6章 24話 《貴族の決闘》
半覚醒のマリアが起こした余波は他の戦場へと波及します。
黒い世界の中。
幾本もの剣に見守られながら姫騎士は駆けた。
「はぁッ……!」
倫世は双剣を振るう。
「せやぁッ!」
それを迎え撃つのは悠乃だ。
彼女もまた二本の氷剣を手に、倫世の剣を受け止めた。
「ぐぅっ……!」
しかしその強度の差は明確。
二つの剣が接触した時、砕けたのは氷剣だった。
氷の粒が散る。
「あら綺麗ね」
涼しげな顔で倫世はそう言った。
一方で武器を失った悠乃は――笑っていた。
「それは良かった」
「最後の景色は綺麗なほうが良いもんね?」
「――――《雪景色》」
「!?」
倫世の視界――その右半分が赤く染まった。
眼球が破裂したかのような痛みが彼女を襲う。
「砕けた氷を操って、私の目を潰したわけね」
倫世は右目を手で押さえる。
その手には赤い血が付着していた。
「――――《純潔の乙女の鎧》」
倫世は静かに呟いた。
すると彼女が纏っていたコートは消え、新たな鎧が顕現した。
白と桜色で形作られた鎧。
普段の鎧に比べれば金属部は少なく、動きを阻害しない逸品だ。
それに応じて防御できる部位も減っているが、《自動魔障壁》があればそれほど気にすべき隙ではない。
そして何より――
「……それズルくない?」
悠乃が眉を寄せる。
そんな彼女を、倫世は両目で見据えた。
「自動回復の鎧。魔力は減り続けるけれど、結構便利よ?」
美珠倫世に回復魔法はない。
しかし、一人で戦い続けるとなれば回復手段は必須だ。
そう考えた、かつての相棒――テッサは倫世の魔力を回復魔法に変換する鎧を作りだした。
それこそがこの《純潔の乙女の鎧》だ。
倫世が傷を負えば、自動的に彼女の魔力を吸い上げて治療を始める鎧。
即死さえしなければ、意識的に魔力を与えることで治療スピードを上げることも可能だ。
その効力により、破裂していた眼球も形を取り戻していた。
「これは、私の大切なパートナーが作ってくれた最強の鎧よ。この鎧がある限り、私は何者にも穢されることがない」
彼女の体が赤く染まることはなく、純潔を貫き続ける。
そして――世界を救済するのだ。
「《救済の乙女の剣》」
倫世は双剣を十字に振り放った。
交差した斬撃が悠乃を襲う。
「ッ」
とはいえ悠乃も冷静さを失わない。
彼女は身を低くして走る。
悠乃は《救済の乙女の剣》のちょうど交差した部分を潜り抜ける。
「それくらい読めているわ」
とはいえ、倫世は最強とさえ謳われる魔法少女だ。
その程度の予測ができていないはずもない。
すでに彼女は刺突の体勢に入っている。
斬撃をくぐり抜けた直後の悠乃を貫くために。
「《救済の乙女の剣》」
倫世が剣を突き出そうとした時――横から振るわれたサーベルが彼女の剣の軌道を歪めた。
《救済の乙女の剣》は魔力を使って、斬撃を飛ばす魔法。
ゆえに、斬撃と《救済の乙女の剣》が飛ぶ軌道は連動している。
言い変えれば、起点となる剣の動きを邪魔してしまえば《救済の乙女の剣》の制御にも影響が出る。
「くッ」
悠乃を貫くはずだった魔力の刃が唐突にカーブし、彼女の横へと着弾した。
彼女は止まることなく距離を詰め続けている。
しかしそちらばかりを気にしているわけにはいかない。
「トロンプルイユ……!」
倫世は横に立つ男――加賀玲央を睨む。
彼は幻影で身を隠し、最高のタイミングで倫世の魔法を妨害したのだ。
狙い通りにいったからか、玲央は嗤う。
「勝手に外して人のせいにしたら駄目だろ」
「人じゃなくて《怪画》……でしょうっ」
倫世は双剣を振るう。
やはり厄介なのはこちらの男だ。
玲央が生きていれば、今後の障害となりうる。
そう倫世は考えていた。
そして同時に――
(それでも今狙うべきは――)
――彼の攻撃では倫世の防壁を貫けないことも確信していた。
「はッ!」
玲央の位置が分かったこの瞬間を突いて、倫世は地を蹴った。
魔力の放出をも利用してトップスピードへと駆け上がる。
その先にいるのは――
「悠乃!」
「分かってる!」
蒼井悠乃だ。
この場にいる敵の中で、倫世に傷を負わせられるのは彼女だけだ。
それでいて、一対一であれば容易く勝てる相手。
先に落とすのならばこちらだ。
「終わりよ!」
倫世は比翼のように双剣を左右に構えた。
迎撃のために腰を落として待つ悠乃。
二人の間合いが交わる瞬間。
「なっ……!」
「別に剣で終わらせるとは言っていないわよ?」
倫世はステップを刻み、回転しながら跳んだ。
横回転する視界。
わずかに横に逸れる軌道で跳んだこともあり、悠乃の刺突は見事に空を切る。
そして――
「はぁっ」
回転の勢いをたっぷりと乗せた膝蹴りが悠乃の鳩尾に炸裂した。
倫世の膝を守る鎧は凶器となり悠乃の内臓を打ち据える。
「ぅ……」
悠乃の口から胃液がこぼれる。
ダメージで彼女は腰を砕けさせる。
そのタイミングで倫世は一気に畳みかける。
その場で倫世はさらに一回転。
そして今度は、悠乃の胸に爪先を叩き込む。
無防備な場所を攻撃された悠乃は耐えることもできずに吹っ飛ぶ。
遠くなる彼女との距離を倫世は一気に詰める。
(――ここ!)
ついに条件が揃った。
「――《花嫁戦形》解除」
倫世の一声で黒い世界が消えた。
周囲に広がるのは変わらぬ街の景色。
とはいえ、倫世が戦意を失ったというわけではない。
(この間合いなら――)
倫世は背後にいる玲央の気配を探る。
彼は悠乃のフォローに動いているが、距離が離れている。
当然だ、動き出しが早かったのも、移動が速いのも倫世なのだから。
二人の距離が少しずつ離れる。
倫世と吹き飛ばされた悠乃。
二人と玲央の距離が開いてゆく。
そして、《花嫁線形》の有効範囲外にまで玲央を引き離した瞬間に――
「――《貴族の決闘》」
再び倫世は《花嫁戦形》を発動させた。
前回と違うのは――取り込まれるのが倫世と悠乃だけということだ。
「これで邪魔は入らないわ」
玲央を射程外に追い払ってからの《花嫁戦形》。
それにより、倫世は強制的に一対一の状況へと持ち込んだ。
「決闘空間に入ってしまえば、外部からは一切の干渉ができない」
倫世は吹き飛ぶ悠乃を追い越した。
そして、彼女の背中に膝を、腹に肘をねじ込む。
「ぃぎッ……!?」
「だから、誰も助けには来ないわ」
前後からの衝撃に悠乃は目を見開く。
グツリと彼女の芯にヒビが入る音がした。
「が……ぁあッ!」
しかし悠乃も世界を救った魔法少女だ。
激痛の中でも抵抗の意志を失わない。
彼女は氷剣に冷気を纏わせ振りかぶる。
悠乃は腰に走る激痛に顔を歪めながらも、体を空中でひねる。
そのまま彼女は回転による遠心力と重力を味方につけ、倫世の頭上に冷撃を叩き落とす。
当然、倫世のガードは間に合っている。
しかし空を背負わされたかのような重さが倫世を地面へと叩き伏せた。
倫世の着弾によって砂煙が上がる。
そのタイミングに紛れ、倫世は武器を換装する。
手にしたのは――巨大なハサミだ。
「ぁぐッ……!」
砂煙のせいで倫世の姿が見えていなかったからだろう。
あっさりと悠乃はハサミに挟まれる。
もっとも、それでも氷で胴体を切断される事態だけは防いだあたりさすがといわざるをえないが。
とはいえ倫世が両手に力を加え続ければいつかは終わる拮抗だ。
「ぁ……ぁ……!」
氷にヒビが入る。
しかも悠乃は両手ごとハサミに捕らわれている。
ゆえに氷撃で倫世を攻撃することもできない。
そもそもこのハサミもまた武器として作られたものだ。
戦いに使用することを前提にして造詣にはこだわられている。
無論、挟まれた敵の手足が倫世には届かない大きさに作られている。
いくら悠乃が抵抗しようと、その攻撃は届かない。
ハサミとは本来てこの原理を利用して効率よくものを切断する道具だ。
この武器もその性質を踏襲している。
それも人体を破壊するためにだ。
だからこそ、倫世が持ち手に力を加えたのなら、その数倍の力で悠乃の体は切断される。
悠乃の抵抗の限界など目に見えていた。
「ぅ……ぁぁあ……」
腰を挟み潰されそうになりながら悠乃は涙をこぼす。
彼女の命が断ち切られるまであと数秒。
そう倫世が判断した時――
「「ッ!」」
光が二人あの間を通り過ぎた。
まばゆい一閃はハサミの支点を貫き、悠乃を解放する。
とはいえダメージが甚大だったのだろう。
彼女は動けずその場に座り込む。
(……彼女の魔法じゃないわね)
倫世はそんな状況でも動かない。
魔法から逃げることも、悠乃へと追撃することもない。
ただ、先程の光の正体へと意識は向いていた。
(そうなれば――)
――さっきの一撃は外部から倫世の決闘空間を貫いたということになる。
それが倫世の出した結論であり、最も信じがたい可能性だった。
倫世の《花嫁戦形》である《貴族の決闘》は概念系の魔法だ。
一定範囲内にいる人物に、決闘という概念を押し付ける魔法。
ゆえに、部外者は決闘へと横槍を入れることはできない。
そうして1対1を強要することこそが本質の魔法だ。
そんな前提を壊すような暴挙。
それを実現するためには、倫世を凌駕する魔力量が必要だ。
二倍や三倍では足りない。
もっと次元の違う一撃だ。
「これは――――」
風穴があいたことで決闘空間が崩壊してゆく。
倫世の意志に反し、黒い世界が砕けてゆく。
だがそんなことはどうでも良かった。
この時が来てしまった以上、どちらにしろここで呑気に決闘をしている場合ではない。
なぜならこの一撃を放ったのは――
「――世良マリアね」
――彼女以外に考えられないのだから。
倫世の《花嫁戦形》の最も厄介な点は『決闘の強制をしない』こともできることです。
敵が多ければ決闘、味方が多ければ自己強化オンリーという戦い方が可能です。
貴族の決闘にしてはわりと卑きょ……
それでは次回は『覚醒の余波』です。




