7章 18話 新たな力
魔王城での戦いは続きます。
(あの大鎌は……)
倫世は目を細めた。
キリエが担いでいる赤黒い大鎌。
既視感がある。
あの獲物は、朱美璃紗が振るうものと酷似していた。
(それに、魔力も変化しているわね)
量だけではない。
質も違う。
彼女の魔力はどこか魔法少女を彷彿とする。
「随分、変わった進化をしたみたいね」
倫世は構え直す。
油断できる相手ではない。
「それじゃあ……行こうか」
先に動き始めたのはキリエだった。
彼女は大鎌の柄を握ると、体ごと回転を始めた。
「そおら……!」
大重量の鎌が生み出す強大な遠心力。
それを余すことなく乗せ、キリエは大鎌を投擲した。
その動作はまるでハンマー投げだ。
「物は試しね」
倫世は大鎌を迎え撃つ。
躱すだけならば容易い。
だが――ここで見極める。
彼女の力を。
「はぁっ!」
倫世は大剣で大鎌を斬り伏せる。
しかし――
「やっぱり……絶対切断は健在ね」
一瞬の拮抗さえなく大剣が斬り裂かれた。
あの大鎌に絶対切断が付与されている証拠だ。
「っ……!」
予想はできていたことだ。
絶対切断が残っている可能性を想定し、あらかじめ倫世は回避動作に入っていた。
彼女は無手のまま大鎌を躱す。
大鎌は彼女の脇をすり抜け、反対側の壁に向かって飛ぶ。
「――まだだよ」
壁に着弾するはずだった大鎌。
その終着点へと回り込んだのはキリエだった。
彼女は持ち前の速力を活かし、投擲した大鎌を回収したのだ。
「もう一度だ」
大鎌をキャッチした勢いを回転に変え、キリエは再び大鎌を投げる。
背後から迫る大鎌。
それを倫世は宙返りで躱す。
「…………!」
だがとっさの回避だったこともあり、大鎌が彼女の腕を掠めた。
血が流れる。
しかし筋肉や骨には届かない軽傷。
この程度ならば《純潔の乙女の鎧》による自動回復で数秒もかからず――
「………?」
着地した倫世は異変に気付いた。
――治らないのだ。
腕に残った切り傷がまったく消えない。
治る兆候さえ見せない。
「――――再生不可」
「――それが《挽き裂かれ死ね・魂狩りの大鎌》の能力だよ」
キリエは投げ飛ばした大鎌を空中でキャッチすると、倫世に不敵な笑みを見せる。
「この大鎌に斬られた傷は消して癒えない。時間も魔法も傷を癒しはしない」
絶対切断。再生阻害。
防げない攻撃に。治らない傷。
その組み合わせは凶悪の一言。
この能力が、回復魔法による治療を妨害しているのだ。
「加えて言えば、流れる血が止まることもない」
――掠り傷でも失血死だ。
そうキリエは付け加えた。
流れる血は凝固することで止血する。
もしもキリエの能力がそれさえも妨げるのなら――
彼女の言う通り、血が止まることなく失血死へと至るだろう。
(これくらいの傷なら、影響が出るまで時間があるわ)
経験上、どれくらいの失血でパフォーマンスが低下するかは把握している。
流血のペースから考えると、貧血の症状が出るまで時間の余裕はある。
(こういうタイプの魔法は一度能力を解除すれば効果は完全に消える)
再生不可とはいっても、それはキリエが能力を発動している間の話。
すぐにキリエを倒せば解決する。
大鎌が顕現すると同時に、キリエの鉤爪は消失している。
理由としては、大鎌を振るうには長大な爪が邪魔といったところか。
おかげでキリエの攻撃範囲は以前より狭まっている。
能力そのものは向上しているが、攻撃は躱しやすくなっている。
――掠めるだけで致命傷につながるという点が面倒だが。
「勘違いしないでよね」
「アンタの相手は、キリエだけじゃないから」
ギャラリーの声が背後から聞こえた。
彼女の言う通りだ。
ここにいる敵は、一人ではない。
「――――《虚数空間・氷天魔女》」
倫世の背後で魔力が巻き上がる。
冷気を内包した魔力の波。
一瞬にして部屋中に氷が張った。
「……まるで魔法少女ね」
倫世が抱いた感想はそれだった。
ギャラリーが纏うのは純白にして潔白の花嫁衣裳。
それはまさに《花嫁戦形》だ。
「――《大紅蓮二輪目》」
ギャラリーがサファイアのステッキを腰だめに構える。
彼女の視線が倫世を貫く。
「《紅蓮葬送華》」
そして彼女は一気に――ステッキを突き出した。
閃く青い宝石。
そこから放たれたのは青のレーザー。
その正体は凝縮された冷気だ。
「《多重層魔障壁》」
倫世は迫る光線を魔力の障壁で防ぐ。
666枚に及ぶシールド。
それが一瞬にして――100枚以上貫かれた。
「……!」
(厄介ね)
倫世は眉を寄せる。
冷気で対象を脆くし、着弾の衝撃で破砕する。
それらの工程を同時に行う一撃。
冷気を極限まで細く収束させたからこその貫通力だ。
「今の魔法で確信したわ」
さっきの攻撃には見覚えがあった。
――蒼井悠乃。
彼女が使う魔法だ。
「魔法少女の魔力を取り込んだのね」
最初は半信半疑だったが、もう疑う余地はない。
《怪画》の魔法少女化。
それによってさらに高次元の存在に至る。
馬鹿げているが、実現したのならリターンは大きい。
「――随分余裕なのね」
ギャラリーはステッキを構え直す。
確かに彼女の魔法はすさまじい貫通力を持っている。
しかし、それでも倫世の防壁を破ることはなかった。
強敵だが、勝敗を覆すほどではない。
倫世の中ではそれくらいの評価だった。
「でも、それもここまでよ」
ギャラリーの瞳には強い決意が宿っている。
彼女の目は、倫世を見ているようで見ていない。
もっと大きなものを見ていた。
「アタシは、こんなところで立ち止まっていられないんだから」
「――――――時よ止まれ」
ちなみにギャラリーが悠乃の魔法を使えるのは、彼女が蒼井悠乃に対して一定以上の好感度を持っていたからです。逆に、魔力の持ち主に対してほとんど興味を持っていなかったキリエと玲央は本来の持ち主と同じ魔法は使えません。魔力をただの魔力として受け入れた側と、誰の魔力であるかにも着目していた側の違いですね。
さらに加えると、ギャラリーだけ見た目が魔法少女に近づいたのも同じ理由です。
それでは次回は『氷結』です。




