6章 19話 死にたがりのコッペリア
VS雲母決着です。
「……まだ、死んでない?」
雲母はそう問いかけた。
彼女の背後では、璃紗が身じろぎをしていた。
血だまりに足を滑らせながらも、彼女は起き上がろうとしている。
彼女の意識は完全に奪ったはず。
しかし、彼女は再び雲母へと立ち向かおうとしている。
(でも、この人はわたしを殺せない)
もはや雲母は確信していた。
璃紗には彼女を殺す手段がないことを。
――朱美璃紗は高いステータスで相手を押し潰すタイプの魔法少女だ。
そしてそれは、雲母とは最低の相性。
いくら強い力で殴ろうと、雲母に反射されるだけなのだから。
搦め手を持たない彼女に勝ち筋はない。
それを雲母は理解していた。
だから――
「なんで、立ち上がるの?」
そう問う。
雲母にとって、璃紗と戦う価値はない。
自分を殺し得ない相手と戦うメリットがない。
ゆえに雲母は璃紗に背を向けると、そのまま歩き出した。
隙だらけの行動。
もしも璃紗が、雲母を殺す手段を持ち合わせているのなら彼女は容易く殺されてしまうであろう無防備。
だがそれでも構わない。
むしろ、そうあって欲しいとさえ思う。
「そっちがその気なら、それでも良いさ」
璃紗の声が聞こえた。
その声には、自信が秘められている。
空元気ではない、何らかの確信が込められている。
それを察知し、雲母は足を止めた。
直後――彼女の周囲からマグマが噴き出した。
地面が裂け、赤い溶岩が噴出する。
その現象を起こしたのは璃紗だ。
彼女は折れた大鎌を地面に突き立て、魔力を送り込んでいる。
おそらく地下に大熱量を放出しているのだろう。
「確かに、アタシにはお前の魔法を突破できねーな」
そう言いながらも璃紗は笑う。
不敵に。
「でも、元からそんな必要はなかったんだ」
地面のヒビが広がってゆく。
――雲母の足元を囲むように。
「お前を今から倒すのは――この世界だ」
「!」
雲母の視界が揺らいだ。
彼女の目から見える景色が凄まじい速さで変わってゆく。
いや。景色が変わったのではない。
雲母の居場所が変わったのだ。
今、雲母は地盤ごと空へと打ち上げられていた。
そのままの勢いで雲母は灰色の雲を突き破る。
(……地面ごと)
雲母は足元の地面に這いつくばる。
あまりにも猛スピードで上昇しているため、彼女の力では立ち上がることさえできないのだ。
雲母には反射能力がある。
それを攻略するために璃紗が選んだ手段は――
「地面ごとぶっ飛ばせば、お前を攻撃しなくてもお前を吹き飛ばせる」
攻撃を反射されるのは、雲母に攻撃が触れるから。
であれば、雲母ではなく、雲母のいる場所を吹っ飛ばせば。
そうなれば彼女は地面と連動して吹き飛ばされることとなる。
なぜなら、雲母は動く地面の上に立っているだけなのだから。
しかしここで疑問が一つ。
なぜ、雲母を天高く打ち上げたか、だ。
落下の衝撃で雲母を殺す? 不可能だ。落下の衝撃を反射してしまえば雲母は死なない。
雲母は璃紗の狙いを理解できない。
だがすぐに、彼女は身をもって知ることとなる。
璃紗が描いた未来の全貌を。
「ぅ……ぉえ」
内臓が裏返しになるような感覚。
不快感に耐えかね、雲母は嘔吐した。
唐突な体の不調。
その正体を本能的に雲母は理解した。
(――気圧)
より厳密にいうのなら、急激すぎる気圧の変化だ。
高低差によって発生する気圧の違い。
雲母を襲ったのはそれだ。
確かに人間は、ある程度気圧が低くなっても生きていける。
しかしそれは徐々に体を慣らしてゆけばの話。
今の彼女のようにロケットのごとく天空へと射出されたのならば話が変わる。
適応する暇もなく下がってゆく周囲の気圧。
それが雲母の体を蝕み、様々な変調を巻き起こしているのだ。
吐き気、頭痛、意識の混濁。
雲母の体を異変が責め立てる。
(……これは)
雲母は感じていた。
忘れかけていた――その気配を。
すでに人間ならショック死しているであろう状況。
魔法少女である雲母の体にも限界はある。
気圧はただの環境にすぎない。
攻撃でも、毒でもない。
ゆえに雲母の反射が彼女を死から守ることはない。
(これで……死ねる?)
そう雲母が安堵しかけた時――不運が起こる。
彼女を溺愛する運命が、希望から脱却するために突破口を穿つ。
「ぁ……」
雲母を押し上げていた地面が砕けた。
あれだけの勢いで飛ばされたからだろう。
雲母の体をよりも先に地面が壊れた。
彼女の体が宙に投げ出される。
彼女の体を置き去りにして、砕けた地面の破片はさらに天へと昇ってゆく。
しかし雲母の体は重力に引っ張られて減速した。
それはまるで、雲母に死の安息を許さない亡霊の腕のようだった。
お前を死なせないと。
死んで楽になることなど許さないと。
そう世界が彼女を引き留める。
「ぁぁ……」
雲母の目に涙が浮かぶ。
「また……死ねない」
きっとこのまま雲母は落下して――生き延びる。
結局、璃紗の策も彼女を殺すには至らなかった。
それだけのことだ。
ただ、ちょっと惜しかった。
それだけのことだったのだ。
そう雲母が諦めかけた時――
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
叫び声が聞こえた。
轟く爆発音。
雲母が目にしたのは。
「――朱美璃紗」
璃紗だった。
彼女は足元で何度も爆発を起こし、ミサイルのように飛翔していた。
赤いミサイルは――雲母の腹に突き刺さる。
メシリ……。
それは璃紗の腕がひしゃげる音。
それでも彼女は止まらない。
さらに加速して雲母を押し上げる。
「これ……は……」
――反射が発動する。
――璃紗が下へと。
――雲母が……上へと。
それが、明暗を分けた。
二人がいたのは、魔法少女の体が耐えられる限界の高度。
璃紗は落ちて、意識を保つ。
雲母はさらに天へと昇り――意識を鎖した。
(これが……死)
☆
「ったく、しぶとい奴だな」
璃紗はそう漏らした。
あのまま地面に叩きつけられた璃紗は全身を複雑骨折。
超速再生をもってしても数分間は人間の形に戻れなかった。
そしてやっと立ち上がれるまでに再生した璃紗は周囲の光景を確認する。
この場にあるのは――二つのクレーター。
一つは璃紗のいる場所。
もう一つは、雲母が落ちた場所だ。
「ここまでやっても無傷かよ」
クレーターの中心で仰向けに倒れている雲母に外傷はない。
もっとも、それは無事である事とイコールではないのだが。
落下した雲母は完全に意識を失っている。
それでも、彼女は生きていた。
結局のところ、彼女は死に損なったらしい。
(最後、アイツがさらに打ち上げられたとき――)
彼女が生きている理由。
それを璃紗は知っていた。
最後の攻防。
璃紗は落下することで気絶を免れ、雲母はさらに高度を上げることで意識を飛ばした。
問題はその後――
(アイツの頭上にあった地面の塊がアイツを地面に引き戻した)
天高く吹き飛んだ雲母の軌道上には、彼女の足場であった地面が存在していた。
そして偶然、その中でも一番大きな土塊と雲母が接触したのだ。
雲母の魔法により衝撃を反射する際、動くのは軽い物体だ。
トラックに当たれば、軽い雲母が飛ばされる。
人間同士なら、勢いが足りなかったほうが大きく跳ね返される。
小学生である雲母と、巨大なコンクリートの塊。
どちらが重いかなど分かりきっている。
そうして雲母は地面へと反射され、ギリギリで死を免れたのだ。
客観的には幸運。
とはいえ、それが雲母にとっての幸運なのかは分からないが。
「確かにこれじゃ、『死ねない』っていうのも認めるしかねーな」
偶然に偶然を重ね、運命は雲母を守り抜いた。
もはや雲母を死なせないという執念さえ感じさせる運命のイタズラだ。
「でもそれが、『勝てない』ってわけじゃねーってこった」
とはいえ、これが結果。
璃紗は勝ち、雲母は負けた。
そして、死にたがりの人形少女の望みは叶わなかった。
それだけのことだ。
表無し裏有りのキャラ紹介
☆星宮雲母
年齢:12歳
誕生日:7月7日
身長:146cm
バストサイズ:F
好きなもの:プリン、チョコレート
嫌いなもの: 梅干し
備考: 引きこもり小学生
☆いつも教室の隅にいた目立たない内気な少女。クラスの人気者である男子に嫌がらせを受け、逃げるように帰っていたところを拉致され『バトル・オブ・マギ』に参加することとなった。
実は、彼女をからかっていた男子生徒は雲母に好意を持っていたのだが、ちょっかいをかけた日の帰りに雲母が行方不明になり、そのまま不登校になってしまったことでかなり後悔している。雲母は気付いていないが、その男子生徒だけがクラス内で唯一彼女の家へとお見舞いに来ている。
ちなみに、彼女の不幸体質は後天的なもの。バトル・オブ・マギの中で自殺願望に苛まれている雲母へと向け彼女のパートナーである香苗が刻んだ『相手の望む未来を遠ざける呪印』の効果である。そのため雲母は『死にたくないと思えるほど幸せになるまで死ぬことはできない』運命となっている。本来術者が死ねば消えるはずの呪印は今でも雲母の背中に刻まれている。魔法の原則を越えた『呪い』はそのまま香苗が雲母へと注いだ愛情の強さなのだろう。
次回は『腐敗する意志』です。




