6章 35話 おしまい
物語の裏側です。
「つまり――――――――君が裏切り者だ」
「そうでしょ? ………………イワモン」
悠乃はそう言った。
彼女の視線の先には直立のまま動かないイワモン。
感情が見えない瞳。
これまでのようなセクハラをするわけでもなく。
だからといって後悔や罪悪感の存在も見えない。
ただ彼は、悠乃の背後――その先で行われている戦いを見ていた。
そしてイワモンと視線が交わる。
「ふむ。裏切り、か」
彼は顎を撫でる。
「確かにそうだな。朕は――いや、僕は欲望に忠実で……君たちとは違う道を歩いていた」
(あ…………)
悠乃はイワモンの表情にかつての面影を見た。
純粋で、頼りになって、不器用だった相棒の姿を。
悠乃は、彼が裏切り者だと確信する。
同時に、彼は自分の信条を裏切ることはなかったのだと確信した。
――5年ぶりに会って、イワモンが変わってしまったと思った。
だが違った。
彼は正義を信じていたあの頃のままだ。
ただ、見ている正義が悠乃とは違っていただけ。
彼はまだ、己の正義のために戦い続けているのだ。
「――聞かせてよ。イワモン」
「君は何を目指しているの?」
目的。
あんな目をしたイワモンが目指す先――それを知りたかった。
そんな悠乃の意志が通じたのだろうか。
彼は嘆息しつつも語り始める。
「――世界と引き換えに、たった一人の少女を助けることだ」
イワモンの瞳には、マリアの姿が映っていた。
彼が守りたい少女。それが誰かなど問うまでもない。
「世界を守るために、一人の人間としての幸せさえも捨ててしまった少女を――救いたかった」
彼はそう言う。
「いつから……? いつから、イワモンは……裏……計画していたの?」
裏切っていた。
その言葉を、悠乃は口にできなかった。
口にしようとするだけで、心臓が痛む。
「5年前の戦いが終わってすぐのことだ。魔法界へと帰り、議会での発言権を得て――彼女の存在を知ってからだ」
イワモンの瞳が遠くの景色を映す。
「この5年間は、僕にとって戦いの日々だった」
「5年間――《残党軍》がより大きな組織へと成長するよう、あえて彼らを見逃し続けた」
「魔法界からクリスタルを持ち出し、《逆十字魔女団》を作った」
「悠乃たちを魔法少女に戻し、世界の危機を救う正義の魔法少女としての役割を務めさせた」
(そうか……)
不思議には思っていたのだ。
壊滅状態だったはずの《怪画》がここまで勢力を増したこと。
力を剥奪されたはずの魔法少女が、なぜか力を取り戻したこと。
議会――魔法界の最高意思決定機関のメンバーであるイワモンがわざわざ世界を救うために派遣されたこと。
(全部、イワモンの計画だったんだ)
演出された戦いだった。
これまでの戦いは偶然なんかじゃない。
すべて、イワモンが仕組んだ必然だった。
「世良マリアは――概念だ。実体はない」
「だからこそ、まずは彼女をこの世に顕現させる必要があった」
イワモンはそう語る。
「彼女は――世界を守るためのシステム。ゆえに、魔法少女では対処しきれないほどの危機へと陥る必要があった。彼女自身が出張らねばならないほど大きな危機を用意しなければならなかった」
そのために必要だったのが《残党軍》と《逆十字魔女団》だ。
強大な勢力が二つ現れ、それぞれが世界の滅亡へとつながる目的を掲げている。
それは紛れもなく世界の危機だ。
「《残党軍》と《逆十字魔女団》が現れたことで、女神の素体が世界に派遣された。そして今――魔王ラフガの復活をキッカケとして、素体は女神の意志を思い出した」
イワモンの目から一筋の涙がこぼれた。
「僕の願いは、成就した」
万感の思いがこもった声。
確かに彼のしたことは、悠乃たちには受け入れられない。
しかし彼にとっては、譲れない願いだったのだろう。
そしてそれは今、叶った。
「だがこれはまだ準備にすぎない。僕はまだ――」
「イワモーンっ」
イワモンの言葉を遮り、彼を背後から抱き上げる少女。
――マリアだ。
(彼女が――本当の世良マリア)
話の流れから察するに、悠乃がマリアと呼んでいた少女は――素体。
女神が機能するまでの入れ物。
おそらく、世界の危機が人間でも対応できるレベルだったのなら、彼女は素体のままであり、記憶を取り戻すことなどなかったのだろう。
事実、5年前の戦いではマリアが顕現することはなかった。
しかし今回は、魔王ラフガとの戦いで7人の魔法少女が破れ、世界の危機は人間の手に余るものとなった。
だからこそマリアという素体は――女神へと昇華したのだ。
「マリア。決着はついたのかい?」
「まだだよっ?」
マリアの姿がかき消える。
同時に、彼女の頭部があった場所をラフガの拳が貫く。
「戦闘中によそ見とは余裕だな」
「でしょー?」
「………………チッ」
ラフガは忌々しげな表情を浮かべる。
一方で、マリアの表情は飽き飽きとしている。
「ねー? 今日はもうやめない?」
「……なんだと?」
「また今度で良いでしょ?」
マリアがそんな緊張感のない提案をする。
世界の命運をかけた戦いをしているとは思えない。
さすがにラフガも意外だったらしく。彼も面食らった表情となっている。
「世界の危険因子を排除するのは女神の仕事だからねっ。ちゃんと、いつかは相手してあげるつもりなんだけどぉ……」
マリアは悩ましげな表情となる。
「でも、あたしには別の目的もあるから、君だけに構ってられないんだよ☆」
マリアはウインクをした。
しかしラフガは戦闘を継続しようと腰を落とし――
「――まだ準備不足か」
彼は姿勢を戻す。
この場において、ラフガは共通の敵となっている。
このまま戦えば彼は、悠乃たちを含めた全員と事を構える必要がある。
しかも、マリアが見せた治癒能力が何度も使えるとしたのなら、何度も復活する魔法少女と戦い続けることとなる。
――おそらくラフガはまだ本調子ではない。
5年も封印されていたのだから、そう考えるのが自然だ。
そういう意味では、仕切り直すメリットがあるのはラフガも同じ。
「――良いだろう。雌雄を決するには、風情がなさ過ぎる」
「我らの戦いは、しかるべきで決着をつけるとしよう」
世界を巻き込んだ最悪のマッチポンプ。
しかしそれは、一人の少女ため。
それがイワモンの始まりです。
それでは次回は『無彩色』です。
無彩色――灰色の物語です。




