7章 16話 表裏
玲央VSリリス、雲母――決着です。
「――――――!」
サーベルが雲母に迫る。
月光を反射する凶刃。
それを雲母は――躱した。
体を横に傾け、刃を切り抜ける。
――基本的に雲母は回避行動をとらない。
あらゆる攻撃を《表無し裏無い》が反射するから。
それで死ねるのならば本望だから。
ゆえに雲母は攻撃を躱さない。
全てを受け入れ、全てに裏切られる。
それが星宮雲母という少女だった。
しかし――今回、彼女は攻撃を回避した。
生きなければならない。
生きて、仲間を守らなければならない。
死ねない。
そんな想いが、彼女に回避を選ばせた。
「……へぇ」
元来、雲母は幾度も修羅場を越えた魔法少女だ。
決して動体視力も反応速度も悪くない。
生への圧倒的無関心が彼女の戦闘スタイルを単調にしていただけ。
「……!」
切っ先が雲母の頬を掠めた。
血の粒が飛ぶ。
「生きなければならない。そう思えば思うほど、反射の確率は落ちていく。今のお前は、これまでで一番弱い」
玲央は突きつける。
だが――雲母は止まらない。
そんなことは百も承知。
そう言わんばかりに動揺なく雲母は歩み出す。
(――あぁ)
玲央は内心で苦笑する。
(でも――同時に分かっちまうな)
雲母の姿が――重なって見せる。
蒼い髪をなびかせ、戦場を舞うあの少女と。
(多分――――今のお前が一番の強敵だ)
守るべき者のいる人間はどこまでも強くなれる。
それを知っているから。
それを、玲央に教えた友達がいたから。
今の雲母は最弱であり最強だと。
そう理解できてしまう。
「《表無し裏無い》」
雲母は爪先で地面を蹴った。
占われる未来。
そして――地面が爆ぜた。
砂利が散弾銃のように玲央を襲う。
それを横に跳んで躱す玲央。
一切のロスなく彼は反撃に移る。
「ッ……!」
サーベルが雲母の肩を貫く。
彼女の表情が痛みに歪んだ。
しかし――
「反射が……発動しなかった」
ここからが彼女の真骨頂。
「これは――不幸」
「ちっ」
突如、玲央の肩口から血が飛沫を上げた。
彼の肩には裂傷が生まれていた。
《表裏転滅の占星術》。
その能力は幸福と不幸の天秤。
幸せなものには不幸を。不幸なものには幸せを。
そうして幸と不幸の収支を合わせてゆく。
それが彼女の能力。
(反射を貫通してもダメージが戻ってくる。面倒な魔法だな)
「…………はぁっ」
雲母が拳を放つ。
それを玲央は左手で受け止めた。
――衝撃は……ない。
彼女の魔法は占いの結果によって威力に補正がかかる。
つまり今の一撃は、
「どうやら占いは外れたらし――」
「占いの結果が悪いなんて不幸。だから――」
「――幸せになれないとおかしい」
「ぐっ……!?」
玲央の左手――そのすべての指がプレス機に巻き込まれたかのようにひしゃげた。
突然、雲母のパンチが威力を増したのだ。
占いが発動しないという不幸――それを彼女の攻撃の威力を底上げすることで収支を合わせた。
「油断も隙もねぇってか?」
玲央は汗を垂らす。
今ので左手が潰れた。
もしもあれが胴体だったら……想像するだけで恐ろしい。
「《顕現虚実》」
玲央は左手を撫でる。
彼の能力は幻影。
幻術を現実にする能力。
それを利用し、彼の左手を無傷に作り直した。
千切れかけていた指も一瞬で修復される。
当然だ。
これは幻術なのだから。
しかし同時に、触れられて、消えることもない幻術。
本物とまったく見分けのつかない幻術だ。
世界はそれを――現実と呼ぶ。
(痛ぇもんは痛ぇんだけどな)
幻術で痛覚を消すこともできるが、それでは戦闘の機微を読み落とす可能性がある。
痛みは自力で耐えるべきだろう。
「負けられない」
雲母が地を蹴った。
彼女の拳が打ち出される。
(――どうしたもんか)
玲央は考えていた。
雲母の魔法は盤石とも評すべき魔法だ。
確率で攻撃を反射。
それを貫通しても、受けたダメージそのものが反射される。
どれだけ攻撃を加えても、彼女を倒すには至らない。
(じゃあ、次の一手だ)
玲央はサーベルの柄を強く握りしめる。
そして――柄で彼女の拳を側面から殴りつけた。
「!?」
雲母の右拳を殴りつける。
すると彼女の肘は勢いよく曲がり――右拳が彼女の左胸に着弾する。
だが、何も起こらない。
しかし、これは嵐の前の静寂。
「占いが発動しないなんて運が良いな」
「なら、不幸になって当然だよな?」
「ぁ……が……!」
雲母が苦しげに膝をついた。
彼女は胸を押さえている。
「運よく占いが発動しなかったから、不幸にも不整脈が起こったってわけか」
雲母の動きが止まっている。
「今のはお前が勝手に不幸になっただけの自傷だ。だから、オレには何の影響もない」
玲央は雲母自身の攻撃を利用した。
そうすることで不幸の天秤から逃れたのだ。
客観的に見れば、雲母は自分自身の幸運の代償を払っただけなのだから。
玲央が支払うべき幸運などない。
それこそが《表裏転滅の占星術》の穴。
そしてもう一つの弱点は――
「魔法は術者が死ねば解除される」
つまり――
「一撃で殺せばお前の魔法は発動しない」
雲母が即死したのであれば、玲央に反射ダメージが通ることはない。
単純な理屈だった。
雲母が動きを止めたタイミング。
一撃で首を落とす。
――雲母を襲っている心臓発作は深刻だ。
おそらく戦闘続行は難しい。
だがいずれ回復するだろう。
ゆえにここで殺す。
戦力を少しでも削ぐために。
(悪いな。オレの目的のためには必要な犠牲だ)
玲央はサーベルを掲げる。
そして――
「《病みの…………結界》」
「!?」
玲央と雲母の間に黒い結界が展開された。
薄い防壁。
しかしそれは、内外を隔てる最悪の結界だった。
「……こいつは」
ウイルスだ。
通過することは簡単。
しかし、そうすれば一瞬でウイルスに感染して死に至る。
玲央はこの魔法の使用者を察する――
「しぶといな」
「うるっさい……んだケド」
地面に倒れ伏したままリリスが毒づく。
どうやら意識を取り戻したらしい。
「ち……面倒だな」
あの結界の本質は防御ではない。
遠距離攻撃でなら容易く破れるだろう。
しかしあの結界に触れたのならば死を待つのみ。
近接攻撃が主な玲央には最悪の相性といえるかもしれない。
(まあいいか)
「――やめだ」
玲央はサーベルを鞘に納めると身を翻した。
どうせあの二人に彼を追う力はない。
(ここで時間を浪費するわけにもいかねぇしな)
確かに、《正十字騎士団》のメンバーを殺すことには意義がある。
しかし、そこにも優先順位というものはある。
(二人は倒した。それに何故か美珠倫世はここにいない)
これまでの状況を整理する。
(女神はまだ本調子じゃないはずだ)
そうでなければ、とっくに玲央を射殺しているだろう。
だからこそマリアはまだ戦力を温存したいと思う程度にしか回復していないと判断する。
(この状況なら殺せる)
リスクとリターン。
それらがもっとも釣り合う選択が可能だ。
(――金龍寺薫子を殺せる)
女神の後継者を潰すという手段を選べる。
幻術の現実化による治療は玲央の仕事の一つであり、2章でギャラリーの治療を行ったのも彼だったりします。治療できる《怪画》って彼くらいしかいないんですよね。
それでは次回は『攻城戦』です。
倫世VSグリザイユ、キリエ、ギャラリーの始まりです。




