7章 3話 友人として
戦いは悠乃たちを置いて激化してゆきます。
「オレたち《新魔王軍》は悠乃たちとは戦わないことに決めた」
「……え?」
「さすがに女神が敵となれば、魔王様も全力を尽くす必要がある。だから、悠乃たちに構う暇はないってことだ」
玲央から告げられたのはあまりに意外な言葉だった。
魔王ラフガ・カリカチュア。
本能のままに暴虐の限りを尽くす独裁者。
そんな彼が、仮にも自分を倒した魔法少女を見逃すというのだ。
「どうやら魔王様にとって、女神との決着は余程大事らしいな」
(そうか――もしもあの戦いに干渉していたのがマリアなら――)
悠乃は思い出す。
5年前にラフガと戦った時のことを。
敗北の危機に陥った時、誰かの声が聞こえ、奇跡のような勝ちを拾った時のことを。
もしもあれが女神の――マリアのおかげだとしたら。
ある意味で、あれは代理戦争だったのかもしれない。
最初からラフガが挑んでいたのは女神で、悠乃はその代理にすぎなかった。
だからあの日の敗北も、彼の中では女神によって与えられた屈辱なのかもしれない。
彼の中では、悠乃たちに不覚を取ったという認識など微塵もない。
ゆえに容易く眼中に入らなくなる。
「つーわけで、オレたちも積極的に悠乃たちと戦うことはなくなった」
玲央はそう口にすると、道中で買っていた缶コーヒーを飲む。
「オレたちの相手はあくまで《正十字騎士団》一本ってわけだ」
「…………」
《正十字騎士団》の面々は強い。
確かに、全力を注がねば勝てない相手だろう。
(僕たちは蚊帳の外ってわけか)
きっと《正十字騎士団》も悠乃たちと争わない。
もはや何のメリットもないのだから。
つまり、今の悠乃は――部外者。
悲しいほどに疎外されている。
「それを踏まえて、ここからはオレ自身の話だ」
玲央と視線が交わる。
いつになく彼の表情は真剣で、思わず悠乃は息を呑んだ。
「悠乃。もう戦わないでくれ」
「――――え?」
「もう戦わなくていいんだ。これ以上戦っても、辛いだけだ」
そう語る玲央の表情は悲痛で、嫌でも分かってしまう。
心の底から、彼は悠乃を案じている。
「女神も魔王も。悠乃がどう頑張っても倒せる相手じゃない。どんなに命を懸けても、どうにもならない」
そう玲央は首を横に振った。
それは事実だ。
悠乃は痛感していた。
女神マリアと、魔王ラフガ。
己と二人との間にある彼我の力量差を。
戦略や知略で埋まる差ではないことを。
簡単だ。
どんなに頭を使っても、ピストルで核兵器には勝てない。
それほど隔絶された差なのだ。
薫子を、エレナを、イワモンを――仲間を取り戻す。
あるいは、世界を救う。
そんな目標を掲げれば、彼らとの戦いは避けられない。
戦いを避けられないのなら、敗北も避けられない。
敗北したのなら、目的は叶わない。
最初から失敗の見えている戦いなのだ。
だから玲央はあえて悠乃の考えを先回りし――潰した。
「正直に言って、悠乃が参戦したところで勢力図は変わらない」
玲央はそう断言する。
「いや、正確にいえば、この戦争の行く末を決められるのは二人だけだ」
「魔王と女神。どちらが勝利するか。それだけで勝敗が決まる」
玲央はそう確信しているようだった。
「マジであの二人は規格外だ。たとえ、オレたち《新魔王軍》が一斉に挑んでも女神には勝てない。逆に《正十字騎士団》が束になっても魔王は殺せない。互いにトップが圧倒的すぎて、他の兵力が前座にしかならねぇ」
魔王ラフガの力は圧倒的だった。
7人の魔法少女が《花嫁戦形》してなお決定打を与えられないほどに。
それと同格である女神に挑んだところで、結果は明らかだ。
「戦争の勝敗は互いのボスが決める。オレたち雑兵が決められるのは、戦争が終わった時点での生存者の数だけだ」
玲央たちもまた強大な力を持つ者たちだ。
しかし彼らさえ勝敗に影響を及ぼせない。
そんな高次元の戦いなのだ。
そこに悠乃が足を踏み入れたとしても――
「だから、悠乃。お前はもう戦わなくていい」
「これ以上戦っても何も変わらない。変わるとしても、良い方向には変わらない」
「――死ぬだけだ」
そう玲央は告げる。
そこには悠乃を脅すなどという意図はない。
淡々と事実を連ねているだけだ。
そして悠乃もそれを否定できない。
《新魔王軍》と《正十字騎士団》の戦いに介入するのなら、圧倒的な個――それこそ魔王や女神と渡り合える戦力が必要だ。
そして、そんなもののアテなどない。
その時点で詰みなのだ。
「まあ、上手く行けば女神が勝って……人間は救われる。そうなれば、マジカル☆トパーズは諦めないといけねぇかもしれねぇが……最低限の犠牲で済む」
「そんなの……」
「じゃあ魔王が勝って、女神陣営だけにとどまらず人間は魔王の奴隷。グリザイユ――姫も《新魔王軍》に縛られる。こっちが好みか?」
「…………そんなこと……言ってない」
「だが、戦争の行く末は二つに一つだ」
――まあ、魔王と女神が同士打ちで死ねば分からねぇけどな。
そう玲央は笑う。
少し寂しげに。
「とはいえ、そんなこと万に一つもないだろうしな。やっぱり手を出すべきでなければ、出す意味もない」
――それとも、単刀直入にこう言うべきか?
玲央は悠乃へと歩み寄る。
「頼むから、もう戦わないでくれ」
「魔法少女としてじゃなくて――人間として生きてくれ」
悠乃たちがこの戦いに介入し、かつ勝利しようと思えば、
1、マリア・ラフガに匹敵する戦力を用意する。
2、マリアとラフガを同士打ちによって倒す。
3、マリアの後継者問題を解決し、マリアと協力しラフガを倒す。
くらいですかね。
ちなみに3の逆バージョンはないですね。ラフガと交渉してもロクなことにならないという。
それでは次回は『王は絵画に重ね塗る』です。
魔王陣営の覚醒回前編です。




