力を継承したもの。
相手に、魔力を扱えなくする能力だ。
もっとも、直接攻撃を加えた部位に限るが。
「さっきくらいの深さであれば、指先から肘までじゃの」
そうグリザイユは推測する。
「そこはもう――魔法少女ではない」
魔力によるコーティングが失われた肉体。
それはもはや人間と変わらない。
グリザイユの能力はいわば、部分的な強制変身解除だ。
「どうじゃ?」
グリザイユは問いかける。
「ここで退くというのであれば、妾も追うまい」
そう提案した。
この状況。戦い続ければグリザイユが勝つ確率はそれなりだと自負している。
だが、それなり止まりだ。
一歩間違えば、一気に《新魔王軍》が壊滅しかねない。
同時に倫世にとってもリスクの高い状況のはず。
まだこれは前哨戦だ。
ここで死ぬリスクを背負うのか。
そういう意味を込めての問いかけだったのだが――
「うふふ……面白い事を言うのね」
倫世は安らかに微笑んだ。
そして彼女は大剣を胸元で構えた。
剣に誓うかの如く。
「見せてあげるわ」
倫世は宣言する。
「私が最強の魔法少女と呼ばれた所以――」
「――《花嫁戦形》の二段階目の解放を」
――己には見せていない切り札がある事を。
そして、それがブラフでないことは――彼女自身の手で証明される。
「《貴族の決闘は優雅に死合う》」
倫世の魔力が、さらに上昇した。
ちなみに《花嫁戦形》の二段目に特別な名前はありません。
特別な名前がつくほど、そこに至った魔法少女がいないからです。
この二段目は、すべての魔法の所有者であるマリアさえ使えない魔法です。つまり、女神から借りているだけのはずの魔法を自身の手で成長させたものといえます。
だからあえて名前を付けるのなら《女神戦形》となるでしょう。
それでは次回は『貴族の不謹慎な戯れ』です。




