6章 25話 覚醒の余波
主戦場へと戦力が集まってゆきます。
「――――――今のはなんでしょうか?」
薫子は空を見上げた。
そこには穴の開いた曇天があった。
灰色の雲に開いた大穴。
それは一条の光によって穿たれたものだ。
「あれは貴女たちの魔法ですか?」
「……多分違うにゃん」
薫子が問いかけると、寧々子は首を横に振った。
現在、二人は《花嫁戦形》をしている。
薫子は純黒にして漆黒の花嫁衣裳を。
寧々子は純白にして潔白の白無垢を。
二人はそれぞれの衣装を身に纏い対峙していた。
もっとも、それも先程の異常な魔法によって中断したのだが。
「……どうしますか?」
「にゃ?」
「あれは、貴女たちにとって予想できている事態ですか? 違うようなら、一時休戦も視野に入れますけど」
「予想できていたらどうするにゃん?」
「貴女を始末して、わたくしだけで向かいますね」
「……地味に怖いにゃん」
寧々子はため息をついた。
「それで――どちらですか?」
「どっちでもないにゃん」
寧々子は肩をすくめる。
彼女は面倒そうに灰色の空を見上げた。
「こうなる予定だったけど……タイミングが微妙にゃん」
「そうですか」
薫子は思考を加速させる。
(《逆十字魔女団》が織り込み済みの事態。そしてあの魔法)
あれほどの威力となれば――
(おそらくマリアさんですね。となれば、タイミングが微妙というのは覚醒が早すぎたという意味でしょうか)
その詳細は薫子には分からないのだが。
仕方のないことだ。
彼女は《逆十字魔女団》の目的も、その中でマリアがどのような立ち位置にいるのかもまだ聞かされていないのだ。
知識に穴が多すぎて前提が構築できる段階にない。
できるのは空論だけだ。
「それでは一時休戦をしますか?」
「にゃ?」
寧々子が怪訝な表情を見せる。
確かに、ここで薫子が休戦を申し出るのはいささか妙だろう。
「貴女たちが各地に散らばったのは、町中で戦いを起こすためですよね? ですが、想定外が起こった以上は貴女たちには『作戦を修正する必要』がある。そして、わたくしとしても現場に行って『貴女たちの妨害をする必要』がある。利害は一致しています」
薫子はそう断言した。
「……でも、君を倒してからアタシだけで行けば邪魔は入らないにゃん」
「間に合えばいいですけどね。別にわたくしは、ここで貴女の妨害をしても構わないのですが」
「…………性格悪いにゃん」
寧々子は目を逸らす。
二人の戦いは五分と五分。
勝敗の行方は分からない。
しかし、時間がかかることは分かっている。
すでに事態が動き出している以上、その遅れは寧々子としても許容したくないもののはず。
そこを利用してのブラフだ。
――実際に、焦るべきなのは薫子なのだから。
事情が分からない。
誰に都合良く事態が動いているのか分からない。
だからこそ、ここで寧々子と戦い続けるメリットは薄い。
所詮、薫子と寧々子の戦いは場外乱闘のようなものだ。
あくまで戦いの根幹は――マリアのいる場所。
そう薫子は理解していた。
そしてそれは寧々子だって分かっているはずで――
「分かったにゃん。戦いはやめてあっちに行くにゃん」
「そうですか――良かった」
薫子は微笑む。
そして――さりげなく口元を手で隠した。
今から言う一言を、唇の動きから未来視で読まれないために――
「じゃあ、わたくしは先に行っていますね?」
そう言うと、薫子は左手に握っていた糸を引いた。
すると――寧々子の背後にあるガレキ――その隙間に挟み込んでいた手榴弾のピンが抜けた。
「………………へ?」
起こる爆発。
背後ということもあり、爆発の存在を読み逃していた寧々子は飛んでくるガレキの存在に気付くのが遅れた。
――おおかた、後頭部にガレキが当たる未来を見て初めて事態を理解したのだろう。
そうして事態の把握が遅れた寧々子はそれでも危なげなくガレキを躱す。
「ちょ、休戦直後にそれってどういうこと……にゃん……」
少し怒った様子で振り返ってくる寧々子。
しかしその語気は弱くなる。
なぜなら――すでに寧々子はマリアのいる方向へと駆けだしていたから。
「あ…………」
呆けた様子の寧々子。
そんな彼女だけがそこに取り残されたのだった。
☆
「おっと」
キリエは驚いたような声とともに跳ぶ。
同時に、先程まで彼女の足があった位置から光刃が飛びだした。
キリエを貫こうとする光の斬撃。
彼女はそれを鉤爪で振り払う。
「影に足を着けば影の刃が。それ以外に足を着いても光の刃が――か。地面に足を着いたらサメに食べられるっていうゲームを思い出すね」
「……地面にサメなんていないでしょう?」
「――――――子供の遊びだよ」
キリエの隣ではギャラリーが疑問符を浮かべていた。
もっとも、人間の子供の遊びなど知っている方が珍しいので仕方がないことなのだろうが。
現在、戦場は地雷原となっている。
美月の影と、春陽の設置斬撃。
それらが地面に張り巡らされており、不用意に着地すればそのまま足を切り落とされかねない状況だ。
キリエも涼しい顔をしているが内心穏やかではない。
「それなら空中に立てばいいでしょう?」
そうギャラリーは口にした。
事実、今の彼女は宙に立っていた。
空間固定だ。
彼女は足元を空間ごと固定することで、そこに見えない足場を作っているのだ。
とはいえ、そんなことができるのは彼女だけなわけで――
「うん。君はあれだ。人の気持ちが分からないタイプかな?」
「アンタに言われる筋合いはないわ」
ギャラリーはそっぽを向いた。
「まあ、いいか」
特にキリエは気にしない。
気にするほどの事ではない。
問題といえるのは時間を浪費している現状だけだ。
「ギャラリー。さっさと終わらせようか」
「……分かっているわ」
元来、裏切る可能性の高いギャラリーを生かしておく理由はない。
ではなぜキリエは彼女を見逃しているのか。
理由は単純だ。
――彼女ほど便利な駒は《残党軍》にはほとんどいないからだ。
「《虚数空間》」
ギャラリーが空間のゲートを開く。
その先に見えるのは――春陽の横顔だった。
「《挽き裂かれ死ね》ッ」
キリエはゲート越しに鉤爪を振るう。
空間転移による奇襲。
しかも放ったのは絶対切断。
死角から高速で迫る死。
それを春陽は――
「予想敵中だよー」
――読んでいた。
彼女は身を低くすることで鉤爪をやり過ごす。
それでは、彼女の動作は回避行動だったのか。
否。
あくまでそれは、攻撃への予備動作だ。
「せりゃー」
沈み込むような動作と同時に春陽は右腕を振り下ろす。
その指先には――光が灯っていた。
放たれる一閃の光刃。
それはキリエの頬を掠め――ギャラリーの肩を貫いた。
「ぎぁッ……!」
痛みにより演算が乱れたのだろうか。
ギャラリーが作っていたゲートが揺らぐ。
「……マズいッ……!」
その事実に危機感を覚えたキリエは反射的にゲートから腕を引き抜いた。
しかし、逃げ遅れた鉤爪の先端がゲートの崩壊に巻き込まれて切断された。
折れた鉤爪がゲートの向こう側で地面に転がる。
もしもキリエの反応が遅ければ、あそこに落ちていたのは手首だったことだろう。
「絶対切断も、空間ごと破壊されれば折れるんですね」
そう言うのは美月だ。
彼女は春陽のうなじ――そこに生じている影から現れた。
「うん。なるほど。後ろに目がついてるのかと思うくらい勘が良いと思ったら……本当に目があったのか」
美月は影に潜み、春陽の死角をカバーしていたのだ。
ゆえに春陽はギャラリーの空間門をいち早く察知し、逆手にとれたのだ。
「その折れた爪で、世良さんを追いますか?」
そう美月は問いかけてくる。
キリエの武器を奪ったことで、彼女がマリアを追えない状況を作った。
そう美月は考えているのだろう。
それは甘い考えだ。そうキリエは笑みを深める。
「クハハ……おかしい事を言うなァ」
「爪なんかすぐに伸びるじゃないか」
キリエが両腕を振るう、すると引きずり出されるように新たな鉤爪が伸びた。
折れた鉤爪はスイングの勢いそのままに抜け落ち、周囲の建物に突き刺さる。
挽き裂かれ、崩落する住宅。
ガレキを背に、キリエは凶悪な笑みを浮かべていた。
「ほら。仕切り直しだ」
キリエは鉤爪を構える。
一秒でも早く黒白姉妹を出し抜き、マリアを追うために。
――世良マリアの完全覚醒まで……あとわずか。
ちなみにですが、キリエの絶対切断は抜けた鉤爪に対しては付与されていません。
あくまで手から直接伸びている10本だけです。
それでは次回は『争奪戦』です。
はたしてマリア争奪戦の行方はどうなるのか――3つの陣営が入り乱れる追跡が激化します。




