7章 9話 メイド隊
魔王城での戦いが始まります。
「ふわぁ~。マジで、魔王様の前に出るたびに殺されないかヒヤヒヤだよな」
そう言うと、チャイナ服の少女がソファーに倒れ込む。
彼女は欠伸をしながら背もたれに体重を預けた。
「もう……メディウムさん。メイドなのですから、はしたない行動は慎まないと」
そんな少女――メディウムを女性は諫める。
とはいえメディウムにはそれが不満で――
「そーは言ってもさ? 週一ペースでメイドが殺されてたら、やっぱアタシでもビビるってばさぁ」
メディウムは体を抱き、震えるような動作をして見せる。
「でもぉ。そんな魔王様の下で2年もメイド長を務めてきたシズル先輩はどうなるんですかぁ?」
間延びした声が言葉を挟んだ。
声の主は、豊満な女性であった。
ゆるく波打った長髪。ふわふわとした印象を受ける表情。
緩いとでも評するべき雰囲気の女性。
なにより特筆すべきはそのプロポーション。
腰から臀部へと流れる魅惑のライン。
決して小柄ではない体格とさえアンバランスに思えてしまうほどに膨らんだ二つの果実。
例えるのならば――牛だろうか。
それも乳牛だ。
「でもさアージュ先輩? シズル先輩は化物でしょ。アタシの知る限り、魔王様にガチで殴られて死なない奴とか《怪画》の中でもシズル先輩くらいだって」
「それは確かにですねぇ。わたしもぉ、魔王様に殴られたら死んじゃいますよぉ」
メディウムの反論にあっさりと女性――アッサンブラージュは納得した。
二人の視線は、三人目の女性へと向かう。
そこにいたのは人間の言葉を借りるのであれば――大和撫子。
温厚な物腰。
濡れ羽色の髪。
貞淑な女性というイメージそのものを具現化したかのような姿の女性――シズルだ。
彼女は二年間――ラフガ・カリカチュアが魔王を務めていた7年前から5年前までの間メイド長を務めていた《怪画》だ。
《怪画》にとって最大の死因などと言われる魔王ラフガの側に控え続け、二年間殺されなかった《怪画》。
もっとも、それはシズルがラフガの不興を買わなかったという意味ではない。
――何度殴られても死ななかったということだ。
最強の《怪画》が怒りに任せた拳を受けてなお、生き延びている。
それだけで彼女が普通の《怪画》でないことが分かる。
いや。
あえて言うのであるのなら――魔王の血族であったのならば間違いなく次期後継者だったはずの《怪画》だ。
「シズル先輩って《魔王親衛隊》に選抜されたんですよね」
「そうですね」
メディウムの言葉にシズルは微笑む。
柔和な笑み。
閉じたまま開かれることのない瞳。
それらは普段と何ら変わることなく、彼女の感情を掴ませない。
「にしても、なんでアタシは戻ってきちゃったんだか」
メディウムはうなだれる。
彼女たちが《新魔王軍》と合流したのはほんの数日前。
――彼女たち三人は、五年前まではラフガに仕えていた。
しかしラフガが封印され、グリザイユが王を継いだ。
それを機に三人は魔王軍を抜けていたのだ。
シズルは「敗北は見えた」と言って。
メディウムとアッサンブラージュは「シズルの言うことならば間違いはないはず」と確信して。
実際に魔王軍は滅んだのだから、残らなかったのは正解だったのかもしれない。
――もっとも、シズルがいたのならば魔王軍はあそこからでも逆転していた可能性も充分にあるとメディウムは思っているが。
ともかく、三人が城に戻ったのはラフガの復活を知ってからのことだ。
本来ならば最悪で粛清、運が良くても多少の扱いの悪さがあっても不思議ではない状況。
それでもシズルはメイド長という役割を与えられ、メディウムたちも一切咎められていない。
メイド長となれば、魔王の主義思想を把握し、彼の怒りに触れない術を持っているのだろうか。
――と思ったが、この城においてメイド長が一カ月以内に殉職することなど日常茶飯事なのだ。
残念ながら魔王ラフガの怒りを躱す方法とはメイド長が持つスキルではないらしい。
そう考えればやはり、シズルの偉業は異常なのだろう。
「――あら。掃除をしなくてはいけませんね」
「は?」
シズルの言葉にメディウムは首を傾げた。
「でもぉ。シズル先輩? わたしたちぃ、もうお掃除しましたよぉ?」
「そうそう。窓枠に埃が~みたいな姑っぽいのはナシだろ~? メイドつっても給料なんて出ないブラックなんだしさ~」
「いえ。そういう意味ではなく」
愚痴を漏らすメディウムをシズルは軽く制する。
そして彼女は壁に向かって――
「――初めまして、でしょうか」
そう告げた。
「誰もいませんよぉ?」
「あわわわわ。ついにシズル先輩が職務のストレスで壁に話しかけるようになっちまった……。絶対ここ労災とかないしヤバイだろ――」
「となるとぉ、問題は次のメイド長ですねぇ。メディウムさん? じゃんけんで決めますぅ?」
「じゃ、じゃんけんで死ぬ順番決めるってのか……!?」
「大丈夫ですよぉ。どっちが先になってもすぐに殺されるので誤差ですしぃ」
ヒソヒソと言葉を交わすメディウムとアッサンブラージュ。
「よく分かったわね」
だがその会話も新たな声に遮られる。
――ということもなく。
「ぎゃー! アタシたちも仕事のストレスでおかしくなってるぅ……!?」
メディウムは聞こえた声に構わず絶叫すると頭を抱えた。
「えぇ? わたし聞こえてないですよぉ? おかしいのはメディウムさんだけなんじゃないですかぁ?」
「じゃあ、心身が健康なアージュ先輩が次のメイド長で」
「あ、やっぱり聞こえましたぁ」
アッサンブラージュはあっさりと前言撤回をした。
どうやら命は惜しいらしい。
「そもそも全員が聞こえた時点で、みんなが正常っていう判断には至らないのかしら……?」
少女の声が聞こえる。
すると壁際から、人影が現れた。
突然の出現。
それは速力によるものではない――
――擬態。
彼女は周囲の景色に溶け込み、堂々とそこにいたのだ。
「うわヤバ。これ愚痴ってたの魔王様にチクられたらアタシ死ぬじゃん」
「聞いていたなら分かると思いますけどぉ。わたしは魔王様のこと悪く言ってないですよぉ?」
「アージュ先輩の裏切り者ぉぉ……!」
「え? なんですかぁ?」
「聞こえてないフリされたぁ……!」
「もぅ。メディウムさんをみんなで無視して『メディウムさんという存在は魔王様の圧政によるストレスのせいで全員が見ていた集団幻覚説』を唱えて救ってあげようとしていたのにぃ」
「アタシの扱い雑ぅ! てか、今『圧政』って言ったぁ! ねえねえそこの人ぉ! 今、アージュ先輩が魔王様の統治を圧政って言いましたぁ! こいつも粛清対象じゃないですかぁ~!? チクるならアージュ先輩もですよねぇ!?」
「……ここはどうか、何も見なかったということでどうでしょうかぁ?」
「ほんと自己保身早いなぁ!」
「――良いわよ」
「魔王城への侵入者を、貴女たちが見なかったということにしてくれるのなら」
少女がそう言った。
金髪をハーフアップにした少女。
彼女は肌に張りつくようなボンデージを纏っている。
――先程の唐突な出現。
あの衣装には迷彩機能があるのかもしれない。
「あ? これは――」
見覚えのない少女。
いや。
姿が見えているからこそ分かる。
この魔力の性質は――魔法少女。
「まさかこんなに勘の良い《怪画》がいるとは思わなかったわ」
少女――美珠倫世は微笑んだ。
「――敵ッ! ということは――」
高まる緊張感。
倫世の登場にメディウムとアッサンブラージュは目を――輝かせた。
「「魔王様への告げ口の可能性ゼロ……!」」
魔王軍メイド隊。
シズル――由来:シズル感
アッサンブラージュ――由来:アッサンブラージュ
メディウム――由来:メディウム
彼女たちは全員幹部クラスです。具体的には2~3章くらいまでなら一人で章ボスできそうなレベルとなっています。とはいえシズルは別格扱いで、《前衛将軍》上位クラスの実力を持っています。多分、覚醒前キリエより強くて、覚醒前トロンプルイユに『勝つことはできない』程度ですかね。
それでは次回は『我ら魔王様のメイド隊』です。
メイド三人衆VS倫世となります。




