6章 14話 世界の光と影と鍵
ある意味では、今回の主戦場です。
「――うん。ビンゴだ」
「……そうね」
嬉しそうに口元を歪めるロックファッションの少女――キリエ・カリカチュアに対し、ギャラリーは眉をひそめていた。
現在、彼女たちは見晴らしの良い建物から街を見下ろしていた。
そこから一人の少女が見える。
ピンクの髪を揺らす少女。
彼女――世良マリアはどこか落ち着かない様子で周囲を見回している。
記憶がなくとも感じているのだろう。
この町を包み込む大戦の気配に。
(……話が見えないわね)
ギャラリーは内心でそう呟いた。
世良マリア。
《逆十字魔女団》に狙われる少女。
そして――最近になって、キリエたちもまたマリアの動向を気にしている。
(アイツの何が、アタシたちと関わるっていうの……?)
強いて言うのなら、異常というべき魔力量。
それ以外は謎に包まれた魔法少女。
彼女は記憶が失われているという。
その欠落した部分こそが――鍵なのか。
「じゃあ……行こうか」
「分かってるわよ」
(どうあれ、キリエが狙う以上は先代魔王とつながっている確率が高いわね)
キリエがわざわざマリアを狙い討つ理由などそれくらいだろう。
「そら」
キリエが空中に躍り出る。
そのまま彼女は自由落下でマリアの頭上を取る。
彼女は体をひねり、身の丈ほどの大爪で斬りかかる。
「《真実の光》っ」
その時、キリエの斜め後ろから光刃が伸びてきた。
かなりの速度で射出された光。
――それでもキリエなら着弾よりも早くマリアを殺せるだろう。
しかしこのタイミング。この位置。
これらの条件がそろっている以上、キリエがマリアを殺しても、彼女がその場を離脱するよりも早く光刃がキリエを撃ち抜くだろう。
相討ちは避けられない。
ゆえに――
「チッ」
キリエは鉤爪の甲で地面を叩いた。
反動で彼女の体が浮く。
そうすることで彼女が本来いるはずだった位置とのズレが生じる。
そのため、光刃がキリエを貫くことはない。
「――久しぶりだね」
キリエは悠々と着地し、首だけで振り返る。
ギャラリーが彼女の視線を追うと、そこには白い少女がいた。
黒白春陽。
白いワンピースを着た妖精のような魔法少女。
彼女は指先に光を灯し、キリエを狙っていた。
(さすがに、護衛はいるわよね)
ギャラリーは空間転移でキリエの隣へと移動する。
「多分――もう一人いるでしょうね」
「うん。黒い奴だね」
ギャラリーの言葉にキリエが頷く。
春陽がいる以上、どこかに潜んでいるはずだ。
黒い魔法少女――黒白美月が。
「大方、どこかの影に隠れているんだろうね」
見えない敵は厄介だ。
美月は影に潜ることができる。
こちらから彼女を見つけることは難しい。
正直、戦力差から考えるとギャラリーたちが負ける可能性はほとんどない。
だが思わぬ手傷を負う可能性はある。
「ぐッ」
突如、キリエが苦悶の声を漏らした。
彼女はわずかに体勢を崩す。
「――なに?」
「チッ、靴の中か――!」
見てみると、キリエのブーツが赤く染まっている。
――黒白美月は影を伝い、キリエのブーツ内の影へと潜り込んでいたのだ。
そして、内側から彼女の足を傷つけた。
「ギャラリー!」
「分かってるわよ」
ギャラリーは空間操作でキリエのブーツだけを飛ばす。
――上空へと。
「うん。ここなら、他に影はできないよね」
キリエは一気に跳びあがる。
現在、ブーツの影は内部以外に存在しない。
つまり、美月が隠れられる影はそこにしかないのだ。
「《挽き裂かれ死ね》!」
空中で乱舞するキリエ。
鉤爪がブーツを八つ裂きにする。
「さて。どこから出てくるのかな?」
「く……!」
ブーツの破片。その一つから美月が現れた。
「うん。捕まえた」
無防備な美月。
キリエは笑みを深める。
そして、最後の追撃を振るう。
「はぁっ」
美月が作りだしたのは影の鎗。
彼女はそれを構え――鉤爪を迎え撃つ。
「無謀だねそれは」
――キリエの言う通りだ。
彼女の能力は絶対切断。
武器同士のぶつかり合いで、彼女に勝てる者はいない。
ギャラリーの予想を覆す未来は生まれない。
順当にキリエの鉤爪が影の鎗を二股に裂いてゆく。
このまま進めば、数瞬後に美月の体は縦に切断されることだろう。
避けられない死。
そんな中で、美月は笑った。
「無謀ではありません」
そう美月は断言する。
「――影がつながりましたから」
つながっている。
影を通してつながっていた。
美月の体と、鉤爪にできていた影が。つながっていた。
「なッ……」
キリエが驚いた表情を見せた。
鉤爪で美月を斬り裂こうとした時、彼女の体が鉤爪に吸い込まれたのだ。
美月は――攻撃が当たる直前に鉤爪の影に潜ったのだ。
武器で斬りかかっても、武器そのものに隠れられる。
それでは彼女を攻撃することは叶わない。
仕方なくキリエは着地した。
すでにキリエは影を踏んでいる。
おそらく、美月はキリエの足元にある影を通して彼女から距離を取っていることだろう。
そう思った時、ギャラリーは異変に気付く。
「キリエ!」
「ッ……?」
どうやらギャラリーと同じくしてキリエも気付いたらしい。
地面に描かれた、白いラインに。
キリエの着地点を中心として、幾重にも交差した直線。
「ッ!」
直後に、地面から大量の光刃が噴き出した。
地面に引かれたラインをなぞるようにして斬り上げる光刃。
あの光刃は間違いなく春陽の魔法だ。
「設置型の斬撃……!?」
ギャラリーも初めて見る魔法に驚愕する。
春陽がこんな魔法を使うなど、見たことも聞いたこともない。
ただの勘だが、初めて実戦で見せる魔法だ。
「……へぇ。うん。前に戦った時とは大違いだ」
キリエは体中に浅い切り傷を作りながらも笑う。
あの近距離で放たれた包囲斬撃。
本来であれば全身がバラバラになる状況だろう。
しかしキリエは、最速の動きで飛び退くことでダメージを最小限に食い止めたのだ。
事実、傷こそ多いが出血がひどいものは一つもない。
だが、それでも驚異的な事態だ。
――夏頃、キリエは黒白姉妹と戦ったと聞いている。
その結果は、圧倒的な戦力差。
だが今の黒白姉妹はキリエとの戦いを成立させている。
これはまぎれもない成長だろう。
この数か月で、黒白姉妹の実力はかなり伸びていると見ていい。
(アタシも、《残党軍》の妨害ばかり考えていたら危ういわね)
そうギャラリーは思い直す。
最初は、黒白姉妹との戦いを長引かせることで、自然に《残党軍》の目的達成を妨害するつもりだった。
しかしそれは、黒白姉妹をいつでも倒せる相手だと認識していたからこそ。
その驕りゆえ。
だからこそギャラリーは思い改める。
(アタシは万が一にでも、ここで死ぬわけにはいかないわ)
だから、彼女たちを敵として認定する。
世界を守る魔法少女として認める。
越えねばならない、障害の一つとして。
黒白姉妹は才能的には悠乃たちを越えている設定ということもあり、成長率は高いです。
すでに彼女たちは、5年前の時点での悠乃たちよりも強くなっています。
次回は『完璧に瑕を引け』です。もうそろそろ倫世の《花嫁戦形》がお披露目できそうです。




