6章 20話 腐敗する意志
VSリリス編です。
「《膿み爛れ果て》」
工業地帯で、黒い飛沫が弾けた。
オイルのような、ヘドロのような汚泥。
あらゆる色を混ぜ合わせたかのような混沌が降り注ぐ。
「ぬっ……!」
迫る雫。
それを目にしたエレナは急いで建物の陰に滑り込む。
泡立つ音。
コンクリートが、金属が。
汚泥を浴びた物体が発泡して腐ってゆく。
あれを浴びれば、魔法少女といえど無事では済まないだろう。
「恐ろしい攻撃じゃの」
触れたものすべてが腐食する光景は、見た者に恐怖を与える。
あのドロドロに溶けた物体の中に自分が並ぶ姿を幻視してしまう。
「真正面から戦うのは得策ではないのぅ」
間違いなく、殺傷力では最高峰の魔法だ。
あれと撃ち合うのは賢い行動ではない。
「《敗者の王》」
エレナは二丁の拳銃を天に掲げる。
そして曇天へと向かって射撃。
空へと上す魔閃光。
それは一定の高さまで伸びると、建物をまたぐように軌道を曲げる。
無論、着弾地点は建物の向こう側にいるリリスだ。
「っと」
リリスはその場を飛び退いて躱す。
先程まで彼女がいた場所を幾本もの熱線が破壊する。
(奴の身体能力は低い。しかし、決して遅いわけではない)
それがエレナの目から見たリリスへの評価だった。
確かに彼女の身体能力は低い。
殺人ウイルスという固有魔法に、魔法少女としての能力リソースを多く割り振られているのだろう。
だが、反射神経や判断力。
そういった彼女自身に由来する能力は高い。
そのため、回避速度は遅くとも、回避し始めるタイミングは早く、一瞬で安全な回避地点を算出する。
結果としてリリスに有効打を与えるのは想像よりも難しい。
まして、彼女のカウンターを食らえば即死と知っていればなおさらのこと。
あくまで彼女の反撃に対応できる余裕を持っておく必要があるため、全神経を攻撃に集中できないのもリリスを倒しきれない一因だ。
「ホラ。《侵蝕》ォ」
リリスの視線がエレナを捉える。
同時にウイルスの霧がエレナのいる場所へと向かう。
「面倒じゃのう……!」
エレナは銃口を――地面に向けた。
そして発砲。
地面へと魔弾が叩きつけられた衝撃で起こる風圧がウイルスを散らす。
それだけではなく、エレナの体は反動で浮き上がり、建物の屋上にまで届くこととなった。
屋上に着地した彼女はすぐさま建物の淵に駆け寄る。
エレナは屋上からリリスのいる場所を覗き込み――射撃。
灰原エレナと天美リリス。
二人の魔法には共通項が多い。
一つ、遠距離を得意とする。
二つ、攻撃性能が高い。
三つ、防御には向かない。
こんな二人が対峙すれば必然と発生するのが――当たれば即死の『防御が意味をなさない』戦場だ。
防御よりも回避。回避よりも攻撃。
そんな戦いとなる。
そこで重要なのが立ち位置だ。
現在エレナはリリスの頭上にいる。
そうなれば俯瞰的に戦場を一望でき、彼女の攻撃を事前に察知しやすい。
その有利は、防御が機能しない戦いでは大きい。
ゆえにエレナはこの場所を陣取る。
「これでどうじゃ!」
エレナが複数の熱線を撃ち放つ。
しかしそれらは当たらない。
だがそれも織り込み済み。
この攻撃は、初めから当てるつもりなどない。
「チ……!」
リリスが舌打ちする。
彼女の足首には――小石が刺さっていた。
これこそがエレナの狙い。
狙ったのはリリスではなく、彼女の周囲の地面。
そうして地面を砕くことで、破片をリリスに放ったのだ。
爆発に飛ばされた小石はそれだけで凶器となる。
本来なら、その程度の余波に巻き込まれるリリスではないだろう。
しかし今、彼女は頭上に注目している。
頭上に陣取ったエレナを警戒し、足元に注意を回せない。
だからこそエレナは足元の地面を利用してリリスを削る。
もしも彼女の意識が下に向かうようならば、上から直接リリスを狙う。
彼女があくまで上を警戒し続けるのならば、この調子で彼女の足を刻んでゆく。
いずれにしろ、現状はエレナにとって有利に進んでゆく。
多少長引いてしまうだろうが、着実に勝利を呼び込む。
そのように立ち回るエレナ。
だが――このままでは終わらない。
「くひ、あひははッ……!」
リリスは嗤う。
壊れたように。
「これくらいで勝てると思うだなんて、破滅的な脳味噌だヨネ」
天美リリスは世界を救った魔法少女。
壊れても、狂っても。
積み上げた実力は腐らない。
「ぬぅッ……!?」
轟音と共にエレナの足元が揺れる。
地震――違う。
彼女が経っている建物が崩落し始めているのだ。
まるで積木崩しのように建物が壊れてゆく。
「主要な柱を腐食させたというわけか……!」
建物には根幹となる部分がある。
破壊することで、効率よく建物を解体できる箇所が存在しているのだ。
リリスは戦いに紛れ、その急所を腐らせた。
結果として一気に建物は崩れ、エレナは足場を失った。
足場の消失により、エレナの体は空中に放り出される。
そのタイミングをリリスは逃さない。
彼女は汚泥の翼を広げ、エレナに迫る。
「《敗者の王》!」
リリスに接近を許してはならない。
エレナの本能がそう警告した。
だから彼女は着地さえ考慮せず、リリスに発砲した。
魔力の光線がリリスを狙う。
「アハッ」
しかしリリスは翼を巧みに操り、熱線の隙間を通り抜けてゆく。
何発かは彼女に触れるものの、掠める程度で致命傷には程遠い。
そしてついに――
「ぬぐぅッ……!」
「捕まえタァ」
リリスの手がエレナの首を掴んだ。
喉を襲う衝撃に思わずエレナは咳き込んだ。
彼女の体を、リリスは片手で持ち上げる。
「これでもう、逃げられナイ」
――これってもう……
「――破滅的だヨォ」
そういえば、6章で《逆十字魔女団》全員の《花嫁戦形》を披露すると言っておきながらVS雲母は通常状態のまま終わってしまいました。
しかしご安心を。ちゃんと披露の機会は用意してありますので。
次回は『その意志は不敗』です。




