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もう一度世界を救うなんて無理っ  作者: 白石有希
5.5章 過去への微睡み
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5.5章 3話 誰かの絶望で育った願い

 回想編第三弾。星宮雲母編です。

 イメージ的に寧々子と倫世はわりかし明るめの話なのですが、後半組は全体的にダークな話なんですよねぇ。

 月へと手を伸ばす。

 屍の階段を越えて。

 屍が腐り、滑り落ちてしまう前に。

 滑り落ち、屍に追いつかれてしまう前に。


 目指した月が、水面の幻影だとしても。



「雲母」

 そう呼ぶ声で目が覚めた。

 雲母はゆっくりと深い眠りから浮上する。

「雲母。もうすぐ12時だ」

 そう語りかけてきたのはショートヘアの少女――八雲香苗(やくもかなえ)だった。

「――戦いが始まるよ」

 星宮雲母たちは……魔法少女だ。

 だが、アニメのように救うべき世界などない。

 彼女は――殺し合いをしているのだ。

 バトル・オブ・マギ。

 閉鎖空間に閉じ込められた10人――5組のペアが殺し合い、すべてのペアを排除するまで戦い続ける。

 そして、最後の魔法少女にはどんな願いでも叶えてもらうことができる。

 そんな狂った儀式に、雲母たちは捕らわれていた。

 殺し合いが始まるのは――午前0時だ。

 現在時刻――11時47分。

 戦いは迫っていた。

「――今日で最後だね」

 今の時点で残っているペアは――二組。

 つまり、今日の戦いが終われば優勝者が決まるのだ。

 だから正真正銘、最終決戦だ。

「これも、今日で最後だ」

 香苗は懐から板チョコを取り出した。

 このチョコは、閉鎖空間に雲母たちが閉じ込められた際、香苗が持っていたものだ。

 戦いの前にそのチョコレートを分け合う。

 それが、最初から今までずっと続けてきた習慣。

 チョコレートはもう2つのブロックしか残っていない。

 だから、今日で最後だ。

 全てが今日、終わるのだ。

「はい」

「……ありがとう」

 雲母はチョコを受け取った。

 チョコを口に放ると、優しく溶けてゆく。

 なめらかな甘さが口内で広がった。

「残っているのは――()()()のペアだ」

 香苗が真剣な表情になる。

 最後の敵について雲母たちも知っている。

 アイツ――佐倉才華(さくらさいか)のことを。

 彼女はまさに――()()()

 外道ともいえる戦い方で多くの魔法少女を殺してきた。

 最弱の魔力で、最強を名乗れるほどの戦果を挙げてきた少女。

 そんな彼女が――最後の敵なのだ。

「……生き残ろうね。雲母」


 ――時計が、0時を指し示した。



「終わりだァッ!」

 夜の教室。

 才華は狂喜の笑みを浮かべ、ナイフを振り下ろした。

「っっ…………!」

 一方、雲母は手足をワイヤーで拘束されており動けない。

 もうこの攻撃を防ぐ術はなかった。

 死の恐怖に雲母は目を閉じた。

 ナイフが――雲母の胸に突き立てられる。


 甲高い音が響いた。


「…………?」

 痛みが、ない。

 予想とは違う未来に、戸惑いながらも雲母は目を開けた。

 そこで飛び込んできた光景は――

「ちっ……」

 才華が舌打ちする。

 そして、どこか気の抜けた笑みを浮かべ―― 

「ツイてねぇなぁ……」

 彼女は口から血をこぼした。

 彼女の胸には――()()()()()()()()()()()()()()()

 雲母の反射が発動したのだ。

「最後の最後でババ引いちまったか……」

 才華が後ずさる。

「作戦の中で唯一運の絡むところで外すなんて……日頃の行いか?」

 ――しかも、折れたナイフが自分に刺さるなんてマジでツイてねぇわ。

 力ない笑み。

 ナイフは、才華の心臓を貫いていた。

「あーあ。勝ちたかったな」

 そう才華は口にする。

 彼女が目指すのは勝利。

 優勝した先の願いなんて興味がない。

 そう彼女は語っていた。

 そんな彼女に多くの魔法少女が蹂躙された。

 譲れない願いを持った少女も。殺された。

 バトル・オブ・マギの中で、知り合った少女たちがいた。

 彼女たちも才華に殺された。

 だから、これは弔い合戦でもあった。

 だから、才華を敵だと思っていた。

 ()()()――


「ごめん……お母さん……」


「アタシ…………帰れそうにない…………」


 なのに――なんでそんなことを言うのだ。


 才華の瞳から涙がこぼれる。

 悪魔のような謀略で魔法少女を殺してきた少女とは思えない弱々しさで。

 そこにいたのは、同世代の弱い女の子だった。

(そう……か)

 初めて、雲母は才華という少女を理解した。


(才華ちゃんは……()()()()()()()()()()()()()

 

 ただ、家に帰って――家族に会いたい。

 才華の願いは――それだけだったのだ。

 それだけで叶うものだったのだ。

 だが、そんな当たり前の願いを叶えることさえ才華には困難だった。

 ()()()()()()()()()()()

 10人の中で、最も魔力に恵まれなかった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 本来であれば、最初の一日で殺されていたはずの少女。

 だが、彼女は最後まで生き残った。

 どんなに汚い手を使ってでも、勝ち抜いてきた。

 ――家族のいる家に帰るために。


『――願い? そんなもんあるわけないだろ』


 ……当たり前だ。


『――強いて言うなら、勝ちたい……ってところか?』


 ……それだけで叶う願いだったから。


 そしてそれを摘み取ったのは――()()()()()


「ぁ……」

 才華が――倒れた。

 心臓を撃ち抜かれ、赤い花を咲かせながら。

 家族と会いたかっただけの少女の願いを――雲母は踏みにじった。

「ぁぁ……」

 雲母は胸を押さえる。

 心臓が破裂しそうなほど痛い。

 涙が止まらない。

「雲母……!」

 教室に香苗が入ってくる。

 傷は負っているが、生きていた。

 だが、それさえも素直に喜べなかった。

 あまりに、心に開いた穴が大きくて。

「ぁ、ぁぁ、ぁぁああああああああぁぁああぁぁぁぁぁあああぁぁあああああああああああああああああああああああぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 この瞬間、バトル・オブ・マギの優勝者は雲母たちに決まった。



「今日もまた、目が覚めてしまった」

 覚醒した雲母が最初に発したのはそんな言葉だった。

 だが、いくら悔やんでいても世界は回ってゆく。

「……起きないと」

 雲母は緩慢な動きでベッドから這い出すのであった。


 星宮雲母は小学6年生である。

 学校には行っていない。

 昔から引っ込み思案で、学校には馴染めていなかった。

 しかし、それでも学校へ通ってはいた。

 それさえできなくなったのは去年から。

 あの戦いの後からだ。

 あの戦いで彼女の心は完全に壊れてしまった。

 もう、あの眩しい世界には耐えられないほどに。

 笑顔や幸せに満ち溢れた世界に踏み入れる資格はもう失ったから。

 それから雲母はずっと部屋に引きこもり続けていた。

 ――《逆十字魔女団》に勧誘されるまでは。

(この戦いでなら……死ねる?)

 今、雲母がいるのは美珠邸だ。

 《逆十字魔女団》としての話し合いの後、倫世に勧められて宿泊することとなったのだ。


「――リリス先輩」

 倫世邸のとある一室。

 雲母はそこにいた少女の名を呼んだ。

 少女は裸エプロンという変わった格好で椅子に座っている。

 彼女の前にあるのは書きかけのキャンバス。

 画家である彼女は今日も、心象風景を絵に映していた。

 天美リリス。

 《逆十字魔女団》の一人で、一万人もの人間を殺した最悪の魔法少女で――

 ――星宮雲母を殺すと約束してくれた少女。

 雲母を《逆十字魔女団》に勧誘したのはリリスだった。

 正直、組織としての目的なんてどうでも良かった。

 ただ――約束があった。

(天美リリス。……わたしを、殺してくれる人)

 彼女が殺してくれると約束したから、雲母はもう一度立ち上がった。

 自分の部屋から踏み出し、死地に踏み込むと決めた。


「――リリス先輩は、わたしを殺せる?」


 今日見た悪夢のせいだろうか。

 雲母はそう問いかけていた。

「――ハァ?」

 リリスが顔を上げる。

 その表情は呆れかえっているように見えた。

 そして彼女は嗤う。

「殺せないわけないんですケド。ていうか、言わなかったっけ?」

 リリスは口の端を吊り上げる。

 猟奇的に。狂気的に。

 

「この上なく破滅的に殺してアゲルって」


 その言葉は殺害宣言だ。

 だからこそ、雲母は微笑んだ。

「――ありがとう」

 星宮雲母は感謝を述べる。

 ――彼女は、自殺ができない。

 正規の魔法少女ではなく、戦争のために改造された魔法少女。

 そんな彼女に――変身前は無力などという弱点はない。

 変身をしていない今も、彼女は《表無し(フェイトロット)裏無い(・タロット)》に守られ続けている。

 たとえ今、彼女がナイフを喉に突き立てようとも、運良く死ぬことは許されない。

 だから必要なのだ。

 彼女を殺して――救済してくれる死神が。

「楽しみに――待ってる」

 そう言い残し、雲母は彼女に背を向ける。

 いつか来る、救いの日を夢見て。


「ホラ」


 リリスの声が聞こえた。

 反射的に雲母が振り返ると、何かが飛んできていた。

 放物線を描いて飛んできたそれは、すぽりと雲母の両手におさまった。

「あ……」

 雲母の手中にあったそれは――

「それでも食べれば? 糖尿病で死ぬんじゃナイ?」

 ――チョコレートだった。

(あ……)

 チョコの欠片を雲母は口に運ぶ。

 きっと高価なものなのだろう。

 柔らかい甘さと、上品な苦みが広がる。

「ありがとう……リリス先輩」


 そう雲母は感謝を述べるのであった。


 破滅的で、壊れていて、悪魔のような――


 ――救済の女神に。


(いつか来るのかな……? 香苗ちゃん)


(生き残ってしまった罪を…………償える日が)


 時系列的には最終章『序盤』の出来事です。

 そう……これ、ストーリー的に終わっていないんですよね。ここからさらに、雲母の精神を壊しにくるという。まあ、どこかで話した、雲母編の生存者は彼女一人というエピソードを加味すれば……ね?

 そしてバトル・オブ・マギにおける最後の敵――佐倉才華。

 最弱にして最凶の魔法少女。力不足を人間性まで捨てることで補った魔法少女。

 正直、この話でしか出てこないのが惜しいキャラですね。


 そして次回は最終話『白いキャンバスに潜む悪魔』です。

 まだ壊れていない天美リリスをご覧あれ。

 

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