5章 エピローグ 魔の王国
これにて5章はおしまいです。
魔王城。
顔が映るほどに滑らかな大理石の一室。
そこには四人の男女がいる。
長机を中心として、二人ずつで向き合う四人。
そのうちの一人――キリエ・カリカチュアが口を開く。
「ねえ。トロンプルイユ。ブツは見つかりそうかい?」
話題を向けられた仮面の男――トロンプルイユは腕を組んだまま黙っている。
そして数秒後。
「もう少しだな。あとはタイミング……《逆十字魔女団》の出方次第だ」
「うん。まあ、仕方ないか」
椅子にもたれかかり、キリエは伸びをした。
そんな中、不愉快そうな表情を見せる少女がいた。
ピンク髪をツインテールにした少女――ギャラリーだ。
「ブツって何よ。全然聞いてないわよ」
ギャラリーは唇を尖らせる。
ブツ。
どうやらキリエとトロンプルイユの間で通じているらしいキーワード。
しかしそれは《前衛将軍》の共通認識ではない。
――元々、トロンプルイユはキリエにスカウトされたという過去がある。
それゆえか、キリエはトロンプルイユにだけしか話していないこともあるのは察していた。
きっとブツとやらも、そのうちの一つなのだろう。
「ブツっていうのはね。うん」
キリエがにやりと笑う。
いつもの強気な笑みとは違う、本当に嬉しそうな笑みを見せた。
「――アタシたち《残党軍》の最終目的さ」
「……最終目的?」
ギャラリーは疑問符を浮かべた。
《残党軍》の目的。
それは魔王軍の再興だろう。
魔法少女に敗れ、風前の灯火となっていた《怪画》を再び盛り返す。
そのために作られた組織だとギャラリーは認識していた。
しかしそれはあくまで結果の話。
具体的な道筋が存在していたわけではない。
少なくとも『ブツ』とやらが関わっているなんて話は知らない。
「あなたたち二人が勝手に何かをしているとは思っていたけれど……。アタシたちに隠してコソコソ何をしているのよ」
キリエのことだ、あくまで《怪画》のためではあるのだろう。
彼女は傲慢だ。
しかし、彼女は《怪画》のためにしか動かない。
己が王だと信じているから。
《怪画》が何者にも縛られず暴虐を振るい続ける世界を目指す。
ギャラリーが姉と慕うエレナとは違う王の姿だ。
他種族にも一定の敬意を払う魔王グリザイユとは違い、《怪画》を至上として他を蹂躙するキリエの在り方――さらにいうのならば先代魔王の体制。
それらを考慮すると、キリエが《怪画》に不利益となることを企んでいるとは思えない。
しかしギャラリーにも共有されていない情報となると、見過ごすことができないのもまた事実。
「お父様と魔法少女の戦い……その結末は知っているかな?」
キリエがふとそう問いかけてきた。
先代魔王はマジカル☆サファイアたちとの戦いに敗北した。
そう聞いている。
「確か、魔法少女の三人が……《花嫁戦形》だったかしら? あの状態になって打倒したとしか聞いていないけれど」
玉座のある部屋には誰もいなかったのだ。
分かるのは先代魔王が消えたという事実だけ。
ギャラリーも詳細は知らないのだ。
「お父様は――封印されたんだ」
「封印……?」
「そう。実際にこの目で見たアタシが言うんだから間違いない」
(そういえば――)
先代魔王の戦いを見ていた《怪画》が一人だけいた。
それがキリエだ。
「あの戦いは明らかにマジカル☆サファイアたち以外の誰かが介入していた。そうでもなければ、歴然の戦力差でお父様が敗北するわけがない。――あいつらの誰も使えないはずの封印魔法に封じられるわけがない」
マジカル☆サファイアたちは強力だ。
しかし、封印の魔法を使えるものはいない。
だが、実際に戦いを見たキリエは『先代魔王は封印された』という。
「あの戦いには――別の魔法少女がいたってわけ?」
「そうだよ。あの戦いには――『もう一人』いた」
「そいつはまだ――お父様の封印体を持っている」
キリエはそう断言した。
「つまり……我々の最終目的はというと」
そこで初めてモノクルの男――ミュラルが口を開いた。
彼の顔は喜悦に歪んでいる。
滲んでいるのは――興奮だ。
「――先代魔王様の復活……!」
ミュラルの言葉に、キリエは笑みを深めた。
どうやら当たりらしい。
封印されたのなら、封印を解けば先代魔王は生き返る。
(だから《現魔王派》のアタシには教えていなかったわけね)
そこでギャラリーの疑問が氷解した。
キリエとトロンプルイユ。
二人の共通点。
先代魔王の派閥――《旧魔王派》であること。
対してギャラリーは先代魔王の意向に反した形の国を望む《現魔王派》。
そんな彼女に先代魔王の復活など教えるはずがない。
(――お姉様)
ギャラリーは机の下で拳を握りしめる。
先代魔王が復活すれば、おそらく戦いは激しくなる。
これまでの戦いが小競り合いに見えるほどに。
彼女が知らぬ間に、運命の種火は燃え上がろうとしていたのだ。
「お父様を助け、アタシたちは《魔王軍》を再編成する。それがアタシたち《残党軍》の悲願。最終目的さ――」
キリエは喜色を隠そうともしない。
一方で、ギャラリーは胸のうちが曇るのを感じていた。
(先代魔王は――魔法少女になったお姉様を許すのかしら)
正直、どのような判断が下されるかは予想できない。
しかし、最悪の場合は――
(でも、もう止めることはできない――)
《残党軍》を止めることはギャラリーにはできない。
《残党軍》を抜ければ、エレナと共に生きられる未来は閉ざされる。
それなら従順なフリをしつつ独自に動いて先代魔王の復活を阻止する?
無理だ。《残党軍》にいても、キリエは先代魔王についての情報を彼女に教えることはないだろう。
ギャラリーが『妨害する可能性』を想定して。
では、秘密裏に《残党軍》の秘密を漏らすか。
駄目だ。
それではかえって、エレナは死地に飛び込んでしまう。
そういう性分だから。
(――アタシにできることはないってわけね)
無論、実力行使などできない。
キリエにもトロンプルイユにも。ギャラリーは勝てない。
今、ギャラリーは自覚した。
自分が、運命の流れに呑み込まれたことを。
自分の意志で戦場を選べない立場となったことを。
☆
☆
魔法少女。
《怪画》。
《逆十字魔女団》。
三つの勢力の戦いはさらに激化してゆく。
運命というシステムに巻き込まれながら。
神さえ結末を知らない――神さえ当事者となる戦争へと向け、運命は進んでゆく。
これから戦いはさらに激化してゆきます。
次話からは5.5章『過去への微睡み』編。
そして6章は『崩落へのカウントダウン』となります。お楽しみに!




