6章 18話 壊して
直球勝負の璃紗と、全攻撃を反射する雲母。
相性最悪の戦いです。
神は愛してわたしを生かす。
神は哀れみわたしを生かす。
わたしを救う、神はいない。
☆
「……《表無し裏無い》」
雲母の拳が璃紗の腹に触れる。
腰の入っていないパンチ。
体重の乗っていないそれは、本来であればたいした威力はない。
だが――
「《死神の正位置》」
運命が占われる。
その結果の良し悪しは、璃紗自身の体で知ることとなる。
「がッ……!?」
内臓を抉り飛ばすかのような衝撃。
そのダメージは背中まで貫き通される。
「ったく、痛ぇーな」
大きく吹っ飛ばされつつも璃紗は両脚で着地する。
とはいえ無傷というわけでもなく、口の端からは血が垂れている。
現在の彼女は、純白にして潔白のマーメイドドレスを纏っている。
そんな彼女が後退するほどの威力。
「攻撃の結果を占い、結果に応じてダメージの倍率が変わるってわけか」
璃紗は先程の現象から、雲母の魔法の正体を分析する。
彼女の魔法は占い。
物事の結末を占い、結果に応じて運命が補正される。
雲母が受けるダメージ倍率。
雲母が与えるダメージ倍率。
その他、この世界を構成する偶然が発生する確率。
それらの行く末を彼女は決めてしまう。
「ちっ」
璃紗は腰のあたりで大鎌を構え、体を回転させる。
腰をひねる勢いを乗せた斬撃が雲母に迫る。
三日月形の凶器が雲母を襲う。
死神の一撃を彼女は――拳で迎え撃った。
「《表無し裏無い》」
刃と拳。
拮抗するはずのない二つがぶつかり合う。
そして――
「なッ……!」
大鎌の刃が――砕けた。
強い威力で破砕されたのではない。
偶然、疲労で折れたのだ。
「…………やっぱり死ねない」
雲母は止まることなく、璃紗へと手を伸ばす。
彼女の指先が首筋に触れた。
このまま首を掴まれたのなら、周囲から押し寄せる圧力によって首の骨を砕かれることだろう。
「やっべ……!」
璃紗は大きく跳んで雲母の手から逃れた。
間一髪で死の手から離脱した璃紗。
しかし首をわずかに抉り取られ、血が垂れた。
すぐに治るのだろうが、危機的状況にあったのは事実。
璃紗の頬を冷や汗が伝った。
一撃で得物を破壊された。
あれが自分の体に当たっていたら五体満足ではいられなかったかもしれない。
璃紗は刃が折れた大鎌を鎗のように構える。
「……まだ」
雲母が地を蹴った。
蹴り脚の反動をも反射して加速する雲母。
彼女は一気に距離を詰める。
「らぁ!」
璃紗は柄で打突を放つ。
石突は直進し、雲母の眼球へと叩きこまれた。
だが、届かない。
雲母を止めることはできたが、反射された反動が璃紗の指を破壊した。
「まだまだ死ねない」
雲母は眼球に突き立てられた柄を平手打ちで弾く。
横方向への強い衝撃に璃紗の体勢が崩れた。
転びかける璃紗。
そこを狙おうと雲母が腰を落としている。
このまま攻撃を受ければダメージは甚大。
璃紗は体勢を立て直すことを諦め、柄を構え直す。
彼女の魔法では雲母に傷を負わせることはできない。
しかし強い衝撃を与えれば動きを抑え込むことはできる。
仕切り直すための一手。
それを璃紗は選択したのだ。
だが――
「なッ」
璃紗の刺突が虚空へと突き刺さった。
柄の先端は、雲母の頭上を掠めてゆく。
雲母は璃紗の攻撃を予想していたのか。
そして身を低くして躱したのか。
――違う。
星宮雲母は偶然――転んだのだ。
足元にある小石につまづいて。
星宮雲母の戦闘技術は低い。
隙だらけで、単調だ。
殺されるのを待っているかのように。
そんな単調なリズムを崩壊させる『不運』。
それが璃紗の予想をズラしたのだ。
倒れ込んでくる雲母。
そして彼女は、璃紗の腰にしがみついた。
「ぁ、がッ……!」
璃紗は吐き気がするような痛みに顔を歪めた。
体がメシリと軋む。
雲母の両腕がギシギシと璃紗を締め上げる。
肉の反発力をも反射して敵を締め潰す。
雲母に捕まることは死を意味する。
「くっそ!」
璃紗は拳を握る。
拳には、赤い魔力が宿っている。
「《魔光》!」
拳に収束させた魔力をとどめて――雲母の脳天に叩きこむ。
だが――
(駄目かッ……!)
結果は、璃紗の拳が壊れただけだ。
雲母は声一つ漏らさない。
「ずるい」
ただ彼女はそう言った。
「こんな簡単に壊れるなんて、ずるい」
「ぅ……がぁ……!」
痛みに璃紗はのけ反る。
血の混じった飛沫が弾けた。
壊れた内臓。文字通り腑抜けとなった体はさらに圧縮されてゆく。
(体が……!)
璃紗が持つ固有魔法は――超速再生。
それが今、仇となっている。
現在、璃紗の体は圧迫され潰れかけている。
そんな状態で体が再生すればどうなるのか。
狭くなったスペースで、肉が補充されて元の状態に戻ろうとする。
結果としてさらに璃紗の体はきつく締めあげられる。
それでも、壊し尽くされることはない。
壊れても、尽きることはない。
だがそれは体の話。
拷問に等しい苦痛は璃紗の意識を塗り潰してゆく。
果てそうになる意識。
霞む視界。
それでも璃紗は必死に雲母を殴打するが、そのすべてのダメージが返ってくる。
骨が折れ、肉が裂ける。
彼女の体を中心として血だまりが広がってゆく。
そしてついに、璃紗の意識は途絶えた。
☆
☆
「――――璃紗さん」
「この状態から逆転することは可能だと思いますか?」
「…………嫌味かよ」
薫子の言葉に璃紗は不機嫌そうにそう答えた。
璃紗は悔しさもあって、頬杖をついてそっぽを向く。
向かい合う二人。
両者の間にはボードがあり、その上では白と黒の石が置かれている。
もっともその二色は極端に偏っていたが。
小学生時代のとある一日。
まだ、世界が救われる前のお話。
金龍寺邸のとある一室で二人は対局していた。
二人がしているのはオセロ。
特にやることもなかった。そんな理由から始まった対決だった。
「まあ、オセロで考えたら無理でしょうね」
「直球かよ」
半眼で璃紗は薫子を見つめる。
客観的に考えて、頭脳という点において朱美璃紗と金龍寺薫子には隔絶された差がある。
このようなゲームをしたとき、どちらが負けるかは明らかだった。
「なら、これが戦いだったらどうでしょうか」
「は?」
適当に始めて、至極順当な勝敗を迎える。
それだけだったはずのやり取り。
そこでふと薫子がそんな事を言った。
「試合と死合い。その違いはどこにあるのでしょうか」
薫子は指先で石を弄ぶ。
「この状況。試合なら、璃紗さんに勝ち目はありません」
「そりゃー悪かったな」
「ですが、もしもこれが戦いであるのならば、璃紗さんにも勝ち目があります」
「?」
璃紗は疑問符を浮かべた。
あまりにも一方的な蹂躙。
彼女の頭では、どこに勝機があるかなど想像もつかない。
そんな彼女に向かって、薫子は口の端を吊り上げた。
「直接わたくしを殴ればいいんですよ。わたくしが死ねば璃紗さんの勝ちです」
「……いや。それもうオセロじゃねーだろ。怖すぎるわ」
物騒すぎるアイデアに璃紗は嘆息した。
ちょっとした冗談だったのなら話はそれで終わり。
だが意外にも、薫子が話を止めることはなかった。
「でもそれは、ルールに縛られているからでしょう?」
そう薫子は切り捨てる。
「もしもルールがないのなら、勝ち筋なんていくらでもあります」
――そして戦場にルールはない。
薫子はそう断言した。
戦争にもルールがある時代。
それでも、魔法少女の闘争にルールはないのだと。
そう彼女は語った。
「ボードごとひっくり返す暴挙も、盤上で対戦相手を殴るような暴力も許される。必ずしもオセロで勝てる必要性はありません」
「で。薫姉は何が言いたいんだ?」
璃紗は首をかしげる。
薫子にはなんらかの意図があってこの話を始めたというのは分かっている。
だが璃紗には、その意図を読みとれないのだ。
「端的にいえば、誰もが信じている前提さえ客観視するような視野の広さが戦いには必要なのではないかという話です」
「?」
「目的さえ見失わなければ、過程なんてどうでも良いんですよ」
――美学だとか、感情だとか。
――そういう贅沢を言うから、勝ちは遠のくんです。
(アタシの……目的)
暗い意識の中で、そんな記憶がよみがえった。
それがキッカケで、璃紗は自分の心を向き合ってゆく。
(みんなで無事に……いられたらそれでいいんだ)
別に、敵が憎いわけじゃない。
相手を殺したいわけじゃない。
力を誇示したいわけじゃない。
ただ、明日に歩いていきたかっただけ。
大切な友人たちと、笑っていける未来のために戦っただけ。
――なら、その目的に必要なのは?
(だから、アタシは勝たないといけねーんだ)
そう定義づける。
そこに贅沢は――我儘は存在しないか?
――しない。
望む未来と、勝利の必要性は直結する。
敗北――死はそのまま目的の達成不可を意味しているのだから。
だけど、どうやって彼女を倒すのか。
一発たりとも届かない彼女をどうやって倒すのか。
――なぜ?
なぜ朱美璃紗は、星宮雲母に攻撃を届かせることを考えているのだ?
彼女に攻撃を当てることが絶対条件か?
否。
勝つという目的が叶うのなら、過程なんてどうでも良い。
雲母に攻撃を当てるだなんて余計な過程にこだわる必要さえない。
(なにも難しいことはねー)
だからこれは余分だ。
攻撃を当てるという手段は余分。前提条件から除外する。
もっと離れた視点から、目的達成を模索する。
(勝つんだ)
常識も前提も忘れた。
そうしたのなら――
(勝ち筋なら、もう見えてる)
次回でVS雲母戦は決着です。
それでは次回は『死にたがりのコッペリア』です。




