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もう一度世界を救うなんて無理っ  作者: 白石有希
6章 崩落へのカウントダウン
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6章 4話 奇術師の家庭訪問

 今章は日常パートが行方不明になりそうですね……。

「それじゃあ……帰るわね」

 一通り情報を共有した後、ギャラリーはそう言うと椅子から立ち上がる。

 そして彼女が虚空を指先で叩くと――世界が裂けた。

 口のように広がる異空間。

 ギャラリーの能力は空間操作。

 きっとあの向こう側は彼女たちが住む世界なのだろう。

「うん……じゃあね」

 悠乃はそう言って彼女を見送る。

「勘違いしないでよね。別に、あなたとアタシが敵同士じゃなくなったわけじゃないから」

 一度だけ振り返れると、ギャラリーはそう釘を刺してくる。

 それに彼は少し微笑むと――

「うん。勘違いしてないよ。僕と君は――敵同士だ」

「そう……それなら良いのよ」

 蒼井悠乃とギャラリーは敵同士だ。

 それは何も変わりがない。

 たとえギャラリーがエレナのため、《残党軍》の情報を流したとしても。

 彼女はエレナの味方であって、魔法少女の味方でもなければ人間の味方でもない。

 だからいつか、二人は雌雄を決さなければならない。

 たまたま、それ以前に解決しなければならない問題があったというだけで。

 故に、悠乃とギャラリーは――敵同士なのだ。

「次に会うのは戦場ね」

 そう言い残すと、ギャラリーは異空間へと消えていった。



(どうにも……なぁ……)

 ギャラリーが去った自宅。

 悠乃は机の上に並べられたカップを見下ろした。

 先程まで、二人で飲んでいたカップを。

(分かってはいるんだけどね)

 悠乃は内心でため息を吐き出した。

「仲良くできれば一番なんだけどなぁ」

 敵同士だと理解はしていても、そう思わずにはいられない。

 戦いなんて、ないに越したことはないのだ。


「――そんなにギャラリーが心配か?」


「うにゃぁぁっ!?」

 突然聞こえてきた声に悠乃は跳びあがった。

 男性の声。

 そして何より、聞き覚えのある声だった。

「れ……玲央……!?」

 悠乃は振り返り、背後にいる男――加賀玲央(かがれお)の名を呼んだ。

 加賀玲央。

 彼は悠乃のクラスメイトだ。

 しかし、それだけが彼を構成する要素ではない。

 彼はトロンプルイユという名の《怪画(カリカチュア)》であり――《残党軍》最強の男だ。

 少なくとも、家に招き入れて良い人物ではない。

「――――――」

 悠乃は警戒心を跳ね上げる。

 悔しいことだが、ここで一対一の戦いとなれば悠乃の勝ち目は薄い。

 《花嫁戦形(Mariage)》をしてなお、勝率二割といったところか。

 それに飄々とした彼の態度は、ギャラリーと違い真意を悟らせない。

 悠乃と戦う意志があるのかどうかすら読めないのだ。

「まあ、そう警戒しないでくれよ。傷ついちゃうぜ」

 そう言うと、玲央は椅子に座る。

「じゃあ悠乃。悠乃のオススメを頼む」

 そう彼は笑うのだった。

 軽薄そうに、それでいて何かを企んでいそうな表情で。

「…………はぁ」

 嘆息。

 そして悠乃は諦めたように苦笑すると――

「じゃあ、ココアで良い?」

「おう」

「分かったよ、分かりました」

 そう言ってキッチンへと向かうのであった。



「それで――いつからいたの?」

 悠乃は席に着くと、すぐにそう問いかけた。

「朝からずっとだな」

「…………」

「悠乃の寝顔もずっと見てたぜ」

「……嫌だなぁ」

 悠乃は大きく息を吐いた。

「悠乃。ため息を吐くと幸せが逃げるらしいぞ」

「幸せが逃げたからため息をついているのに追い打ちなんて……神様は残酷です」

「………………そーだな」

 玲央はココアを口にする。

 そんな彼を悠乃は盗み見て――

「聞いてたの?」

 そう尋ねた。

 先程までギャラリーがこの家にいたのだ。

 朝から彼が家に潜伏していたのなら――

 まず確認しなければならないのはそこだろう。

「悠乃が夜、魔法少女の姿になってベッドでゴソゴソしている音か?」

「し・て・ま・せ・んッ!」

 悠乃は頬を膨らませて憤慨する。

 すさまじい風評被害である。

「えー。敵の触手に襲われてとか考えてないのかー」

「全然考えてないよ! ていうか、普通に嫌だよそんなの!」

 あんな不快感しかないものをなぜ思い出さねばならないのか。

 悠乃は憤る。

「ま、冗談はともかくとしてだ。ギャラリーが機密情報を酔っぱらいのオッサンのごとく吹聴していた件なら聞いてたな」

「やっぱりか……」

「なに? 悠乃にはギャラリーの姿がオッサンに見えていたのか」

「そっちじゃない」

 ――危惧していたことが現実になった。

 ギャラリーにとって最悪の展開だろう。

 彼女がしたことは裏切りに等しい。

 それがまさかこんなに早い段階で露見するとは。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……へ?」

 玲央の言葉に悠乃は固まった。

「先代魔王を復活させるだなんていったらギャラリーが反発するのは確実。でも、魔王グリザイユに相談なんてできない。ならもう、アイツに頼れるのは悠乃だけだ。本人がどう思っていたとしても……悠乃に『頼る』しかない」

「……ギャラリーの裏切りは想定内ってこと?」

 そんな悠乃の言葉に、玲央は笑う。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「………………」

「考えてみろよ? 昔から、アイツは魔王グリザイユの味方だ。アイツはこれまで『魔王軍の味方』にも『《残党軍》の味方』にもなったことがない。そんな奴を信じてるわけねぇだろ」

 玲央の言うことも一理ある。

 大切な姉のため。

 ギャラリーが戦う理由はそこに収束する。

 ゆえに、組織としては信用できない駒なのだ。

「だからオレたちは、アイツが裏切ることを前提にして行動しているんだよ」

 そこで玲央は一旦言葉を区切る。

「まあ、アイツは魔王グリザイユという存在に縛られているからな。だから、アイツは安易に《残党軍》を抜けられない。先代魔王の存在を思えば、『オレたちの動向が分からなくなるほうが怖い』からな」

 信頼されていないと分かっていても、少しでも《残党軍》の動きを知れる立場に居座り続ける。

 それが姉を救う一手となると信じているのだ。

 だからこそギャラリーは《残党軍》を裏切れない。

 そこまで織り込んだうえで、玲央はギャラリーを泳がせている。

 彼女の一大決心は――運命を打ち破るに至らなかったのだ。

「――つまり、今すぐにギャラリーをどうこうしようとは思ってないな」

「…………そうなんだ」

 悠乃はココアを飲み込んだ。

 とはいえ内心は穏やかでなく、甘さが脳に届かない。

 ただ、最悪の事態は避けられたというだけだ。

 良い兆候ではないのも事実。

「つーわけで、オレからも情報お漏らししよーかね」

「は?」


「宣誓。本日、私たち《残党軍》は()()()()()()()()()()()


「って感じか?」

「……………………」

 玲央の言った意味がしばらく理解できなかった。

 悠乃は混乱した頭で、彼の言葉を整理してゆく。

 ――侵攻。

 その意味を、

「…………玲央」


「それは――冗談で言ってないよね?」


 悠乃は――()()は玲央に殺気を叩きつける。

 ――すでに彼女は変身を終えていた。

 秋の部屋は、冬のように冷えている。

 彼女の体から冷気が漏れているのだ。

 それを見て、玲央は笑う。

「マジだ。オレたちは今日、この世界に進軍する」


「そして――《逆十字魔女団》も」


「!」

 そこまで来て、悠乃は玲央の意図を悟った。

 本来であれば必要のない宣戦布告。

 奇襲という手段を取らなかった理由を――

「――()()()()()()()()()()()()()()?」

「そのとおり」

 《残党軍》にとっての敵は二つ。

 悠乃たち魔法少女と《逆十字魔女団》だ。

 特に《逆十字魔女団》を相手取るとなれば《残党軍》の被害は計り知れない。

 だからこそ玲央()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 悠乃たちが少しでも《逆十字魔女団》の戦力を削ぐことを期待して。

(たとえ玲央の思惑が分かっていても、僕たちは逃げられない)

 悠乃にとっても《逆十字魔女団》の存在は困る。

 彼女たちが襲撃してくると知っていれば、対応する必要がある。

 それが《怪画》の利益につながるとしても。

「伝えたかったのはそれだけだな」

 玲央はそう言うと立ち上がる。

 彼はそのまま部屋を出ようとするが――

「待って!」

 悠乃は彼を引き留めようと手を伸ばす。

 加賀玲央は五年前の戦いの際《魔王軍》にはいなかった。

 彼はキリエ・カリカチュアに勧誘されるまま《残党軍》に入った。

 その目的は――父である《怪画》を探すこと。

 だとしたら。

 だとしたら、確実に世界を混乱に陥れるであろう先代魔王について彼はどう思っているのか。

 それが聞きたかった。

 それによって引き起こされるであろう被害を、彼は許容しているのかを――

 ――聞きたかったのだが。

「ぁ」

 悠乃が玲央に触れた直後、玲央の体が霞となる。

 彼の能力は幻影。

 だから目の前の玲央は――虚像にすぎないのだ。

「ひょいっと」

「ひゃうんっ!?」

 臀部に違和感が走ると同時に、悠乃はその場に崩れ落ちた。

 背後から聞こえてきたのは玲央の声だった。

 攻撃をされたのかと慌てて立ち上がろうとする悠乃だが――

「ぁ……あれ?」

 立ちあがれない。

 手足に力が入らず、転んでしまう。

 いや。それどころか――

(体の感覚がない――)

 麻痺しているなんて生易しいものではない。

 まったく感知できない。

 首から下の感覚が完全に消失しているのだ。

 だから上手く手足を操れず、立てないのだ。

 五感の消失。

 かつて玲央に受けた攻撃を思い出す。

 どこで仕掛けられたのかは分からない。

 ただ、彼女は今、玲央の術中にはまっていた。

「追いかけられたら面倒だからな。ちょっと寝といてくれ」

 結果として、悠乃は無様に這いつくばることとなる。

 そして、立ち去ってゆくクラスメイトをただ見送ることに――

「じゃあな悠乃」

 そう言う玲央。

 もう、会えない気がした。

 初めて彼が《怪画》だと知った時の感覚。

 もう、すべてが壊れたと思った。

 それでも、ここまで続いてきた関係。

 破綻していたのに、切れていないフリをしてきた関係。

 その幻想が――終わりそうな気がした。


 実際、6章を最後に勢力図は大きく変わるので悠乃の予感は大きく外れてはいないでしょう。

 《逆十字魔女団》も《残党軍》も今章で最後ですので。


 次回は『磔の聖女』です。



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