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もう一度世界を救うなんて無理っ  作者: 白石有希
6章 崩落へのカウントダウン
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6章 1話 世良マリアの憂鬱

 第2部最終章開幕です。

「………………」

 世良(せら)マリアは人波を眺めていた。

 ただ通り過ぎているだけの人間たち。

(この中に私が知る人はいない)

 誰も彼も見覚えのない人々。

(この中に、私を知る人は――いるの?)

 世良マリアは記憶喪失だ。

 だから彼女は知らない。

 自分の居場所も、自分の軌跡も。

 たった数か月前に、彼女の人生はたった一つの点から始まった。

 前にも後にもつながりのない一点から唐突に始まった。

 それよりも昔の事は――分からない。

 だが人間がこの年齢で生まれることはない。

 つまり、彼女はどこかでずっと生きてきたのだろう。

 誰かが彼女の事を知っているのだろう。

 しかし現実として、過去のマリアを知る人は目の前にいない。

 彼女自身さえ知らないのだ。

「私は――魔法少女」

 マリアは掌を見つめる。

 黒百合紫が起こした大事件。

 少なくない被害者がいたという戦いの中で、マリアは魔法少女としての力に目覚めた。

 今では自分の意志で変身することもできる。

 ――それでも記憶は戻らない。

 ただ新しい情報が増えただけで、知りたい真実には至れない。

「《逆十字魔女団》なら――知っている?」

 《逆十字魔女団》。

 かつて世界を救った魔法少女によって構成された組織。

 そして理由は不明だが、彼女たちはマリアの命を狙っている。

 マリアは、失われた記憶にこそ原因があるのだと考えている。

 知るべきでないことを知ってしまったか。

 彼女たちが知りたいことを知っているのか。

 厳密には分からない。

 だが、失われた記憶に答えがあるような気がしてならない。

「もうそろそろ帰らないと――」

 帰る。

 今のマリアには帰るところがある。

 現在、世良マリアは宮廻環が借りているアパートに住んでいる。

 カビ臭い部屋だが、唯一のよりどころだ。

 自分の記憶さえないマリアにとっては、初めての居場所だった。

 散歩をしてから一時間近く経っている。

 これ以上帰らなければ心配をかけてしまうだろう。


「おやおや。こんなところにお懐かしいレディが」


 マリアが踵を返した時、そう声をかけられた。

 声の主は男性だった。

 年齢は40代から50代といったところか。

 バーのマスターでもしていそうな雰囲気の男性だった。

 彼はモノクル越しにマリアを見つめている。

「――()()()()?」

 マリアは聞き返した。

 懐かしい。

 それは、過去へとつながる言葉だ。

「ええ」

 男性は柔和な笑みを浮かべる。

「まさか偶然遠出をしていて、貴女に会えるとは思いませんでしたねぇ」

 昔を思い出すように語る男性。

「私を――知っている?」

「ええ。幼い頃ですが」

 マリアには記憶がない。

 だから、記憶を失う前日に彼と出会っていたとしても覚えていないだろう。

 だが男性はそうではない。

 しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 幼い頃の記憶など薄れていて当然なのだから。

「それにしても奇遇ですね」

 男性は少し嬉しそうだった。

 マリアを見て驚かないあたり、彼女が行方不明になっていることを知らない程度の知り合いなのだろうか。

 それこそ顔見知り程度なのかもしれない。

 それでも少ない可能性に賭けてみたい。

 そう思う程度には、マリアの心には焦燥があった。

 不安と言い換えても良い。

 とにかく、手掛かりが欲しかったのだ。

「実は、ここに隠れた名店があるとネットで見たんですよ」

 ――良ければ、一緒にお茶をしませんか?

 男性はあくまで紳士的な態度でそう尋ねてきた。

「ネットで出てくるのに――隠れているの?」

「隠れているのに、ネットに暴かれてしまうのですよ」

 そう男性は笑う。

(知らない人について行ってはいけない)

 記憶がなくなったマリアが良く言い聞かせられた言葉だ。

 しかし――


(だけど――私が知る人なんてこの世界にほとんどいない)


 結局のところ、マリアが知っている人間なんてほとんどいない。

 彼女を知っている人がいても、マリア自身がその人を知らないのだ。

 そうなれば――


「分かった」


 マリアは頷くのであった。

 ――胸騒ぎがするのだ。

(分かる。運命に導かれている)

 これまでも彼女を動かしてきた大きな流れが語りかけてくるのだ。

 ()()()()()()()()()()

 ――記憶が戻る時は近いと。

 直接的か、間接的か。

 それは分からない。

 だがきっと、この男性は記憶を取り戻すための鍵となりうるのだ。


「それでは行きましょうか。少し早いランチに」


「分かった」

 マリアは首を縦に振った。

(――環さんに、お昼いらないって言わないといけない)

 そんなことを思いながら。

 とはいえ、ケータイを持っていないマリアに連絡手段はないのだが。

(カップ麺だし。おそらく大丈夫)

 最近の昼食はカップ麺ばかりだ。

 元々、環は料理を頻繁にはしないタイプらしいので仕方がないのだが。

 逆にいえば、無駄に昼食を作らせてしまう心配もない。

 後で謝れば、それほど大事にはならないだろう。


 そう考え、マリアは男性を追うことを優先したのだった。


 6章では《逆十字魔女団》全員のMariageを見せられたらと思っています。

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