7章 8話 私にできること
ついに戦いが始まります。
「やっぱり、ここみたいね」
女性――宮廻環はそう呟いた。
彼女がいるのはとあるビル。
そこから環は豪邸の様子をうかがっている。
あの邸宅は、現役で大臣を務めている男が建てた別荘だ。
「美珠っていう名字から予想はしていたけど、当たりだったわね」
環は目を細める。
彼女の視線の先にいるのは黒髪の少女だ。
宮廻環は記者だ。
故にあの少女――天美リリスについても知っている。
画家としての才に愛され、神童と呼ばれる少女。
そしてかつて世界を救った魔法少女。
《正十字騎士団》である彼女が出入りしているということは、あそこが《正十字騎士団》の拠点と考えるのが自然だ。
「確認はできていないけど……薫子ちゃんもあそこにいるのかしら?」
美珠倫世。
三毛寧々子。
星宮雲母。
リリスに加え、三人の出入りは確認している。
未だに姿を見ていないのは薫子とイワモン――そしてマリアだ。
おそらく三人は建物の中から動いていないのだろう。
環としてはその三人の動向こそ確かめたかったのだが、彼女たちが動かない以上は仕方がない。
「これで《正十字騎士団》の居場所は分かったわ」
(私にできるのはこれくらいなのよね……)
環は嘆息する。
彼女は所詮一般人だ。
魔法なんて使えない。
権力もないし、人間の中でさえ力が強いほうではない。
そんな環が戦闘において役立つことはないだろう。
だから――
「情報収集は記者の得意分野だもの」
これくらいはしなければ気が済まない。
今、悠乃たちは傷ついている。
未来へと踏み出す覚悟にヒビが入っている。
だからこそ、環は《正十字騎士団》の拠点を探した。
信じているから。
子供でありながら、強い覚悟を持った救世主たちは必ず立ち上がると。
信じているから、彼女たちが立ち上がった時のために道を整える。
それが――大人の役目だ。
「ふわぁ~あ」
環は大きく伸びをした。
ここ最近、暇があれば美珠邸の監視をしていたのだ。
おかげで寝不足気味である。
もっとも、それに見合った収穫はあったが。
「あんまり大きな動きもなさそうだし、引き時かもね」
これ以上居座って、《正十字騎士団》に勘付かれても面倒だ。
環は監視を切り上げることを決意した。
しかし――
「…………あれ?」
環の視界の端で何かが揺れた。
彼女は異物の在処――電柱の上へと目を向けた。
そこに立っていたのは一人の青年。
燕尾服にピエロの仮面。
奇術師のごとき格好をした彼の姿には聞き覚えがあった。
――加賀玲央。
またの名をトロンプルイユ。
それは人間と《怪画》――二つの顔を持つ男だ。
悠乃のクラスメイトであり、《残党軍》最強の名を背負っていた男。
そんな彼が《正十字騎士団》の拠点の近くに現れた。
そこに意味を見出さないほど環は楽天家ではない。
「……消えた」
風に流れるようにして玲央が溶けてゆく。
幻影。
それが彼の持つ能力。
その力を環は目の当たりにしているのだ。
「……偵察かしら」
幻を操れる玲央は諜報向きだろう。
敵に囲まれようと生存できる確率は高い。
《新魔王軍》は《正十字騎士団》の居場所に行き着いており、玲央がその確認を取っていた。
そう考えるのが自然だろう。
(まさか、一人で戦いに来たわけじゃないでしょうし)
☆
「――早速行くか」
玲央は巨大な門へと歩み寄る。
現在の彼は幻影により姿が見えない。
現時刻は夜。
能力と時間を味方につけた隠密は、そうそう見つかるものではない。
「忍び込んで女神を暗殺する。それで終わり」
玲央は嘆息した。
「――――そう思っていたんだけどな」
そして彼は幻影を解除して姿を現す。
理由は簡単だ。
――もう捕捉されている。
彼は目の前の状況を見てそれを察した。
ゲートの向こうには三人の人影。
裸エプロンの女――天美リリス。
ゴスロリ服の童女――星宮雲母。
猫耳を生やした女性――三毛寧々子。
《正十字騎士団》を名乗る魔法少女たちが広大な庭の中央を陣取っている。
どういう理屈かは分からないが、玲央の出現を読んでいたらしい。
「潜入失敗か?」
玲央は肩をすくめる。
退く気はない。
このまま帰れば、ラフガにどんな仕打ちを受けるか分かったものではない。
最低でもそれなりの戦果は必要だろう。
「おー。占い通りだね」
寧々子は感心したようにそう漏らす。
――どうやら、玲央の潜入がバレたのは占いのせいらしい。
星宮雲母の魔法は占い。
精度はそれなりに高いらしく、彼女が占った敵の存在を信じて彼女たちは待機していたのだろう。
(ま、無警戒でいるわけはねぇか)
ここは美珠倫世が住む家だ。
そんなところを堂々と利用しておきながら対応策の一つもないというのはありえない。
むしろ露見しやすい拠点であるがゆえに、敵への対策は万全だと考えていたのだが――運の悪いことに予想が当たっていたらしい。
「あくまで女神の暗殺はベスト。こうなればベター狙いだな」
「つまり――敵主戦力の殺害にチェンジだ」
玲央は腰のサーベルを抜く。
今でもラフガを除けば《新魔王軍》最強の地位にいる玲央だ。
わざわざ逃げるに値する危機ではない。
どころか、このタイミングを利用して敵勢力を削る算段を立てる。
(そういえば、美珠倫世がいないのが気にかかるが――)
最強の魔法少女。
彼女がこの場にいたのなら玲央も撤退を視野に入れていただろう。
しかし倫世が戦場に現れる気配はない。
絶対とは言えないが、周囲に隠れている様子もない。
おそらくこの周辺に倫世はいない。
僥倖。
理由は分からないが、一番の障害が勝手に消えてくれた。
「じゃ……レッツパーリィってやつだ」
二つの暗殺計画が交錯した結果、互いにナンバー2がいない状態で敵のナンバー2を相手取る展開になります。
それでは次回は『メイド隊』です。
美珠倫世VS魔王軍のメイド隊となります。




