6章 8話 壁を撃ち抜け
ミュラル戦、決着です。
「…………マリア?」
悠乃は目の前の以上に動きを止めた。
ミュラルによって捕らわれたマリア。
彼女の瞳――その片方に異様な文様が現れていた。
曼荼羅のような幾何学模様。
不可解な現象。
だがその光は神々しい。
「――――《魔光》」
手錠に捕らわれたマリア。彼女の指先に光が灯り、閃光が放たれる。
膨大な魔力による暴虐の一閃。
それは容易く廃墟の天井を消し飛ばした。
そうなれば彼女を拘束していた手錠も消滅し、マリアの自由が取り戻される。
「……はぁ!」
地に降りたマリア。
彼女が選択したのは、攻撃だった。
マリアは拳を握りミュラルの顔面を狙う。
だが――
「その努力は無駄でしかありませんねぇ」
マリアの拳はミュラルを捉えない。
彼女の体は彼と重なっている。
しかしそれはミュラルへのダメージにはつながらないのだ。
「あぁなんという無駄なことを! そこで逃げてさえいれば、無駄に長生きすることができたのかもしれないというのに……!」
「――数分ですが」
そうミュラルは嗤う。
マリアの行動を無意味だと。
失策だと罵った。
だが、悠乃は違う。
これこそが――絶好のチャンスだと察した。
「《氷天華》!」
悠乃は氷銃から大量の氷柱を乱射した。
貫通力に特化させた連射。
マリアに当てないようになどとは微塵も考えていない。
むしろマリアごとミュラルを討ち果たそうとする攻撃だ。
「あぁ、無駄な時を重ねてきた脳ではこの程度の作戦しか思いつかなかったのでしょうか!」
ミュラルは嘆く。
「私が彼女を透過させている今なら、彼女ごと撃っても問題ないと?」
そしてミュラルは醜悪に口元を歪めた。
「笑止! 答えはノー!」
彼は思い描く未来が余程おかしいのか壊れたように笑う。
「今、私が透過を解除したらどうなるんでしょうねぇ?」
愉悦の表情でミュラルはそう問いかける。
マリアを巻き込むことを覚悟した全力の一撃。
それはあくまで、彼女が透過状態にあることを前提としているからだ。
巻き込んでも、彼女に攻撃が当たらないことを前提としているからだ。
つまり、ミュラルが《我関せず》をやめてしまえば、マリアは普通の状態へと戻りダメージを受けるのだ。
「くふふふふ! ははははは! 世界を救った魔法少女殿! どうか、自分の手でお仲間を惨殺しなさい!」
ミュラルは悠乃自身の手で仲間を殺してしまうというシナリオに狂喜した。
だが氷柱は止まらない。
先程のようにカーブもしない。
水に戻すには時間が足りない。
それは、マリアの死が避けられないことを意味していた。
――悠乃とマリアが……ミュラルの思考を読み切っていなければ。
「そう。なら透過を解除すればいい」
命の危機に瀕している状況で、マリアはそうミュラルに言う。
彼女の表情には一片の焦りもない。
なぜなら――
「――今、透過を解除したら困るのはあなただと思うけれど」
なぜなら今――マリアの腕はミュラルの頭と重なっているのだから。
この状態で透過を解除したのならばどうなるのだろうか。
彼女の腕と重なっているミュラルの頭は――どうなるのだろうか。
その答えを一番知っているのはミュラル自身だろう。
「…………は?」
「好きに選ぶと良い」
マリアはそう告げる。
無感情な瞳で。
全てを見透かしたような目で。
「頭が吹っ飛んで死ぬか、全身を貫かれて死ぬか」
「――運命の導きに従うと良い」
「が、ああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
マリアの宣言。
それによって事態をすべて把握したミュラルは叫ぶ。
その絶叫に乗っているのは怒り、恐怖、絶望。
死を前にして、理不尽を嘆く感情だった。
だが、時計の針は止まらない。
時計の針を止める権利は、彼の手にはなかった。
「がッ、ぁ!」
氷柱がミュラルの全身を貫く。
透過したマリアは盾として機能することなく、無傷のままそこにいた。
吹っ飛んだのはミュラル一人だ。
彼はいくつもの風穴を開けられながら壁へと磔にされている。
すでに致命傷となっているのだろう。
彼の体は末端から消え始めていた。
「ぁ……ありえない」
ミュラルはそう口にする。
「ありえない、ありえない、ありえないッ……!」
現実を否定するミュラル。
だが着実に死は彼を蝕んでいた。
「私は将軍となった! 魔王様が復活なされば、功労者としてこの上ない栄誉を……!」
きっと彼は《旧魔王派》の《怪画》だったのだろう。
だから彼は、《残党軍》の目的を知っていた。
先代魔王を復活させるという目的を。
「あ……アイツだ……! アイツが言ったんだ……!」
「世良マリアを殺せば……私が一番の功労者になれると……!」
(――あいつ?)
悠乃は彼の言葉に疑問を覚えた。
ミュラルによる襲撃。
彼の言うことを信じるのならば、彼は誰かにけしかけられてマリアを襲ったのだろう。
自分の心証を良くするため、彼はマリアを襲った。
では、それは誰が。
いや――そこは重要ではない。
大切なのは――なぜ、のほうだ。
(彼にそんなことを吹き込むとしたら《残党軍》の誰か……)
つまり、マリアを襲撃することが《残党軍》の利益になるということだ。
それも――最大の功労者といえるほど大きな利益に。
(考えられるとするのなら――)
――先代魔王。
《怪画》を壊滅寸前に追い込んだ悠乃たちを殺すことよりも大きな功績といえば、それくらいしか思いつかない。
理由は分からないが、他の可能性が思いつかない。
「トロンプルイユゥゥゥ! 私を! よりによって私を……! 捨て駒にしたというわけかッ……!」
「私を使って――――!」
そう言い残し、ミュラルは消滅するのであった。
彼が最後に遺そうとした言葉の意味は、もう分からない。
次回は『灰色の空』です。
ついに《逆十字魔女団》が動き始めます。




