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もう一度世界を救うなんて無理っ  作者: 白石有希
7章 もう一度ここから始めよう
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7章 7話 Re

 悠乃たちのRestartです。

 それは無意識だった。

 気が付くと悠乃は、このあたりでは名門として有名な高校へと足を運んでいた。

 ――この学校は、金龍寺薫子が通っている学校。

 だから、自然の彼はここを目指していた。


「あ……」


 そんなところで、悠乃は見覚えのある人影を見つけた。

 メイド服を着た女性だ。

 三つ編みにされた銀髪が風に揺れている。

 彼女――速水氷華(はやみひょうか)の表情には隠し切れない憂いが見えた。

 いつもは感情を見せないだけに、その姿は彼女の秘めた苦悩の深さをうかがわせる。

 速水氷華は金龍寺家のメイド長であり、今でも薫子を想い続けている女性だ。

 彼女がここに来た理由は一つだろう――

「――蒼井さん」

 悠乃の存在に気がついた氷華は校門から視線を外す。

 ――彼女の目元には薄く隈があった。

「もしかして、毎日ここに来ているんですか」

「仕事がありますので常にとまではいきませんが……そうですね」

 氷華は校門へと視線を戻す。

「気が付くと、いつもここにいます。おかしいですよね。いるわけもないのに、夜中にでも来てしまうんです」

 仕事をしていない時間はいつもここにいる。

 おそらく睡眠の時間さえ削っているのだろう。

 隠しきれない疲労の色がそれを示していた。

「……薫姉は」

「――あの日から、一度も登校していないそうです」

「そう……ですか」

 あの日――薫子が《正十字騎士団》とともに姿を消した日。

 あれから彼女の姿を見ていない。

 彼女がこれまで通っていた施設を回っても、彼女の影に触れることはできない。

 もう薫子はこの世界にいないのではないか。

 そんな不安に押し潰されそうになる。

「私は、間違っていたのでしょうか」

 ふと氷華はそう口にした。

「私は、たとえどれだけ時間がかかってでも、薫子お嬢様に――以前のような家族を取り戻して欲しかった」

 家族。

 今の薫子には血縁者はいても、家族の絆はない。

 彼女が世界を救った5年前。

 度重なる激戦の影響で体調を崩した彼女は中学受験に失敗したという。

 一度の失敗。しかしそれが許されることはなかった。

 それ以降、彼女は家庭内でいないものとして扱われた――扱われさえしなかった。

 そんな彼女を助けたいと考えていたのが氷華だった。

 彼女はメイドとして寄り添い続け、薫子が家族と再び共に過ごせる未来を目指していた。

 しかし――

「薫子お嬢様が欲しかったのは――もっと目前の幸せ――肯定だったのでしょうか」

 薫子は女神として生きることを決めた。

 その理由は――自己否定。

 己に価値がないと信じているからこそ、女神として世界を救える自分に価値を見出した。

 他の生き方に価値を見出せなかった。

(薫子は今でも自分を責め続けているんだ)

 家族の絆が失われたのは自分の至らなさゆえだと。

 そう信じこむことで、家族を憎まないようにしている。

 己を憎むことで、世界を憎まないようにしている。

 そんな彼女の心が、女神の後継者となる道に進ませた。


(薫姉は――『今』救われたかったんだ)


 もう壊れてしまいそうで。

 未来に救いなんて求められなかった。

 もっと即物的な救済こそを欲していた。

「だとしたら、私は薫子お嬢様の本当の願いを見落としていた。薫子お嬢様と家族を昔の形に。そう考えていたのが私のエゴでしかなかったのなら――」

 ――メイド失格です。

 そう氷華は目を伏せた。

「……蒼井さん」


「誰かの役に立てなければ、生きている価値はありませんか?」


「本当に薫子お嬢様は、誰の役にも立っていませんでしたか?」


 そう彼女は問いかけた。

 悲しみに打ちひしがれた氷華の言葉。

 気がつけば、悠乃の口は勝手に動き始めていた。

「そんなはず、ない」

 ままならない運命を前にして迷う心。

 しかし、その言葉には自分でも驚くほどに力がこもっていた。

「僕は薫姉に救われたんだ」

 5年前も。今も。

「薫姉と璃紗が助けてくれたから、僕は僕でいられている」

 引っ込み思案だった彼を、二人が引っ張ってくれた。

 世界を救う戦いは辛いこともあったけれど、今では間違ってなどいなかったと言える。


(そうだ――)


「僕は薫姉に伝えないといけない」

 最初から単純な話だったのだ。

「薫姉が無価値なら――薫姉に救われた僕は何なんだって」

 正直に言ってしまえばよかったのだ。

 魔王が。女神が。

 そんなもの関係ない。

「僕を救ったことに価値なんてなかったのかって」

 金龍寺薫子は――友達なのだ。

 友達に気持ちを伝える。

 そんなことの可否を、なぜ他人に決められなければならないのか。

 叫べばよかったのだ。

 一切の事情を無視して。

 一切の事象を踏み越えて。

 展望も希望も必要ない。

 見えない闇を斬り裂くのも。

 この世界に光を灯すのも。

 ――魔法少女の役目だから。


「僕を軽く見るなって……言ってやらなきゃ」


 伝えよう。

 怒ろう。

 証明しよう。


 薫子に救われた自分自身で、薫子が歩んだ人生を肯定しよう。


 もうそろそろ7章もバトルパートに入っていきます。


 それでは次回は『私にできること』です。

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