6章 9話 灰色の空
ついに《逆十字魔女団》が動きます。
「――ああ、分かった」
そう言うと、朱美璃紗はケータイの通話を切った。
相手は悠乃。内容は、マリアを保護したというものだ。
世良マリアの失踪。
それを受けて、璃紗たちは街を探していたのだ。
最悪の可能性も考えられただけに、半刻ほどで見つかったのは幸運だろう。
璃紗は一息つくと、ケータイをポケットに入れた。
「――にしてもな」
璃紗は空を見上げる。
そこに広がるのは灰色の曇天。
青空も、太陽もそこにはない。
だからといって雨が降るわけでもない灰色の空気。
「……嫌な空だな」
とにかく、胸騒ぎがしたのだ。
根拠はない。
あえて言うのならば、空が似ていた。
五年前の――世界の命運をかけて戦ったあの日を思い出す。
グリザイユの夜と呼ばれる、璃紗たちの戦いが終わった日を。
(《残党軍》と《逆十字魔女団》が動くって話もマジかもしれねーな)
当然、璃紗はすでに悠乃から《怪画》と魔法少女が大きく動くという情報は聞いている。
そんな縁起の悪い日としてはちょうど良いくらいに憂鬱な空だった。
「アタシもそろそろ、昼飯でも買うか」
今日はまだ昼食を食べていない。
手近なコンビニで買い物でもしておこう。
そんなことを考えながら璃紗は歩き出した。
(――世界を壊す、か)
璃紗はふとその言葉を思い出していた。
世界の破滅。
それが《逆十字魔女団》の目的だという。
だが、それは比喩であり、その本質は別の所にあるのだろう。
璃紗たちはそう考え始めていた。
理由は、黒百合紫だ。
以前、彼女は《魔界樹》を使って一つの街を混乱に陥れた。
もしもだ。
もしも《逆十字魔女団》の目的がただの破壊であるのなら、それに乗じない理由はなかったはずなのだ。
しかし実際は、《逆十字魔女団》のメンバーの手によって紫は殺された。
それは証明ではないだろうか。
彼女たちの目的が、単純に世界を破滅させることでないことの。
「ま……分かんねーな」
璃紗は頭を掻く。
そういう小難しいことを考えるのは得意ではない。
そもそも前提となる情報が足りていないのだ。
推測のしようがない。
ただ、妙に引っかかるだけだ。
彼女たちを突き動かすものの存在が、気にかかっただけだ。
☆
「――動きがないねぇ」
着物を姿の女性――三毛寧々子はそうぼやいた。
現在、《逆十字魔女団》の面々はビルの屋上にいた。
立ち入り禁止となっているため、そこに人の気配はない。
そんな空間で彼女たちは風に髪をなびかせていた。
「《残党軍》なら、もうアタシたちの動きを察知している思うんだヨネ」
つまらなそうにリリスは缶コーヒーを飲んでいた。
「あちらとしても、私たちの出方が分からないと動けないんでしょうね」
倫世はそう言って微笑んだ。
事態は膠着状態だ。
他勢力の出方を見ている《逆十字魔女団》。
《逆十字魔女団》の動きに乗じて目的を果たそうとしている《残党軍》。
誰にも攻撃を仕掛ける必要がない悠乃たち――正規の魔法少女。
三者が睨み合いとなっているせいで、事態が動かないのだ。
「雲母? どう?」
倫世は床で体育座りをしている少女――星宮雲母に尋ねた。
「ん…………」
すると彼女は、その場にタロットカードをばらまいた。
風に乗る複数枚のカード。
それらが空へと舞いあがる。
だが、そのうちのたった一枚。それだけをリリスが二本指で挟んだ。
「ナイスキャッチ」
そう笑う寧々子。
一方で、リリスはカードの絵柄を確認することもなく雲母へとカードを投げた。
緩く回転のかかったタロットを危なげなく受け取る雲母。
彼女はそこに描かれた運命を読み解く――
「仕掛ければ――勝てるはず。だけど、わたしたちから仕掛けないと始まらない」
そんな雲母の回答を聞いて、倫世は頷く。
「そうね。皆が様子見をしていたら何も始まらないわ」
この膠着を崩すのは簡単だ。
《逆十字魔女団》が動けばいい。
彼女たちが動けば《残党軍》が動く。
そうなれば蒼井悠乃たちも動かざるを得ない。
逆に倫世たちが静観するのなら、誰も動き出そうとしない。
結局のところそれが現状なのだ。
「――雲母。占いで敵の居場所を探してちょうだい」
「……分かった」
雲母はそう言うと、懐から何かを取り出した。
インクが入った球形の防犯道具――カラーボールだ。
それを彼女は空へと放った。
するとボールは離れた壁へと接触し、弾けた。
飛び散る絵の具。
だがそれは奇跡的に――ある絵を描いていた。
この町の地図だ。
「《表無し裏無い》」
雲母の手からこぼれたタロットが宙で踊り、インクによって壁に貼りついた。
散在するカード。
それを雲母は指さす。
「敵は――あそこにいる」
これこそが彼女の占いの力だ。
敵の居場所くらいなら簡単に見抜いてしまう。
「それぞれが誰かは分からないの?」
寧々子がそう尋ねていた。
残念ながら、カードの種類で敵を見分けることはできない。
だからこそ、唯一それを読み解けそうな雲母に質問したのだろう。
「無理じゃないけど、時間がかかる」
「ならいいや」
あっさりと引き下がる寧々子。
雲母の魔法は占いだ。
運命の確定ではない。
ゆえに、その精度には運の要素が混じる余地もある。
一人一人個別に占えば見つかるのだろうが、そこまでする必要性はないだろう。
倫世はそう判断した。
最終的には乱戦になるのだ。最初に誰と当たるかなどさほど重要ではない。
誰が相手でも、斬り捨てて進むだけだ。
「それじゃあ、ここから別行動ね」
倫世は北の方向を向くと、そう宣言した。
おあつらえ向きに、敵の所在は四方に散らばっている。
だからこそ倫世たちも分散して戦うべきだ。
戦力の分散は愚策。
それは戦略上のお話。
世界を破滅させるためには、広く点在した戦火こそ最適解だ。
有利か不利かではない。
規模の大きな戦いを起こすことこそが最優先なのだ。
そうでもしなければ――運命は歪まない。
世界が許容できないだけの危機が必要なのだ。
「じゃあ、みんな無事で帰ってくるにゃん」
そう言うと、寧々子はフェンスにひょいと跳び乗った。
彼女が見ているのは南だ。
「……もしも死ねたら、帰ってこないかもしれない」
雲母は虚ろな瞳で西を見つめる。
「アハ……! めちゃくちゃに壊してあげなキャだヨネ」
猟奇的に嗤うとリリスは空き缶を握りつぶした。
金属で作られたそれは――腐食して塵となる。
塵は東の空へと流れていった。
東西南北。
かつて世界を救った魔法少女たちは十字を描く位置に立っていた。
そして――
「それじゃあ――行くわよ……!」
「了解にゃん」「分かった」「オッケー」
倫世の号令と共に、少女たちは四方へと跳んだ。
この瞬間、カウントダウンが始まったのであった。
世界が当然のように犯してきた罪を暴かれるまでのカウントダウンが。
ここからは一度、バラバラに分かれての戦いとなります。
それでは次回は『それぞれの戦場』です。お楽しみに。




