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もう一度世界を救うなんて無理っ  作者: 白石有希
5.5章 過去への微睡み
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5.5章 2話 雪降る夜に独り

 回想第二段。美珠倫世編です。

「《救世の乙女の剣(ラ・ピュセル)》……!」

 美珠倫世は大剣を振り抜いた。

 すると斬撃は魔力の刃となり放たれる。

 斬撃として収束された魔力は容易く敵――《妖魔》を斬り裂く。

「これで終わりね」

 倫世は危なげない勝利に、慣れた様子で大剣を霧散させた。

 美珠倫世は魔法少女だ。

 彼女が戦う敵は《妖魔》――彼らが作りだす群れ――《百鬼夜行》だ。

 100もの《妖魔》に対する倫世は……()()

 彼女はたった一人で、戦い抜いてきたのだ。

 いや。厳密には一人と一匹、か。

()()()()()。許容範囲だ』

 倫世の背後から機械音が聞こえた。

「……テッサ」

 倫世は振り向くことなく機械の――その先にいるであろう相棒の名前を呼んだ。

 テッサ。

 彼は倫世に魔法少女の力を与えた魔法生物だ。

 ――生物とはいうものの、機械を通してしか会ったことがないのだが。

 声さえ機械で加工されていて、肉声も聞いたことがない。

『倫世。より効率よく戦えるように精進するのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 効率。

 それはテッサが頻繁に口にする言葉だ。

 機械越しにしか会わないのも、移動時間が無駄だから。

 そんな理由だったと記憶している。

「――ねぇ、テッサ」

 普段であればここで打ち切られる会話。

 しかし、今日の倫世には話したいことがあったのだ。

「来週ね。お誕生日会をするの」

 一週間後。

 それは倫世の誕生日だった。

 そのため、来週には彼女を主役とした誕生日会を催す予定だったのだ。

「……できれば、テッサとも直接会いたいなぁ……って思うのだけど」

 すでにテッサとは半年の付き合いだ。

 だが顔を見たこともない。

 それはあまりにも味気なかった。

 だからこそ、倫世は勇気を出してテッサに提案したのだ。

『誕生日会か――』

 機械音が鳴る。

 テッサが逡巡したのは――わずか一秒。


『――それは、世界を救うのに必要かね?』


「え……」

 倫世は言葉を発することができなかった。

 誕生日会が世界を救うことに関係するか。

 それを客観的に判断するのなら――ノーだろう。

 あくまで誕生日会は娯楽だ。

 ――いくら倫世が楽しみにしていたとしても。

『必要ないのなら、私が出席する必要は――さらに言うのならば、そもそも行う価値はないだろう』

「………………」

 無情な言葉。

 だが、《百鬼夜行》との戦いが激化しているのも事実。

 テッサのサポートもあり順調に戦えてはいる。

 しかし、これからも強敵が現れることを思えば、少しでも力を蓄えることが必要なのも事実なのだろう。

『倫世。たった半年だ。たった半年、合理的に生きることをなぜそれほど躊躇うのだ。私には理解しかねるな』

「……ごめんなさい」

 倫世はそう答えることしかできなかった。

『少ない時間で世界を効率よく救う。そうすれば私は高い評価を得て、君の拘束時間も少なくて済む。ダラダラとお友達ごっこをしながら世界を救うなどという非合理な行動は論外だ』

 倫世とテッサはパートナーだ。

 しかし、より正確にはビジネスパートナーだ。

 倫世は優秀な魔法少女で。テッサは優秀な魔法生物。

 だからこそ組まれたペア。

 それ以上でもそれ以下でもない。

「――分かったわ」


「お誕生日会は……やめておくわ」



「――終わりよ」

 倫世は《妖魔》を撃ち抜いた。

 彼女が手にしているのは――スナイパーライフル。

 倫世は1000メートル以上離れた位置から敵を狙撃で討伐したのだ。

 もっとも、それは彼女だけの功績ではない。

 テッサによる正確な敵の出現地点予測。

 そして彼が気候状態を読み切り、微細な照準のズレを補正してくれたからこその結果だ。

『ふむ。なかなか実力は伸びている。もうそろそろ《魍魎(もうりょう)》の暗殺に動いても良いかもしれんな』

「そう……!?」

 倫世はわずかに顔をほころばせる。

 《魍魎》。それは《百鬼夜行》の首領だ。

 彼を殺せば《百鬼夜行》は瓦解し、消滅する。

『わざわざ幹部をすべて倒す必要はない。《魍魎》を暗殺すれば、それで終わりだ。そちらのほうがタイムロスも少ない』

 テッサがそう言うということは、現在の倫世であれば《魍魎》を暗殺できる水準の実力を有していると判断したということだ。

 それが倫世には嬉しかった。


「あ……雪」


 その時、倫世は白い粒の存在に気がついた。

 夜空から粉雪が舞い降りる。

 どうやら今日は雪らしい。

『――何とか間に合ったか。雪が降れば弾道予測も面倒になる。ロスは避けられたな』

「……綺麗ね」

『このカメラは、雪のように視界を塞ぐ要素は自動で排除するようにシステムを組んである。今の私には、雪など見えていない』

「……そう」

 いつも通りな返答に倫世は小さく息を吐いた。

 吐息は白くなり、夜の街に溶けてゆく。

(お誕生日会。やりたかったわ)

 今日は、倫世が生まれた日だ。

 だが、お誕生日会は開かれない。

 倫世が「勉強に集中したい」と適当な理由をつけ、今年の開催は見送ったからだ。

 本当の理由は――言うまでもない。

『ああ。倫世。忘れるところだった』

 ふとテッサの声が聞こえてきた。

『新しい武器の資料だ。しっかりと読み込み、次回の戦いまでには召喚できる状態になるところまで持って行っておけ』

 倫世の魔法は武器召喚。

 それを知ったテッサは、様々な武器の知識を倫世に与えた。

 そうすることで、武器のクオリティが上がるからだ。

 今では、テッサが自分で考えた武器の情報も教わっている。

 そうして倫世は、さらに万能型の魔法少女へと育成されてゆくのだ。

『これが資料だ』

 テッサの声と共に、機械からアームが伸びる。

 そこに掴まれていたのは――

「え……?」


 ()()()()()()()()()()()()


 白い紙に包まれ、赤いリボンで結ばれた箱。

 彼らしい簡素なデザイン。

 だが、それは間違いなく――プレゼントだった。

 思わずひったくるようにして倫世は箱を手にした。

 そして、愛おしむように抱きしめる。

『まったく、人間は非合理だな。紙で包まれ、取り出しづらくなった本がそんなに嬉しいのか?』

 そんな事を言うテッサ。

 だが――

「うん……嬉しい」

 そんな些細なことが、倫世にとっては大事だったのだ。

 初めてテッサからもらったプレゼント。

 中身はいつも通りだろう。

 だが、受け取る気持ちはいつもと違う。

『――分からんな』

 残念ながら、テッサには伝わらなかったようだが。

『まあ……数秒のロスで倫世のモチベーションが上がるのならば、最終的にはおつりが来るだろう。そう考えればこれもまた合理的、か』

 そんな風にテッサは納得するのであった。


 合理主義で薄情な相棒。

 だけど、かけがえのないパートナー。

 

 そんな彼と過ごした、寂しくて……だけど少し温かい誕生日の思い出だった。



「…………朝、ね」

 倫世は目を覚ます。

 どうやらさっきのは夢だったらしい。

 懐かしい、夢だったらしい。

(来月が誕生日だから……思い出したのかしら)

 倫世は小さく微笑むと、寝間着を脱ぎ始めた。

 そして、クローゼットの中から制服を取り出す。


 なぜなら今の倫世は――高校生なのだから。



「あら寧々子さん」

「倫世ちゃん」

 廊下を歩いていると、倫世は寧々子と対面した。

 昨日は《逆十字魔女団》の話し合いが長引いたので、寧々子に部屋を一つ貸し出していたのだ。

「倫世ちゃんは今日も学校かな?」

 寧々子は寝癖のついたままそう尋ねてくる。

「ええ。寧々子さんもお仕事よね? 頑張ってね」

 そう倫世は微笑んだ。

 かつて、倫世は一人と一匹で世界を救った。

 正直に言えば、共に戦う魔法少女の仲間が欲しいと思っていた。

 辛い時に、苦しみを分かち合える仲間が欲しいと。

 だからこそ、倫世は今の寧々子たちとの関係を大事にしたいと思う。

「倫世ちゃんも学校でお友達と――」

「ぅ……」

「ぁ」

 寧々子の発言に倫世は言葉を詰まらせた。

 友人。

 残念ながら、それは倫世には縁のないものだった。

 倫世は魔法少女として戦った。

 期間としてはテッサ曰く『最短記録更新』だったらしいが、その間に倫世はすべてを捨てて戦ってきた。

 だからだろうか。

 微妙に周囲との距離感を掴めないのだ。

 それに美珠倫世は有力な政治家の娘だ。

 だからこそ気楽な付き合いはできない。

 友人さえも、吟味しなければならないのだ。

 軽率な行動が、父に迷惑をかけるかもしれないのだから。

 そんな理由もあり、倫世は誰とも深くかかわらない生き方を選んできた。

(テッサならきっと『いざというときに利用できる他人。最も効率のよい距離感ではないか』だなんて言うんでしょうね)

 世界を救ってからテッサとは会っていない。

 テッサには、倫世と会う『合理的』な理由がないのだろう。

 少し寂しいが、だからこそ彼らしいとも思う。

「が、学校で良い成績を取れるように頑張るにゃん……!」

「え……ええ。が、頑張るわね……」

 寧々子のフォローに応えるため、倫世は笑顔を取繕う。

 若干、引き攣っている気もするが。

 ともかく、朝の時間は有限だ。

 他愛ない世間話を終え、二人がそれぞれの準備に取り掛かろうとした時――


「そういえば倫世ちゃん。()()()()()()()()()()?」


「――――え?」


 ふと、寧々子がそう口にした。

「せっかくだし、アタシたちでやらない? お誕生日会」

 ――お誕生日会。

 戦いの中で捨ててきた思い出の一つ。

 それを、寧々子は拾い上げた。

 不意打ち気味の言葉に、倫世は目頭が熱くなる。

「やりたい……」


「私……お誕生日会がやりたいわ……」


 そう倫世は微笑んだ。


テッサ「今から世界救済RTAをする」

倫世「?」


倫世「仲間がいないとこれ以上戦い続けるのは難しいわ」

テッサ「経験値が分散するから却下だ」


倫世「剣じゃ遠距離型と相性が悪いわ……(チラッ)」

テッサ「ガトリングの設計図をやろう」

倫世「(真顔)」


倫世「これが幹部の実力……しかも、まだこれが何人もいるの……?」

テッサ「タイムロスだな。面倒だからボスを狙撃して暗殺しよう」

倫世「えぇ……」


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