7章 12話 剣閃の姫騎士
VSメイド隊ラストです。
(間に合わないわね)
倫世は冷静に現状を分析した。
メディウムに体の動きを阻まれ、アッサンブラージュにより飛び道具を封じられた。
すでに《自動魔障壁》は砕け、倫世を守るものはない。
鎧を盾にしようにも、シズルの技術ならば容易く生身を捉えるだろう。
つまり――回避不能。
(――まあ、問題はないけれど)
しかし、倫世に焦りはない。
焦燥する理由などない。
これくらいの修羅場で心を揺らすような浅い経験値ではないのだ。
「――Mariage」
「――《貴族の決闘》」
倫世が口にした。
刹那、彼女の衣装がドレスへと変わる。
桜色の鎧の下に現れたのは純白にして潔白の花嫁衣裳。
それは美しいグラデーションを描き出しており、儚くも美しい。
だが、それは彼女の本質ではない。
なぜならこれは――最強の魔法少女が繰り出す最高戦力なのだから。
「――決闘よ」
《貴族の決闘》。
その能力は――決闘の強制。
範囲内にいる陣営の内、一人ずつを選出し決闘を執り行う。
そして、代表者がした陣営のメンバーは――死ぬ。
命と誇りをかけた決闘。
それこそ彼女が持つ固有魔法だ。
「な……! みんなが――!」
メディウムが動揺の声を漏らす。
今、ここにいるのは倫世と彼女のみ。
二人の周囲は黒に包まれている。
これが決闘空間だ。
決闘空間には、代表者しか入れない。
倫世を殺そうとしていたシズルも外の世界に弾き出されている。
決闘の強制。
その性質を利用した絶対防御だ。
「ってヤベ――」
「もう遅いわ」
状況を理解したメディウムがこの場を離脱しようとする。
しかし――
「決闘から逃げることは、貴族の世界での死を表すのよ」
黒い世界。
内側と外界を隔てるように周回する剣たち。
それらが一気にメディウムを貫いた。
四方八方から串刺しにされるメディウム。
彼女は意識を失い、地に倒れた。
――決闘は解除される。
「あ……れ……?」
決闘世界が霧散し、倫世の目に外界が映る。
そこには――血を流すアッサンブラージュがいた。
メディウムが決闘に負けたことで、彼女も決闘の行方に従うこととなったのだ。
「でも、貴女には効かないのね」
倫世はシズルにそう言った。
シズルはこれまでと変わらぬ姿でそこにいる。
――《貴族の決闘》による決闘は、代表者が所属する陣営すべてを巻き込む。
その『陣営』という言葉の定義には、代表者の認識も影響する。
――彼女は仲間である。
――彼女は――対等な存在だ。
そんな認識が、ある程度反映されるのだ。
《貴族の決闘》による強制死は代表者よりも上の立場にいる存在には通じない。
言い換えれば、シズルはメディウムの主観において絶対的優位に立っている存在ということ。
だからこそメディウムが敗北しても、シズルに連動ダメージはなかった。
「認めるわ」
「貴女は強い」
そう倫世は告げる。
まぎれもない本心で。
「だから――少しだけ見せてあげるわ」
「――見えたら、だけれど」
これ以上、ここで時間を浪費するつもりはない。
「《百葬輪廻・殲星陣》」
「――――――《最低出力》」
その瞬間、魔王城が崩落した。
☆
「――驚きましたね」
シズルは呟いた。
倫世が魔法を放った直後、彼女の意識は途絶えた。
気がつけば彼女は仰向けに倒れており、視界には紫色の空が広がっていた。
見慣れた魔界の空。
だがそれは奇妙なことだ。
さっきまでシズルは城内にいたはずなのだから。
「……ああ」
シズルは周囲を見回して気付く。
城が――切断されている。
横一線に壁が斬り裂かれ、崩落している。
彼女たちがいたのは城の中でも端に位置する棟だ。
それでもたった一撃の魔法で両断されるようなスケールではない。
しかもそれが――
「――《最低出力》……ですか」
――もっとも手加減された一撃だったなど信じがたい。
シズルは――上半身だけとなった体で微笑む。
先程の魔法によって、彼女の体は斬り落とされていたのだ。
「……お強いですね」
シズルの笑みが深くなる。
徐々に。徐々に口の端が吊り上がる。
そして閉じられていた目が開き――
血のような赤い瞳がさらけ出される。
「くすくすくすくすくす」
浮かぶ笑み。
それは狂気に浮かされた笑みだった。
「あの人の臓物も見てみたいです」
シズルは――立ち上がった。
すでに彼女の体は完治していた。
彼女は魔王軍のメイド長。
何度ラフガに打ち据えられても死ぬことのないメイド。
理由は簡単だ。
シズルは殺されても死なない。
「でも、ここで追うというのも品がありませんよね」
必死に体を求めるなど淫婦と変わらない。
そんなはしたない振る舞いはできない。
だからお預けだ。
「くすくす……」
シズルは頬を紅潮させる。
彼女は淫蕩な表情でナイフを舐め上げた。
「縁があるのであれば、また戦場で会えるでしょう」
そうならなければ、そういう運命だったというだけの話。
流れに身を任せるのも一興だろう。
「さて」
「アッサンブラージュさんとメディウムさんを探さないといけませんね」
シズルはガレキの海を一望した。
彼女の部下である二人の姿は見えない。
おそらくガレキに埋まっているのであろう。
シズルは鼻を鳴らし、血の匂いを辿るのであった。
ちなみに倫世が放った魔法の『何が』最低出力なのかは最終章まで明らかにならない予定です。
上手く使えばラフガに当たりうるくらいには強力な魔法です。
そしてシズルは糸目属性+バーサーカーです。彼女が次に戦うのも最終章となるでしょう。
それでは次回は『魔女狩り』です。
数話ほどトロンプルイユ側の戦いとなります。




