5章 24話 花よ腐れ堕ちて
はたして紫との戦いの結末は――
「……………………はぁ?」
思わず紫は問い返した。
首を傾けた紫。
彼女の声は――威圧的だ。
――いじめられっ子。
紫は魔法少女としての自分を《逆十字魔女団》のメンバーに話したことはある。
だが、魔法少女になる前の話をしたことはない。
だからリリスが発した言葉は偶然だろう。
しかし、故に許せない。
リリスの目にはそう見えたということの証明だから。
「――殺す」
「アハッ……! 図星だったみたいだネ」
激情を露わにする紫と、それを一笑するリリス。
(もうこいつは、花瓶にもしないわぁ)
美しい花などという末路は贅沢だ。
ここでむごたらしく殺す。
そう決意した。
「ああ、そういえば言い忘れてたんだケド」
リリスは口元を歪めた。
狂気的に、凄惨に笑う。
「アタシの勝ァち」
そう、勝利宣言をするのであった。
「なにを――!?」
突如、紫を激しい眩暈が襲った。
膝から力が抜け、その場に崩れ落ちる。
「…………え?」
わけが分からない。
紫は自分に降りかかった異変を理解できずにいる。
「まさか……」
――ウイルス。
リリスが扱う魔法は、人に感染し、人を殺すウイルス。
知らぬ間にそれに感染したのか。
そんな思いが脳裏をよぎる。
「いつの間に――」
警戒はしていた。
だが、この体調不良はウイルスに侵されているとしか思えない。
「いつカラ?」
リリスは紫を見下ろす。
猟奇的な笑みが降り注ぐ。
「――最初からだケド?」
「……最初?」
意味が分からない。
リリスのウイルスは目に見える。
仮に、目に見えないほど微量のウイルスを散布していたとしても、紫の周囲にある植物に異変がないのはおかしい。
もしも空気中に薄くウイルスが拡散していたのなら、紫よりも先に植物が腐り始めないといけないはずなのだ。
なのに、異変を見せたのは紫だけ。
ピンポイントで狙われたのに、気付くことさえできない。
頭がおかしくなりそうだった。
「アハッ……! アタシが何をしたか分かってないみたいだネ」
――教えてアゲル。
そうリリスは語る。
「アンタが戦っていたメイド。あのメイドが使ってたナイフ――アタシが渡したから」
すべては最初からだったのだ。
リリスは紫を殺すため、あのメイド――速水氷華に接触していたのだ。
おそらく、タイミングは彼女たちが紫に暗殺を仕掛ける直前。
そこで彼女に、ウイルスが付着したナイフを提供した。
「つまり、戦いが始まった時点でアンタは感染していたワケ。アタシがウイルスを活性化させれば一瞬で終わる戦いだったんだヨネ」
この戦いは茶番だったのだ。
リリスはすでに盤外戦術で紫の心臓に刃を突き立てていた。
自身の優位に酔いしれている紫を嘲笑いながら。
「アンタなら絶対、人間の攻撃なんて警戒しないって思ったんだケド……やっぱり、あっさり斬られてたよネ?」
リリスは知っていたはず。
紫の人間嫌いを。
予想できたはず。
紫が人間を見下し、警戒しないと。
「あれが、致命傷だヨ」
その末路がこれだ――。
「ウフフ……アハハ……! どォォ? ――人間に殺される気持ちは?」
「ぁ、ぁぁ……」
紫は絶望に染まる。
(わたくしが……人間に?)
「すっごく……破滅的だよネェ?」
紫に致命傷を与えたのが人間。
それが、この上なく屈辱だった。
(わたくしは……人間が嫌い)
花が好きだった。
だが、人間は嫌い。
ずっと自分の事を虐げてきたから。
その心の傷は、今でも消えていない。
最愛の人がいた。
向日葵。
彼女は好きだ。
だけど彼女は人間?
違う。彼女は――魔法少女。
人間じゃない。だからきっと、だからきっと彼女は美しかったのだ。
人間は醜い。だからいらない。
美しい魔法少女だけの世界で生きていきたい。
それこそが黒百合紫の原点。
最愛の人がいない世界を、少しでもマシに作り変えるための思想。
その末路が――
「わたくしが――」
紫は立ち上がる。
血反吐を吐いて、血涙を流して、血尿を垂らして。
それでも立ち上がる。
そして、叫んだ――
「――――人間なんかに殺されてたまるものですかッ!」
紫は――自害した。
拳銃で、こめかみを撃ち抜いて。
脳が破裂し、命が途絶える。
「これで……わたくしを殺したのは……わたくし」
紫は穏やかに笑う。
「わたくしの命は……人間のものになんかならない」
そして紫は、絶命した。
☆
「これで終わり……カナ?」
リリスは息を吐いた。
彼女の前には紫の遺体がある。
紫の死に顔は――安堵に包まれていた。
人間嫌いの魔法少女。
彼女は、人間の手にかからずに済んだことを心底喜んで死んだのだろう。
死という結末が変わらなくとも、そのわずかな違いが紫にとっては譲れないものだったのだ。
「ま……後始末ってコトで」
リリスは掌に黒い魔力を集める。
これは、触れたものを腐敗させるウイルスだ。
「――待ってください」
その時、リリスの魔法を遮るものが現れた。
黒い魔法少女――黒白美月だ。
「もう彼女は死んでいます。これ以上、死者を冒涜する必要はないと思います」
美月は両手を広げ、紫の前に立っている。
まるで――庇うように。
「敵じゃなかったワケ?」
「敵です。でもあなたを止めなければ、彼女は人間としての死さえ許されなくなる」
美月はリリスの魔法を知っているはず。
だから、あの魔法を食らえば死体が原形をとどめないことも分かるだろう。
しかし――それにしても。
「フフフッ……! さっきのセリフ、生きている時に聞かせてアゲたかったかなぁ……!」
よりにもよって、人間としての死――だ。
紫にとって最悪の殺し文句だろう。
死ねば人間はみんな一緒だ。
それはきっと紫にとって最大の心残りだろう。
人間らしく死ぬなんて――最大の後悔だろう。
「――《侵蝕》」
リリスは――紫の死体内にいるウイルスを活性化させた。
泡立つ遺体。
そして紫の遺骸は溶け、地面へと染み込んでゆく。
「ぅ……!」
あまりにもショッキングな光景に口を押える美月。
そんな彼女をリリスは鼻で笑うのだった。
「ま、普通の感性で生まれた人間には分からないカモだけど?」
リリスは三日月のような笑顔を浮かべる。
「――幸せな世界でなら救われるっていう人間ばかりじゃないワケ」
リリスはそう言うと、美月に背を向けた。
「――帰るヨ。雲母」
「リリス先輩」
崩れた校舎の陰。
そこから小学生ほどの少女が現れた。
星宮雲母。
どうやら彼女は、リリスを追ってここに来ていたらしい。
「ここにいれば、巻き込まれて死ねるかと思ったけど……ダメだった」
「そ」
リリスは特に気にすることなく、歩いてゆく。
雲母はそんな彼女の後ろをついてきた。
そんな彼女たちを痛ましげな表情で見送る美月。
彼女が攻撃を仕掛けてくることは――なかった。
☆
「――リリス先輩なら。紫さんを綺麗なまま殺すと思った」
「……はぁ?」
雲母がふとそう口にした。
「だってあのまま紫さんを腐らせなかったら――紫さんは人間として死んだ」
雲母は無色の瞳でそう語る。
「それって多分、紫さんにとって一番苦しい死に方だった」
どうやら雲母はそう結論付けたらしい。
死に救済を求めた彼女らしい見解だろう。
「だから、意外。リリス先輩なら、あえて紫さんを人間として殺すと思った」
雲母の表情に変化はない。
特に何かを思っているのではない。
思ったことをただ喋っているだけだ。
「人のように惜しまれて死ぬより、花のように踏みにじられて死ぬ方があの人にとっては救いだった」
「――なんで?」
雲母は問うた。
なぜ、リリスの行動の真意を。
「さぁ?」
それをリリスははぐらかす。
だが少しだけ考え込む仕草を見せると――
「じゃあ――」
「未来ある魔法少女の後輩にドロドロした死体を見せつけたかった。っていうのはイイんじゃないカナ?」
リリスの目から見て、美月を始めとしたあの魔法少女たちは――正義の側にいる魔法少女たちは純粋だ。
幸せが幸せだと思っている。
幸せである事に幸せを感じられない人間がいることを理解できない。
そんな彼女に、ドロドロとした闇を叩きつける。
そんな冒涜的な生き方は――
「少し、リリス先輩らしくなった気もする」
「アハ……! 当たり前なんだケド」
――破滅的だろう。
「アタシの生き方は、6年前から1ミリもズレてないカラ」
大きくズレたあの日から、一度も彼女はズレていない。
リリス「紫を殺したいんでショ? ウイルスたっぷりのナイフをアゲル」
氷華「……刺した後確実に殺せるよう、柄に爆弾を仕込んでおきましょうか」
リリス「!?」
久しぶりに花開くキャラ紹介
☆黒百合紫
年齢:25歳
誕生日:4月19日
身長:172cm
バストサイズ:G
好きなもの:しいたけ
嫌いなもの:肉
備考:テレビで取り上げられるほどの有名フラワーデザイナー
☆パートナーである向日葵に恋をしてしまった魔法少女。しかし、最後まで葵は彼女の恋心に気付くことがなかった。実らない禁断の恋。戦いの中で感じた死への焦燥。それらが悪魔的な奇跡で噛み合い、彼女を凶行へと駆り立てた。
いじめられっ子だった過去に触れるワードは基本的にNG。なぜか、小学生時代に彼女をいじめていた子供たちは、全員6年以上前に行方不明になっている。相次ぐ失踪事件が起こらなくなった6年前といえば、魔法少女の力が回収される掟が作られた時期だが、関連性は不明。
彼女は最後の戦いで体の大部分を欠損し、内臓の大半を失った。死に瀕した彼女は植物で己の肉体を再構成して一命をとりとめた。そしてついに彼女は『花になる』ことができたのだった。――『一生に何度でも、いつまででも咲き続けられる花』となったのだ。
なお『魔法少女の力は回収すべき』という掟が作られたせいで『花瓶』にした向日葵を死なせてしまった紫。ゆえに、掟の原因となったリリスに対しては憎悪に近い感情を抱いている。余談だが、リリスのほうは紫に対して悪感情を持っていない。それはおそらく、彼女の視点からは紫の生きざまが酷く『破滅的』に見えているからなのだろう。




