7章 17話 攻城戦
魔王城での最終戦の幕開けです。
「おやおや。奇遇だね」
倫世が魔王城の広間に踏み入れたとき、上から声が聞こえてきた。
声の主は黒髪の少女。
身の丈ほどの鉤爪を伸ばしたロックファッションの女。
彼女は窓際に腰かけ、倫世を見下ろしていた。
「キリエ……カリカチュア」
倫世はキリエの名を呼んだ。
魔王ラフガの娘にして《残党軍》を指揮した《怪画》。
《新魔王軍》においても主戦力の一人だ。
「まさか城に攻めて来るだなんてね。とんだ命知らずだ」
キリエは床に着地した。
彼女は堂々とした立ち姿で倫世を迎える。
「――まずは一人ね」
彼女の事だ。
倫世を見逃そうとは思わないだろう。
だから、倫世はすでに大剣を呼び出していた。
すでにキリエは討伐対象となっている。
「うん。あれだね」
そんな倫世の姿を目にして、キリエは頭を掻く。
彼女が浮かべるのは苦笑。
「残念ながら、一人じゃないんだよね」
「……!」
突如、倫世の背後に二つの穴が開いた。
空間に開いた円形のゲート。
そこから見えるのは――二人の少女。
灰色と桃色。
巻き髪のツインテール。
二丁の銃。
よく似た二人。姉妹のような二人。
灰原エレナ――否、グリザイユとギャラリーだ。
二つの銃口が倫世を狙う。
「《敗者の王》」
「《虚数空間》」
放たれる二つの銃弾。
最初に倫世に迫ったのはグリザイユの魔弾。
灰色の閃光が彼女を襲う。
「当たらないわ」
倫世は地を蹴り、灰色の熱線を飛び越える。
だが――
(さっき――)
(――ギャラリーの銃からは……銃弾が出ていなかった)
倫世の目は、二つの事実を捉えていた。
ギャラリーが持つ銃から弾丸が撃たれていないこと。
そして、間違いなく彼女は引き金を引いていたこと。
それが示すのは――
「……!」
倫世は空中で身をひねった。
彼女の胸元を一発の弾丸が掠める。
空間転移。
ギャラリーは自らの能力で弾丸と転移させていたのだ。
グリザイユの攻撃を避けた倫世にちょうど当たるようにと。
「《救済の乙女の剣》」
腰をひねった勢いを利用し、倫世は大剣を振るう。
三日月形の斬撃がグリザイユを襲う。
「――――――《魔光》」
飛来する魔力の刃。
それをグリザイユは正面から迎え撃つ。
彼女の拳銃から魔弾が射出され、魔力の刃を撃ち砕いた。
威力は互角。
――倫世もグリザイユも本気の一撃ではない。
だが、互いの実力は把握できる。
達人同士なら、鍔迫り合いで敵との戦力差を理解する。
「「…………」」
平然とした倫世。
わずかに眉を寄せるグリザイユ。
分かる。
強いのは倫世だ。
だが、同時に察した。
グリザイユの実力が以前よりも伸びている。
この調子で戦力を増していったのならば、決戦の際には大敵となりうるかもしれない。
見逃すべき脅威ではない、と倫世の経験が語った。
「はぁッ!」
倫世が着地する直前。
キリエが一瞬にして肉薄する。
彼女の鉤爪は絶対切断。
直撃したのなら倫世も無事では済まない。
「《貴族の血統》」
倫世は左手に剣を召喚する。
そして逆手に持ったそれを――地面に突き立てた。
倫世は剣を足場にし、もう一度跳びあがる。
「チッ」
爪が空振りしたことでキリエが舌打ちをする。
倫世は大剣を消し、双剣を呼び出す。
そのまま倫世は天井に剣を差し込むと、上下逆様の姿勢で天井に張りついた。
「《貴族の血統》」
そして次に倫世が呼びだしたのは――無限にも思える刀剣だ。
ナイフから太刀に至るまで。
刀に関わらず斧などの武器も網羅している。
100を越える獲物が倫世の周りに展開される。
それはまるで凶器のシャンデリア。
「――行きなさい」
物騒極まりない照明は、倫世の一言で弾ける。
一斉に降り注ぐ刃。
具現化された死が雨のごとくグリザイユたちを襲う。
「ギャラリー!」
「お姉さま!」
最初に対応したのはグリザイユだ。
彼女は銃口から灰色の炎を撃った。
弾丸のようなものではない、拡散した魔力。
火炎放射のようなそれには飛来する武具を焼き尽くす力があるようには見えない。
しかし――
「《魔姫催ス大個展》」
ギャラリーが一手を加えたのなら話が変わる。
彼女は視界に収めたものを空間ごと固定できる。
今、彼女は灰色の炎を固定した。
そうすることで、炎は絶対的な強度を得た。
鳴り響く金属音。
空間という壁が倫世の刃を弾く音だ。
炎の壁に刃が食い込むことはなく、一つの例外もなく跳ね返された。
とはいえ、炎の壁は完全に部屋を上下に分断している。
あの炎がある限り、グリザイユたちもまた倫世に攻撃できない。
(空間固定が解除されるタイミング――)
倫世は剣を構える。
空間固定が解け、炎が一ミリでも揺らめいた瞬間に全力の一撃を叩きこむ。
そう目論んで。
しかし、例外が一人。
たった一人だけ、この空間ごと隔絶された世界を踏破する者がいた。
「《挽き裂かれ死ね》」
キリエだ。
彼女の能力は絶対切断。
キリエの鉤爪は固定された空間をも斬り裂き、彼女の道を切り開く。
引き裂かれたわずかな隙間。
そこをキリエは高速で抜ける。
彼女は《残党軍》最速だった《怪画》だ。
速力という一点においては、倫世でさえ追いつけない。
すさまじいスピードでキリエは倫世を射程内に捉えた。
振るわれる鉤爪。
それに対し倫世は――
「《魔障壁》」
一枚のシールドで対抗する。
無論、キリエの絶対切断とやり合うつもりなど毛頭ない。
狙いは――キリエの手首。
「…………!」
シールドによって手首を受け止められ、キリエのスイングが止まる。
いくら絶対切断といえど、振るわねば何も斬れない。
手首こと止めてしまえばなんの脅威でもない。
「はぁっ」
武器を構え直していては間に合わない。
倫世はキリエの腹を蹴りつけて距離を取る。
大したダメージではないだろうが、仕切り直すことはできた。
「うん。やっぱり一筋縄ではいかないか」
キリエはこの展開を予想していたようで頷いている。
(なんとなく……嫌な感じね)
倫世は内心でキリエをそう評した。
彼女が思っているよりも、キリエが落ち着いているのだ。
精神的な余裕があるともいえる。
彼女は思ったよりも冷静に状況を分析している。
(切り札がある――?)
――おそらくあるだろう。
しかし、それだけでは説明がつかない。
(いいえ。それだけじゃない。多分これは――)
(――――精神的な成長)
倫世はそう結論付けた。
キリエ・カリカチュアは才能ある《怪画》だ。
同時に、望んだものが手に入らない運命を歩んできた。
それに対しこれまでの彼女が抱いてきたのは嫉妬や憤怒――負の感情。
だが、今のキリエは違う。
――どう解決するか。何が足りていないか。
手に入らないことを嘆くのではなく、それを手に入れるための手段を模索する。
そんなクレバーな思考を身に付けつつある。
理由はおそらく――グリザイユだ。
キリエにとって挫折の象徴。
《残党軍》としての戦いの中でキリエはグリザイユと戦った。
――ゆえに、己の至らなさに気付いた。
そして今、グリザイユと共に戦っている。
――自分と彼女との違いを、毎日のように身近で観察し始めた。
それらの経験が、キリエを理論立てて成長させている。
明らかに魔王ラフガはグリザイユを重用している。
かつて彼女は多くの《怪画》に慕われていたと聞く。
――5年前のキリエは、それを認める度量がなかった。
しかし今、彼女はグリザイユに劣る部分がある事を認めている。
――夏頃、グリザイユと直接戦い――敗れたから。
5年前は同じ陣営にいたがゆえに、憎悪はしていても直接対決はありえなかった。
――自分のほうが優れているのに。
そんなコンプレックスと呼ぶべき感情を煮え滾らせることしかできなかった。
だが、今回の戦いでそ直接対決が実現したことで、キリエの中で革命が起きた。
グリザイユの実力を認めることで、キリエは成長を遂げた。
彼女と比較することで、己の伸ばすべき道を見つけた。
それこそが――今のキリエに起きている変化。
意識改革。
それは精神論のようでいて、明確な変化をもたらす。
おそらく今の彼女は、これまでとは別人だろう。
「うん。決めた」
「全力でやろう」
キリエはそう言った。
彼女は戦闘において遊ぶ癖がある。
それは遺伝子に刻まれた嗜虐性なのか。
ともかく、初手から命を狩りには動けない気質はスロースターターという弱点につながっていた。
だがもう――それはない。
「――《彩襲形態》」
「《挽き裂かれ死ね・魂狩りの大鎌》」
わりとキリエって舐めプ癖があったんですよね。
ラフガ譲りの嗜虐性、慢心癖とでもいいますか、全力を出し始めた頃にはわりと詰んでいたり。
3章でのVSエレナあたりが顕著ですね。その頃の彼女だったら《彩襲形態》はかなり終盤まで使わなかったと思われます。
それでは次回は『新たな力』です。《彩襲形態》を手に入れた《怪画》たちVS倫世です。




