6章 32話 共鳴のMariage3
ラフガ戦はあと2話の予定です。
「せやぁッ!」
悠乃は上空で氷剣を構え、振り抜いた。
彼女がいるのはちょうどラフガの真上。
氷の鉄槌が彼を押し潰す。
「くだらん」
迫る氷をラフガは軽くノックする。
――ただそれだけで氷塊は砕けた。
氷を構成する魔力が消滅したため、容易く分解するのだ。
「おらぁぁッ」
炎を大鎌に収束させ、璃紗はそれを振り下ろす。
だがそれも、ラフガが手の甲でガードするだけでかき消える。
しかし――
「これで良いんだろ?」
璃紗は笑う。
ここまでは作戦通りだったから。
璃紗が放った先程の一撃。鎌の中へと全力で魔力をとどめていた。
しかし、ラフガの能力で魔力を食い千切られたせいで――制御が失われる。
「!」
周囲に炎が散る。
凝縮されていた炎が拡散し、璃紗ごとラフガを襲う。
(魔王ラフガの能力は――あくまで両腕限定なんだ)
悠乃は前回の戦いを思い出す。
魔王ラフガが魔力を消せるのは、あくまで両腕で触れたものだけだ。
それも、手首までしか能力が適用されない。
ゆえに広範囲に巻き込んでしまえばダメージを与えられるのだ。
「もう一発だ!」
悠乃は複数の氷柱を撃ち出した。
それらは回転しながらラフガの背中を狙う。
「遅い」
ラフガの腕が――ブレた。
彼は腕が分裂して見える速度で裏拳を放つ。
連続の裏拳が氷柱を一つ一つ破砕する。
だが、終わりではない。
「…………それは」
構成する魔力を失い、氷柱は霧散する。
しかし――その中にあった爆弾は健在だ。
先程の攻撃は、薫子の爆弾を悠乃の氷でコーティングしたものだ。
ゆえに《基準点》で魔法を消そうとも、氷に遮られて直接触れていない爆弾を消滅させることは叶わない。
「《女神の涙》」
薫子の一声で爆弾が一斉に起爆する。
ラフガの上半身が爆発に巻き込まれた。
「やった……!」
悠乃は思わず喜びの声を漏らす。
(やっぱり、僕たちは昔に比べて強くなってる)
以前戦った時、一撃をラフガに当てることさえできなかった。
しかし今、最初の連携で彼に攻撃を当てたのだ。
これは間違いなく成長だ。
問題といえば――
「……さすがに、ダメージはほとんどないか」
悠乃は半ば予想していた光景にため息をついた。
彼女たちの前にいたのは砂埃でわずかに衣服を汚したラフガだ。
まったく効いていないとは思いたくないが、それほど大きな成果を上げられたとも言えない。
(魔王ラフガの恐ろしさは魔法を消せることじゃない)
(――圧倒的な基本性能だ)
パワー、スピード――いわゆるフィジカル的な強さ。
それこそがラフガの厄介な点だ。
正攻法では勝てない膂力。
魔法という搦め手を許さない能力。
無理矢理にラフガの土俵に立たされ、圧倒的力の前に敗北を刻まれる。
それこそが魔王ラフガの戦いだ。
だからラフガの肉体が頑強である事など想定済みだ。
たとえ彼に大したダメージが通っていなかったからといって動揺する必要はない。
「――貴女たち……」
悠乃たちの唐突な参戦。
倫世は驚きの表情で悠乃を見ている。
「――勘違い、しないでね」
悠乃は氷剣をラフガに向けた。
「アイツがいたら、本当に人間は滅んでしまうんだ。だから、今は……利用できるものはすべて利用する」
《逆十字魔女団》の目的は分からない。
しかし、彼女たちがラフガと敵対しているのは事実。
そうならば、まずは《逆十字魔女団》と協力してラフガを倒す。
「魔王ラフガと貴女たち。生き残ったとして、厄介なのは彼ですから」
そう薫子は言った。
もしもラフガが生き残ってしまえば、今度は悠乃たちだけで戦わなければならなくなる。
そうなれば勝ち目は――ない。
だからこそ《逆十字魔女団》という貴重な戦力と協力できるタイミングで魔王ラフガを討伐する。
それこそが最適解であると悠乃たちは判断した。
そのためには――思想の食い違いも今は飲み込むと決めた。
「《花嫁戦形》した魔法少女が7人。これで世界が救えないわけないよね」
悠乃は目の前の敵を見据える。
「そういうことなら――一時休戦ね」
そう口にすると、倫世は悠乃の隣へと歩み出した。
彼女は大剣を構え、ラフガと対峙する。
「魔王なら、わたしを殺せる?」
悠乃たちを飛び越え、魔王に迫る影が一つ。
――星宮雲母だ。
彼女は一直線に跳び、ラフガへと迫る。
雲母の魔法《表無し裏無い》なら敵の攻撃を反射することができ、直接攻撃しかできない敵には最高の相性だ。
――本来なら、
「殺せるだろうな」
メキリ、と音がした。
突き出された雲母の腕が――ひしゃげる音だ。
衝突の瞬間。二人は拳を突き合わせた。
本来であれば雲母の反射が発動する場面だが、ラフガの《基準点》がそれを許さない。
そのまま《表無し裏無い》の干渉を受けることなく、ラフガは雲母の腕を破壊したのだ。
「ぃぐ、ぁぁ……!」
雲母は目の前にラフガがいることも忘れて悶絶する。
そんな彼女へと、彼は歩み寄る。
「まずは一人だ」
「ぅ、ぁ……」
痛みで動けない雲母。
援護するべきと判断した悠乃だが――
「必要ないわ」
それを制したのは倫世だった。
「なんでっ……!」
このままでは雲母が殺される。
焦燥が滲む悠乃だが――
「だって今から、最大のチャンスが訪れるもの」
「戦況の表裏が――覆るわ」
倫世は、これから起こることが分かっているかのようにそう微笑んだ。
(そんなに自信があるとするのなら――)
その根拠として考えられるのは、雲母が持つ固有魔法。
《花嫁戦形》に覚醒した時に手にした魔法が意味を持つのだろうか。
その答えは、すぐに示される。
「……《表裏転滅の占星術》には表も裏もない」
雲母はそう言った。
「表も裏も。幸せも不幸せも、ない」
「こんなに痛いなんて不幸。だから、わたしは幸せになれるはず」
雲母の腕が――再生してゆく。
逆再生のように再生して、元通りになる。
「私に攻撃が当たるなんて幸せ。だから、あなたは不幸になるはず」
「ッ……!」
突如、ラフガの腕が不自然に折れた。
誰にも触れられていないのに、勝手に折れたのだ。
自然に、不自然なタイミングで折れた。
「誰も幸せになれない。誰も不幸になれない。表と裏の境界線上であり続ける魔法。それが《表裏転滅の占星術》」
これまでの雲母の魔法は、運命の行く末を占い、補正するものだった。
だが彼女の《花嫁戦形》は違う。
運命を――固定する魔法。
幸せな者には災いを。不幸な者には救済を。
そうやって幸運と不幸の収支を合わせてゆく魔法なのだ。
ともあれ――
(隙ができたッ……!)
突然の骨折に、ラフガも事態を把握しかねている。
当然だ。
ここまで突飛な出来事に驚かないわけがない。
だからこそ、何かが起こると知っていた悠乃たちよりも反応が遅れた。
(ここで決めるッ!)
悠乃は駆けだした。
この距離――詰めるのに一秒もいらない。
今、この瞬間に魔王ラフガの首筋へと氷刃は届く。
「《氷天華・凍結世界》ッッッ!」
時間が――止まった。
《表裏転滅の占星術》
表も裏も無い (転滅)魔法。
幸運と不幸の基準は第三者的な視点によって決まる。
そのため、雲母が『運良く死ぬ』ことはない。
それでは次回は『幻想の終わり』です。
戦いは最終部へと向かってゆきます。




