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もう一度世界を救うなんて無理っ  作者: 白石有希
6章 崩落へのカウントダウン
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6章 37話 そして道は別たれる

 残すは今話とエピローグのみです。

「――――――ええ」


 イワモンからの呼びかけに薫子は頷いた。

 彼女はそのまま彼のもとへと歩いてゆく。

「薫姉……?」

 悠乃は彼女の名を呼ぶ。

 イワモンは悠乃たちと違う道を歩もうとしている。

 そのことを薫子が理解できていないとは思えない。

 それでも彼のもとへ行くということが何を意味するのか分かっていないとは思えない。

 なら、なぜ彼女はイワモンのもとへ行くのか。

 悠乃は縋るように薫子へと声をかけた。

 しかし、薫子は振り向かない。

「なぁ薫姉。さすがにそれは……冗談だよな?」

 璃紗も戸惑っている。

 だが薫子は振り向かない。

 彼女は背を向けたまま言った。

「冗談のように滑稽だったのは……これまでの、わたくしの人生でしょう?」

 薫子は尾のように伸びた三つ編みを手に取る。

 三つ編みが解かれ、金糸がふわりと広がった。

 髪を結んでいた影響でわずかに波打った金髪。

 艶やかな髪は水ごとく滑らかに流れている。

 黄金の小川を背負う姿はまるで天使だ。

 女神に仕える――天使のようだ。


「今日からわたくしは――《正十字騎士団》の金龍寺薫子です」


 首だけで薫子が振り返る。

 その瞳には――固い決意が宿っていた。

 騙されての選択ではない。

 迷いながらの妥協ではない。

「歓迎するわ。金龍寺さん」

 倫世は微笑んで薫子を迎え入れる。

 次々と襲いかかる不測の事態。

 悠乃は頭が割れそうな気分だった。

「どうして……」

「何もおかしなことはないさ」

 悠乃の悲痛な声にイワモンがそう応えた。


「僕が薫子に《逆十字魔女団》のすべてを説明し、()()()()()()()()()()。それだけのことだよ」


「……賛同?」

「はい」

 悠乃が目を向けると、薫子は首肯する。

「あのお披露目会の後、わたくしはイワモンから《逆十字魔女団》への勧誘を受けていました」

「それに……乗ったの?」

「はい」

 否定して欲しいという悠乃の想いは一蹴される。

「わたくしは――ずっと欲しかった」


「わたくしが、()()()()()()()()


 薫子は慈しむように胸へと手を当てた。

 その姿は敬虔な信徒のようだ。

「そしてここには、わたくしにしかできない救済がある」

 金龍寺薫子は己に失望している。

 己にできることなどないと信じている。

 身に降りかかる不幸は、すべて自分の至らなさゆえだと信じている。

 それはきっと、彼女が己の境遇を悲観しないための――他人を恨んでしまわないための自己暗示。

 彼女は魔法少女としての活動を通し、家族との絆を失った。

 そんな彼女が今、瞳に希望を宿している。

「――女神マリアを救う。そのためには薫子の協力が不可欠だ」

 イワモンがそう薫子に語る。

「女神がいなければ世界は崩壊する。つまり、女神マリアを救済するためには、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そう言うイワモン。

 それはまるで――

「女神適性がある魔法少女は数少ない。そして、君はそんな一人だ」


 ――生贄のようではないか。


「……良かった」

 薫子はそれでも微笑む。

 悠乃は女神という言葉がなにを示しているのかきちんと理解はしていない。

 だが分かる。

 女神という役割を薫子に押し付けることで、女神マリアの救済が為されるということは。

 女神マリアという在り方は歪だ。

 イワモンは言っていた。

 女神は世界を救うための『システム』だと。

 悠乃は見てきた。知ってしまった。

 世良マリアが記憶も人格も失って生きているのを。

 世界が危機に陥らなければ、人格を取り戻すことなく消えゆくことを。

 それは――生きているといえるのだろうか。

 倫世は言っていた。

 マリアは何億年も生きていると。

 寿命という終わりさえ存在しないと。

 永遠の時間を、世界を救うためのシステムとして生きてゆく。

 それは、何よりも恐ろしい拷問だ。

 そんな生き方を、薫子は選ぼうとしているのだ。

「それで良いの!? 薫姉! 答えてよッ!」

 あまりにそれは残酷な結末だ。

 悠乃は薫子に向かって叫ぶ。

「――良いんですよ。悠乃君」

 そう語る薫子の表情は――穏やかだった。

「わたくしの命が、世界を守るために使われる」


「それは――わたくしが生まれた意味となる」


「わたくしは、わたくしが生まれた意味が欲しい」


 薫子の目から一筋の涙が流れた。

「独りよがりでも、自分が生きていて良かったといえる価値が欲しい」


「だからわたくしは――女神となります」


 薫子は選んだ。

 世界のシステムの一部として、()()()()()()()()()()()()

 生きているとも死んでいるともいえない終わらぬ一生を続けることを。

 無限地獄へと身を落とすことを。

「そんな……」

 薫子が選んだ希望のない未来。

 悠乃は言葉を失った。

「行きましょう。イワモン」

「うむ」

 薫子たちは悠乃に背を向けた。

 彼女たちは手をつなぎ、一つにつながった。

「さようなら――悠乃君。璃紗さん」


「みんなの世界は、わたくしが守るから」


 薫子が離れてゆく。

「待って……!」

 反射的に悠乃は手を伸ばした。

 このまま彼女が手の届かない場所に行ってしまうと思ったから。

 だが、それは錯覚だった――

「《女神に外れる(オールマイティ・)道はない(メシアライズ)》」

 ――すでに、悠乃の手が届くところに彼女はいなかったのだから。

 一瞬にして薫子たちの姿が消える。

 きっと帰ったのだろう、彼女たちの本拠地へと。


「…………薫姉」


 こうして戦いは終わった。

 金龍寺薫子。

 灰原エレナ。

 そしてイワモン。

 3人の大事な友人を失うという結末によって。


 だが、これは戦いの始まりに過ぎない。

 魔神ラフガと、女神マリア。2つの強大な存在がぶつかり合う血戦の前座でしかない。


 全世界の命運を左右するであろう大戦。

 世界を呑み込む大きな運命の渦。


 その中において、蒼井悠乃という存在はあまりに矮小だった。


 続く7章は悠乃たちが戦う意味を見つめ直す章であり、女神勢力と魔王勢力の戦争へと向けた前哨戦となります。

 女神マリアと魔王ラフガ。

 仲間を失い、蚊帳の外へと弾きだされることとなった悠乃たち。

 はたして彼女たちは再び戦うのか。

 世界の破滅に対しどのように向き合うのか。

 そのような章です。


 それでは次回は女神サイドのエピローグ『人身御供』となります。

 

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