7章 19話 氷結
魔王城での2戦目も中盤にさしかかりました。
「――――――時よ止まれ」
瞬間、時計の針が凍りついた。
すべてが動かない停滞の世界。
そこでは誰も動けない。
――術者であるギャラリーも含めて。
時間停止。
それこそがギャラリーに与えられた能力。
この世界では、彼女を含めた全員の時間が止まる。
例外は彼女の意識だけ。
「《虚数空間》」
ギャラリーは動けない。
しかしゲートを開くことはできる。
円形の空間門を彼女は展開する。
――倫世を包囲するように。
そして最後の一つはギャラリーの手元へと。
準備は整った。
「時よ歩み出して」
そうして世界は再び時を刻み始めた。
「な――!」
倫世は周囲の変化に驚きを見せる。
当然だろう。
なにせ、気がついたら転移ゲートに包囲されていたのだから。
「終わりよっ」
ギャラリーは手元のゲートにステッキを突き刺し――冷気を撃ち出した。
ゲートが続く先は――倫世の背後。
「ッ」
さすがというべきか。
倫世は一瞬で攻撃を察知し、背後から迫る冷気の射撃を躱す。
だが終わりではない。
外れた攻撃は次のゲートに吸い込まれ、再び倫世を狙う。
次に、次に、次に――
それはまるで冷撃のピンボールだ。
「面倒ね」
「――――《熱情の乙女の剣》」
倫世の手中に赤い大剣が現れる。
そして流れるような動作で彼女が件に魔力を注げば――
「くっ……!」
まき散らされる熱気にギャラリーは腕で顔を守った。
今のは間違いなく倫世の攻撃だった。
しかし彼女に炎の魔法は――
「私の魔力を炎に自動変換する剣よ。便利でしょう?」
倫世は炎の灯った体験を横薙ぎに振るう。
彼女が放った熱によって部屋に張り巡らされていた氷は溶けていた。
「一人で戦っていると、色々な魔法が欲しい場面に出くわすわ」
――だから、テッサが作ってくれたの。
そう倫世は微笑む。
「一人で世界を救ったのには、それなりの理由があるってわけね」
ギャラリーは汗を拭う。
これは上昇した室温のせいなのか。
それは彼女にも分からない。
(武器召喚、ね)
それが倫世の魔法。
だがその本質は、召喚できる武器の多様性にあったのだ。
一人で戦えば必ず直面する問題。
――それは相性だ。
一人でできることには限りがあり、そこに相性が生まれる。
しかし倫世にはそれがない。
様々な武器で、あらゆる局面に対応できる。
そんなオールマイティな性能が、彼女を一人で戦える戦士へと育てた。
(時間停止と空間固定が当時に使えれば良かったんだけど――)
《魔姫催ス大個展》。
それはギャラリーの奥の手であり、一撃で相手を戦闘不能にできる能力だ。
視界にある相手を空間ごと固定する。
これをもしも《虚数空間・氷天魔女》と併用できたのならば、それだけで圧倒的な戦力となる。
だがギャラリーはその実現に苦戦していた。
元よりどちらも消耗の大きな魔法だ。
同時に使おうとしても制御が上手くいかない。
結果として、手足のように使える空間転移と合わせて使うのが精一杯というわけだ。
「考え事は感心しないわね」
「ッ――!」
倫世の声で意識が戦場に戻る。
だが――遅い。
すでに倫世の剣がゲートを潜り抜け、ギャラリーの眼球に迫っていた。
「しま――」
――間に合わない。
時間を止めようにも、それをする暇さえない。
(せめて――)
もう片目は取られる。
できることといえば、命を守ることくらいだ。
そうギャラリーが覚悟した時――
「させぬ」
灰色の閃光が倫世の剣を砕いた。
射手は当然――グリザイユだ。
(――危なかった)
彼女の助けがなければ、今ごろギャラリーは目を一つ失っていただろう。
「――やっと撃ったのね」
倫世の視線がグリザイユに向けられる。
涼しい表情の倫世。
一方でグリザイユの顔には――明らかな迷いが浮かんでいた。
☆
(あまり戦いに集中できていないみたいね)
それが、倫世がグリザイユに対して下した評価だった。
あまりにも消極的すぎる。
確かに戦ってはいる。
しかし手数が少ない。
戦闘中だというのに、彼女の行動はあまりに愚鈍だ。
(どうやら精神的に不安定なようね)
グリザイユは望んでここにいるわけではない。
それは倫世にも理解できた。
少なくとも、ラフガと再会した時の様子が仲睦まじく見えはしなかった。
おそらく彼女は仕方なくこの場にいる。
戦うための覚悟を決めかねている。
端的にいえば、戦いへのモチベーションに欠ける。
そんな状態で最大のパフォーマンスを発揮できるわけがない。
グリザイユは本調子の半分さえ出せていないだろう。
(それでも戦っているのは、責任感かしら)
彼女はかつて魔王だった少女だ。
魔法少女となった今でも、《怪画》への想いを断ち切れてはいない。
その情が、彼女を戦場に縛りつけている。
同時に彼女は迷っている。
一度敵対を選んだ自分が、再び《怪画》と共に戦うのは正しいのか。
魔王として戦い、魔法少女となった。
魔法少女となったのに、今は魔王の下で戦っている。
揺らぐ己の存在。
それが彼女の心を蝕んでいる。
人間と暮らすために断食までする彼女の事だ。
これまでの覚悟を裏切るような自分の在り方に疑問を禁じえないのだろう。
その歪な状況に彼女は答えを出せてない。
(今が好機ね)
殺すなら今がチャンスだ。
そう倫世は判断した。
「《円環の明星》」
高速周回する剣がグリザイユを襲う。
それを見たグリザイユが回避行動に移る。
だが明らかに反応が遅れている。
心に渦巻く迷いが、彼女の判断を鈍らせたのだ。
一手の遅れが致命的。
それを証明するようにブレードがグリザイユの首を――
「おっと」
グリザイユの姿が消える。
倫世が彼女の居場所を探すと――
「うん。危なかったね」
グリザイユを抱えたキリエがいた。
彼女は危機に陥ったグリザイユを救ったのだ。
キリエは最速の《怪画》。
確かに、不可能ではない。
ただしリスクは大きかった。五体無事にグリザイユを助けられるかは賭けの側面が強かったはず。
もし――一瞬でもグリザイユを助けるか迷ったのなら間に合わなかった。
反射のレベルで即決しなければ無傷で彼女を助けられなかったはず。
つまり、キリエは一片たりとも迷わなかったのだ。
憎悪の対象であるグリザイユを――身を挺してまで守ることに。
「驚いたよ。アタシは思ってもいなかった」
キリエは呟いた。
抱きかかえた妹に向かって。
「君が、家族よりも自分の感情を優先する奴だなんて思ってもいなかった」
「義妹ちゃんが死地にいるのに、自分の事で悩んでいる奴だなんて思わなかった」
「それは――アタシの知る魔王グリザイユの姿じゃなかった」
次回はグリザイユの《彩襲形態》の能力を披露できるかと。
それでは次回は『王とは』となります。




