6章 7話 透きとおる氷壁
悠乃VSミュラルです。
「まさかこんなにすぐに見つかるだなんて――運が良かった」
悠乃は安堵の息を吐いた。
彼女が世良マリアの失踪を知ったのはほんの十分ほど前のことだ。
環から、彼女の帰りが遅いことを告げられ、悠乃はマリアを探すために奔走した。
その結果がこれだ。
たった十分で、彼女を見つけることができた。
直感に任せた先にたどり着いた廃墟。そこにマリアがいた。
しかも、見覚えのない男もそこにいた。
状況から考えて、仲睦まじいようには思えない。
「――誰なの?」
悠乃は氷剣の先端を男へと向けた。
間合いからは外れているが、いつでも攻撃に転じることができるという意志表示を込めて。
「誰、ですか」
そんな悠乃の態度が面白かったのか、男は笑う。
モノクルにスーツ。
綺麗に整えられた身だしなみもあって紳士的な印象のある男性。
しかし、そこに浮かぶ笑みは醜悪なものだった。
「私は《前衛将軍》――ミュラルでございます」
「《前衛将軍》……?」
悠乃は思わずそう漏らした。
《前衛将軍》。
それは《怪画》たちの《残党軍》において幹部的な立ち位置にいる4人のことだ。それは悠乃も知っている。
しかし――
レディメイド。
ギャラリー。
キリエ・カリカチュア。
トロンプルイユ。
悠乃はすでに4人の将軍と出会っている。
もしミュラルが将軍だというのなら、《前衛将軍》が4人という情報に符合しない。
そんな彼女の困惑を察したのだろう――
「私はレディメイドの死亡による空席を埋めるための補充要員ですよ」
そうミュラルは口にした。
(補充要員……か)
悠乃は得心がいった。
確かに、レディメイドは悠乃の手で――殺した。
あれから半年近く経っているのだ、空席が埋められていてもおかしくはない。
(つまり……油断ならない相手ってことだね)
油断するつもりはなかったが、ミュラルという敵への警戒心が引き上げられる。
「――分かったよ」
悠乃は息を吐くと、氷剣を逆手に握る。
「要はさ――」
「倒すべき敵ってわけだよね?」
悠乃は氷剣を地面に突き立てた。
それにより一瞬で氷が地面を覆った。
「おや」
ミュラルの足が凍りつき、地面に縫い付けられた。
一方、空中へと吊り上げられていたマリアが凍ることはない。
「たぁ!」
悠乃は地を蹴った。
一息で間合いを潰し、氷剣を振りかぶる。
だがミュラルは反応しない。
(やっぱりだ――)
最近、悠乃はある事実に気付いていた。
――自分の能力が増していることに。
理由は――経験。
《前衛将軍》や《逆十字魔女団》。
強敵との戦いを経て、悠乃はさらに能力を伸ばしてきた。
身体能力も魔力も技術も。
すべてが、5年前の彼女を越えている。
「せやぁッ!」
悠乃は高速のスイングでミュラルを斬り捨てた。
ミュラルは躱すことも防ぐこともできず――
「……え?」
「これが《我関せず》の能力ですよ」
ミュラルには傷一つない。
それどころか――
「なッ……!」
悠乃の手から、氷剣と氷銃がこぼれ落ちた。
手放したのではない、閉じた手を透過して落下したのだ。
「私の《我関せず》は、触れた生物に透過能力を与えます」
ミュラルは嗤う。
悠乃はその顔面に蹴りを叩きこむが――すり抜ける。
「無駄ですよ。斬ろうと蹴ろうと、私に触れると同時に――アナタはこの世の何に対しても干渉できない体となるのですから」
(厄介な能力だ……)
彼の言うことが本当なら、直接攻撃ではミュラルを倒せない。
もし効くとしたら――
「それなら飛び道具だ」
氷撃を飛ばして悠乃は攻撃する。
ミュラルの能力の標的が『生物』だというのならば、無生物である魔法自体を透過することは難しいはず。
(多分、透過能力は『ミュラルに触れられた人間』と『その人間が持っている物』がターゲットになるはず)
そうでなければ、悠乃が振るった氷剣がミュラルを透過した説明ができない。
そうでなければ、靴を履いている悠乃の蹴りが透過する説明ができない。
どこまで裁量の余地があるのかは分からないが、透過の対象はそれほど厳密に定められていないのかもしれない。
だからこそ、悠乃の手から離れた飛び道具での攻撃を選んだのだ。
しかし――
「そうならば……こうです」
ミュラルが選んだ手段は――人質。
彼はマリアの体を抱き寄せ、盾にしたのだ。
「っ」
反射的に悠乃が魔法を解除したことで、氷撃が水へと変わる。
マリアは頭から水を浴びることとなるが、怪我はない。
だが、これで悠乃は証明してしまった。
――人質が有効であると。
「それでは、貴女もつないでさしあげましょう」
笑むミュラル。
彼はその場で振りかぶり――手錠を投擲した。
鎖でつながれた手錠。
――触れるべきではないだろう。
手錠に触れたのならば悠乃の体は透過する。
そうなれば悠乃の手は捕らわれることとなるだろう。
ガードをしても同じことだ。
悠乃が直接触れているもので防ごうとしても、得物ごと透過されてしまい無意味だ。
「く……」
悠乃は軽く横に跳んで手錠を躱す。
(やりづらい……)
ミュラルの動きは決して速くはない。
これまで戦ってきた《前衛将軍》に比べると格落ちという印象がある。
だが――状況が悪い。
戦力は悠乃一人。
しかもマリアが盾にされている。
さらに直接攻撃という選択肢は奪われた。
これらの悪条件を覆すには手間がかかる。
「はぁ!」
悠乃は氷柱を飛ばす。
それらには強力な回転がかかっており、急激なカーブの軌道を描く。
(マリアを回り込む軌道で――)
このまま進めば、横からミュラルを貫ける。
正面から攻撃すればマリアを盾にされる。
そうなれば、必然的にミュラルが想定しない方向からの攻撃が必要だ。
「当たりませんねぇ」
しかしミュラルは少し体を傾けるだけで氷柱を躱す。
(回転にエネルギーを回している分、スピードが足りてないか……)
ある程度の回転を加えることは、弾丸のように素早い射出には必要だ。
しかし、カーブがかかるほど回転させてしまえば、そちらに発射時のエネルギーを多く割いてしまうため弾速が落ちる。
だからこそミュラルは容易く回避して見せたのだ。
(やっぱり不完全な攻撃じゃ駄目だ)
万全な状態で放たれた魔法ではなければミュラルを撃ち抜けない。
(――消耗が大きいから嫌だったんだけど)
悠乃は一つの決意をする。
――《花嫁戦形》だ。
《花嫁戦形》を使えば、ミュラルを倒す手段はある。
時間停止。
《花嫁戦形》状態での悠乃は、2秒だけ時間を止めることができる。
2秒の猶予があれば、ミュラルを討ち取ることは可能だ。
では、なぜ悠乃はすぐに《花嫁戦形》をしなかったのか。
原因は、玲央から聞いた話だ。
今日、《残党軍》と《逆十字魔女団》が動き始めるという情報。
それが本当ならば、ここで魔力を減らしてしまいたくないという思惑があったのだ。
もっとも――
「ここでやられたら意味がないもんね……!」
切り札を出すタイミングを間違えるわけにはいかない。
安易に頼るわけにもいかないが、出し渋って負けたら意味がない。
だからここで《花嫁戦形》を使うことを決めた。
「Maria――」
「――――必要ない」
そんな悠乃を止めたのは――マリアだった。
彼女は静かな声で悠乃を制止する。
「…………マリア?」
悠乃は動きを止める。
それは、マリアに止められたからというだけではない。
目に、飛び込んできたからだ。
――片目に幾何学模様を浮かべたマリアの姿が。
6章は少し長めで30話~40話を想定しています。
まあ、最終部に向けての章なので――ね。
次回は『壁を撃ち抜け』です。




