7章 14話 幻
玲央VSリリス、雲母です。
「おーおー」
玲央は宙返りをした。
彼の足元を黒い津波が通り過ぎる。
――あれはリリスが放った殺人ウイルスだ。
掠めれば、最低でもその部位を切り落とさねばならないだろう。
寧々子が離脱し、二人となった《正十字騎士団》。
しかし一方で、リリスの攻撃はさらに苛烈なものとなっていた。
(一応、手加減していたってのはマジらしいな)
攻撃の密度が増し、躱せるルートがさらに削られている。
幻影を駆使して狙いを逸らしているおかげで攻撃を躱せているのが現状だ。
だが、一番厄介なのは――
「…………」
「無言で殴りかかるのはやめてくれないかねぇ」
ウイルスの闇から一本の腕が突き出し、玲央の頬を掠めた。
白くて細い腕。
その正体は星宮雲母だ。
彼女はウイルスの中を走り、玲央に接近したのだ。
――彼女は魔法の性質上ウイルスに感染しない。
だからこそこの絨毯爆撃のような攻撃を真正面から突っ込める。
しかも周囲を囲むウイルスは雲母の姿を覆い隠し、彼女の接近を悟らせない。
リリスと雲母。
味方を巻き込むことを厭わない狂人。
味方に巻き込まれることを厭わない狂人。
共闘するにはこの上なく凶悪な組み合わせだ。
呼吸を合わせることなく、最適に噛み合う。
「おっと」
着地する直前、玲央は足元にガラス板を生み出した。
幻影の足場を踏みつけ彼はわずかに着地点を変える。
「お気に入りの靴履いてるんだから、泥ハネは勘弁だぜ?」
玲央の足元にあったのは黒い泥。
沼のようなそれは――リリスが設置したウイルス。
もし踏んでいたのなら足から溶けて死んでいただろう。
「せい」
だが敵は一人ではない。
真上から落下してきた雲母。
彼女は受け身を取ることなく――沼に着地した。
「小学生だからって泥遊びで服汚すと怒られるぞ……!」
着地の衝撃で泥が飛び散る。
《表無し裏無い》の反射の勢いをも乗せて。
無差別にまき散らされる汚泥の弾丸。
それを玲央は幻影の壁で防いだ。
所詮、ただの余波だ。飛び散った泥くらいならば幻影でガードできる。
もっとも、これも魔王ラフガにより強化された力があってこそだが。
「――もうそろそろ、こっちも行こうかね」
このままでは千日手だ。
朝まで一進一退を続けるつもりはない。
(天美リリスはウイルスで身を守ってる)
リリスの周囲には黒霧が展開されている。
彼女の殲滅力を思えば、近づくのは容易ではないだろう。
「なら――」
狙う相手は一人だ。
玲央は地を蹴る。
ウイルスの波間を抜け、その先にいた少女へと肉薄する。
「――――」
雲母は緩い動作で腕を振るう。
彼女の攻撃は威力さえ確率に左右される。
だからこそ、そこに力を込めるかはさほど大事ではない。
「っ……!」
雲母の体が動きを止める。
彼女の動きを妨げているのは彼女自身の服だ。
衣装が不自然に捻じれ、彼女の体を締め上げている。
――他人の体に直接干渉するのは困難だ。
一般人相手ならともかく、魔力を持つ存在――魔力への抵抗力を持つ存在に幻影を割り込ませることは難しい。
幻覚を見るよう『誤認』させることはできても、体内で刃物を生み出すような『干渉』はかなりの力量差を必要とする。
だが、衣服は別だ。
いくら魔法少女の衣装が魔力で構成されているとはいっても、本人に比べればはるかに結束力の弱い魔力だ。
だから幻影で操れる。
――雲母の反射が発動する際に彼女の服は破れない。
言い換えれば、攻撃が衣服に到達するよりも早く反射が発動している。
つまり、彼女の衣装は反射範囲の内側にある。
彼女自身の魔力であり、彼女の一部だと認識されている衣裳。
それこそが雲母の命に届きうる武器となるのだ。
「この前の戦いを見るに、お前を殺すには攻撃以外の手段を取る必要がある」
朱美璃紗は星宮雲母を打倒した。
その際に利用したのは気圧差――環境だ。
「お前に向かう攻撃はすべて無効化される。だが――」
「お前から奪うことによる攻撃は反射されない」
反射。
それは迫る攻撃を、遠ざけるということ。
鏡は自分に向かう光を反射する。
だが、自分から遠ざかる光を引き込むことはしない。
「俺自身から手を下さず、お前が生存に必要なものを手に入れられない状態を作りだす」
彼女から酸素を奪う。
有毒ガスを吸わせようとしても雲母の反射は発動する。
しかし奪われてゆく酸素を反射で引き戻すことはできない。
彼女に攻撃を食らわせるという発想そのものが間違いなのだ。
彼女が生きるために必要なものを遠ざける。
それこそが答え。
「ぁ……」
衣装が雲母の全身を絞り上げる。
今や彼女の衣装は身を守るものではなく拘束衣だ。
衣装自体に締め上げられることでフリルに隠れていた体の起伏があらわになる。
袖ごと両腕は体に巻き付き、胸を挟み込むように交差する。
そうして彼女を拘束していた服が裂け――蛇のようにうねる。
玲央の幻影で操作されたそれは、まるで生物のように動いた。
「んぐ……!」
服の端は布の塊となり雲母の口内に侵入する。
それは喉をこじ開け、気道を塞ぐ。
本来であれば布が気道を圧迫する力を反射することによって容易く排出されるであろう。
だが布は生きている。
布は玲央の意志のままに動き、雲母の体外へと吐き出されることを良しとしない。
呼吸を強制的に止められ、彼女は身をよじる。
「てわけでまあ――喉詰まらせて勝手に死んでくれ」
4章でほのめかしていたように、玲央は雲母に攻撃を当てる手段をいくつか用意しています。
それでは次回は『死と救済』です。




