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もう一度世界を救うなんて無理っ  作者: 白石有希
6章 崩落へのカウントダウン
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6章 27話 ロンギヌスは誰の手に

 どんどん物語は核心に迫ってゆきます。

「わたくしにとって……一番の厄介者は貴女ですから」


 薫子は倫世を殴り飛ばすと、そのまま駆けだした。

 ほんの数秒のロス。

 それだけで背後から迫るキリエとの距離はほとんどなくなっている。

 だから――

「そういえば知っていますか?」

 薫子は誰に聞かせるでもなく――それでいてキリエがなんとか聞き取れるくらいの声量でそう言った。


「ギフトって……ドイツ語で毒を意味するそうですよ?」


 薫子のスカートからいくつもの手榴弾がこぼれる。

 それらは一斉に起爆し――()()()()()()()()

「なッ」

 爆発とともにまき散らされる紫煙にキリエは目を見開いた。

 明らかに規模が小さい爆弾。

 それに反比例するように大量な煙。

 彼女は地を蹴り、煙を迂回する道を選んだ。

 いくら彼女が速くとも、遠回りしてしまえば薫子には追いつけない。


「……ともあれ、今のは独り言で、この爆弾に毒なんてないんですが」


 毒々しい煙。

 そして聞こえるか聞こえないかの声量で聞かされた話。

 それらがキリエの中で符合したのだろう。

 ――この爆弾は毒であると。

 もっともそれは薫子が用意したトラップなのだが。

 あれはただ色がついただけの爆弾。

 本来であれば、精々狼煙代わりにしか使えない代物だ。

 それが今、敵を牽制するブラフとなった。

 色彩が与えるイメージ。

 そして、薫子の独り言を偶然拾ったと思わせる絶妙なつぶやき。

 それらがキリエに判断を誤らせたのだ。

「速いだけの敵なら、やりようはいくらでもあります」

 薫子はマリアを追う。

 しかし――


「《救済の乙女の剣(ラ・ピュセル)》」


 背後から聞こえる声。

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ぁ」

 薫子はその場で転ぶ。

 そんな彼女の傍らを駆け抜ける影があった。

「美珠……倫世」

 それは薫子が最も警戒していた敵であり、それゆえに最初に狙った標的。

 しかし彼女は薫子の攻撃をやり過ごしていたらしく、ダメージを感じさせない足取りでマリアを追う。

(マズいですね……!)

 すぐさま足首を治療して走る薫子。

 しかし明らかに遅れている。

 このペースでいけば、最初にマリアに追いつくのはキリエ。

 二番手が倫世だ。

 薫子が着く頃には――マリアは殺されているだろう。

「終わりだよ」

 キリエは口の端を吊り上げる。

 狂気と狂喜の笑みで彼女は鉤爪を構える。

 彼女とマリアの距離は数メートル。

 ついにキリエが彼女を間合いに捉えんとした時――


「撃てー!」


 春陽の声が響いた。

 声の出所は――建物の陰に開いた()()()()()()

「勘違いしないでよね。アタシは、アンタの魔法を利用して世良マリアを殺そうとして――()()()()()()()()

「行くよー!」

 ギャラリーが開いたと思われるゲート。

 それ越しに、春陽が幾本もの光刃を放つ。

 横殴りに光の雨が降り注ぐ。

 その標的となったのは――

「がッ……!」

 キリエだった。

 完全にマリアへと意識が集中していたタイミング。

 迫る光刃に気付けなかったキリエは手足を光刃に裂かれ、その場で転がる。

 致命傷ではないが、すぐに動き出せるダメージではない。

「――先に行くわね」

 地面に転がったキリエを倫世が抜き去ってゆく。

 首位に躍り出る倫世。

 たとえキリエを蹴落とそうとも、マリアに迫る脅威は終わらない。

 ただ敵が変わっただけだ。

 だが――それだけのことが明暗を分けることもある。

 キリエを止めたことで稼いだ数秒が、運命を決めることもある。


「――させないから」


「――させねぇよ」


 マリアの命を巡る争奪戦。

 そこに、蒼井悠乃と加賀玲央が参戦した。



 マリアの覚醒を察知した後、すぐに倫世は戦線を離脱した。

 一方で残された悠乃と玲央。

 二人が選択したのは、各々の目的の優先。

 戦うのではなく、目的達成を取ったのだ。

 マリアに迫る危機。

 思惑はそれぞれ、だが悠乃と玲央は同じ場所を目指した。

 そして、同時に現れる。

 玲央は幻影を解除し――

 悠乃は――時間を進めることで。

 今、悠乃たち三人は別方向からマリアを目指している。

 しかしその距離は三人とも大して変わらない。

 しかし――

(体が……重い)

 すでに悠乃の足取りは重くなっていた。

 先程までの戦いでのダメージが尾を引いているのだ。

 着地のたび腰のあたりに激痛が走る。

 すでに走るペースが落ちており、時間を止めることでなんとか遅れを取り戻しているのが現状だ。

 そして、そんな無理も続かなくなり始めている。

(駄目だ――僕じゃ追いつけない)

 そう理解した。

 倫世か。玲央か。

 それは分からない。

 しかし最初にマリアへと到達するのが自分でないことだけは痛いほどに分かってしまった。

「行けぇ!」

 ゆえに――悠乃は時間を止める。

 そして空に大量の氷柱を精製した。

 一つ一つは拳程度。

 しかし、人を貫くために尖らされた雹だ。

 威力は銃弾を軽く超える。

 《花嫁戦形(Mariage)》した悠乃の固有魔法は時間停止。

 止められるのは――2秒。

 そして、ついにその限界へと至った。

 ――時が動き始める。

 悠乃が2秒をかけて作った大量の雹弾。

 それが雨のごとく倫世と玲央を狙う。


 雹が玲央を撃ち抜く。

 ――玲央の体が霞となり、彼の座標が横にズレた。

 幻影で自らの居場所を誤認させたのだ。


 雹が倫世に落ちる。

 しかし直前で《自動魔障壁(エスクード)》が発動する。

 数十もの小さな障壁が倫世を取り囲む。

 それでも意に介さず彼女は走り続けた。

 ヒビは入るが、障壁が砕けるよりも早く倫世はその場を通り過ぎてしまう。


(そん、な……)

 悠乃がすべてを託した最後の抵抗。

 それは二人の足を止めるには至らない。

 すでに悠乃は脱落した。

 あとは玲央と倫世のどちらが先にマリアへと到達するか。

 だが――どちらが勝とうともマリアは殺される。

「マリ、アァッ!」

 悠乃は叫ぶ。

 かすれた声がマリアに届くよりも早く、玲央と倫世はマリアに迫った。

 二人は同時に彼女を間合いに捉えた。

 二人は同時に剣を構える。

 しかしマリアは回避動作さえしない。

 ただまっすぐに逃げているだけだ。

 そして――


「終わりだ」

「終わりよ」


 二本の剣が振るわれた。




「――そう来たか」

 玲央はそうぼやいた。

 彼としては予感していた出来事のようで、呆れつつも動揺はしていない。

 一方で、悠乃の頭は疑問符だらけだった。

「……なんで?」


 なぜ――


「間に合ったわ」


 なぜ――()()()()()()()()()()()()


 悠乃の目の前では、()()()()()()()()()()()()()()()

 二人がマリアに追いついたとき、二人が取った行動は正反対だった。

 マリアを殺すために玲央は剣を振るった。


 倫世は――玲央の凶刃からマリアを守った。


「無事で良かったわ」


 倫世は微笑む。

 先程までマリアを殺そうとしていた人物とは思えない反応だ。

 倫世は《逆十字魔女団》のリーダー。

 そして、彼女たちの目的はマリアの殺害。

 そのはずなのに、なぜ倫世はマリアに親しげな笑みを浮かべるのか。

 ――分からない。

 だが、その答えは提示される。

 倫世自身の口から。

 悠乃にとって――最悪の答えを。


「――――――――ねぇ? ()()


 美珠倫世は世良マリアをそう呼んだ。


 ――団長、と。


 世良マリアの正体――それは《逆十字魔女団》の団長。

 ただ、それだけでは終わりません。


 次回は『覚醒後・絶望前』です。最悪の前の静けさです。

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