5章 23話 暗殺者に華はいらない
VS紫 (前編)です。
「うふふ。もうお終いかしらぁ?」
その場において、立っている者は黒百合紫だけだった。
地面には黒百合の花弁が敷かれ、美月と氷華はそこで倒れ伏していた。
「狙撃がなくなった途端にこのザマねぇ。やっぱり、経験の差は大きかったかしらぁ?」
現在、紫の周囲には大きな植物の壁がそびえていた。
それが射界を塞ぎ、春陽の狙撃を妨害している。
いくら植物の壁を貫けるとはいっても、壁の向こうで紫が動き回る以上、彼女を狙って狙撃するなど不可能。
そうなれば紫の独壇場。
大技を解放されたことで、すぐに形勢を覆して見せたのだ。
そもそもとして、遠距離かつ手数の多い紫は美月にとって最悪の相性ともいえる。
出会い頭の暗殺ならともかく、面と向かっての戦いとなれば美月に逆転の余地は少ない。
そんな戦場を拮抗させていたのが春陽のアシストだ。
だから、春陽の狙撃を潰されたのなら、このような結果になるのは当然ともいえるのであった。
「うふふ。あなたのお姉ちゃん。頑張っているわねぇ」
植物の壁を貫く光刃。
だがそれはあらぬ場所へと着弾する。
勘頼りで撃っているのだ。やすやすと紫に当たるはずがない。
それでも春陽は撃ち続けているのだろう。
低確率であろうと、妹を助けられる可能性を信じて。
「まあ、こうしちゃえば無駄なんでしょうけど」
そう言って、紫は美月の眼前まで歩いてくる。
「あの子も、妹を誤射するなんて嫌でしょうからね。だから、ココには撃たないわよねぇ?」
見えない状態での狙撃。
それは当然、目標以外に当たる可能性を内包する。
となれば春陽が――美月がいたあたりを狙えないのは必然だ。
だから紫はそのセーフゾーンに滑り込む。
「それじゃあ、他の子が来るまで遊んであげるわねぇ」
「ぐッ……!」
紫は倒れ込んだ美月の首を掴み、彼女の体を引き上げる。
そして、地面から伸びたツルで美月の自由を奪った。
「ほら。力を抜いてちょうだい」
紫は――美月の口づけをした。
それだけでは終わらない。
より深く、より淫靡に。
その時――轟音が鳴り響いた。
迫りくる衝撃波。
それだけで植物の壁が軋みを上げた。
(――今のは)
おそらく《魔界樹》を破壊する音だ。
悠乃たちは協力して、あの大樹を斬り倒そうとしているのだ。
それが成功したのかどうかは、美月の目では確認できない。
しかし――
(この……瞬間――!)
刹那、黒白美月は――暗殺者となる。
「――《陰口》」
美月の影が――口内の影が伸びた。
影で作られた舌は鎗となり――紫と熱烈なキスをした。
「がッ……!?」
驚きに紫が目を見開く。
彼女の喉は、影に貫かれていた。
「人のファーストキスを奪った――報いです」
影と人体のディープキス。
それはきっと――血の味がしたことだろう。
紫が片膝をついた。
彼女の口から大量の血が吐き出される。
裂けた喉を押さえ、紫は顔を歪める。
彼女は茨で首を隠すと、よろめきながら立ち上がる。
「よくも……やってくれたわねぇ」
紫は恨めしげな瞳で美月を睨む。
「油断だったわぁ。新人だからって、お遊びが過ぎたわねぇ」
「今すぐ……花瓶にしてあげるわぁ」
花瓶。
それが何を意味するのかは分からない。
だがロクでもないことくらいは想像がつく。
凄惨な死を、もしくはそれ以上の悪夢が待っていることは。
しかし美月は彼女から目を逸らさない。
「確かに私はあなたたちほど長く戦ってきてはいません」
それは事実。
紫ほどの経験値を持っていないことは認めるしかない。
「だけど、それなりの覚悟はあるつもりです」
ギャラリー。
キリエ・カリカチュア。
星宮雲母。
そんな強敵と戦ってきたからこそ言える。
「私が、あなたに屈することはありません」
恐れはある。
だけど、見苦しく許しを乞うことなどありえない。
魔法少女として、最後まで戦い続ける。
たとえ華のない戦い方であろうと、最後まで足掻いて見せる。
そんな覚悟が美月にはあった。
「アハハ! 勝てないのに啖呵は立派。それって――破滅的だヨォ」
唐突に響いた哄笑。
その場にいる全員の意識が声のほうへと集まる。
そこには――一人の少女がいた。
下着にエプロンという奇天烈な格好をした少女が。
「まぁ――見てるだけなら嫌いじゃないケド」
少女――天美リリスは嗤う。
(援軍……!)
さらに絶望的な増援に美月は頭が痛くなる。
しかし彼女の予想に反し、リリスの登場にもっとも怒りを見せていたのは――紫だった。
それは明らかに仲間へと見せて良い激情ではない。
「天美リリス……!」
「一週間ぶりカナ? 花咲かオバサン」
挑発的にリリスは笑顔を浮かべている。
「あなたが、わたくしを処理しに来たってわけかしらぁ?」
「そういうワケ」
「へぇ…………」
紫が目を細める。
すでに彼女は美月のことなど忘れているようだった。
彼女の敵意はすべてリリスへと向けられている。
☆
「《黒百合の庭園》!」
そこからの行動は早かった。
紫は地面から一気に茨を放出する。
植物の波がリリスに迫る。
だが彼女は動かない。
「――《侵蝕》」
彼女の言霊と共に、黒い霧が出現する。
リリスを守るように囲う魔法。
それに植物が触れた瞬間――朽ち果てる。
一瞬にして植物は腐り果て、リリスに届くことはない。
たとえ触れても、柔らかく腐敗した植物は彼女を傷一つさえつけられない。
それが天美リリスの魔法――死のウイルス。
生物である植物にとって天敵ともいえる魔法。
だが紫に焦りはなかった。
同時。
二人は示し合わせたように人差し指を敵に向けた。
指先に魔力が収束する。
「「《魔光》」」
指先から放出される魔力光線。
それはどの魔法少女でも使用可能な基本技能だ。
だからこそ――ぶつけ合えば力関係が分かる。
リリスが放つ黒い閃光。
紫が放つ紫紺の閃光。
勝ったのは――紫だ。
彼女が射出した閃光は、拮抗さえ許さずにリリスを襲う。
とはいえ、これも紫の予想通り。
「喧嘩を売っているのかしらぁ? 《花嫁戦形》もせずに、わたくしと戦えると思っているの?」
今、紫は《花嫁戦形》している。
それにより基本性能は数倍に跳ね上がっている。
元来、通常状態で勝てる敵でないことなど分かっているはずなのに。
それでも《花嫁戦形》の兆しさえ見せないリリスに苛立つ。
「アハッ……! 何でアタシが雑魚相手に《花嫁戦形》しないといけないワケ?」
爆炎の中からリリスが現れる。
彼女の左腕は《魔光》に焼かれて爛れていた。
しかしリリスは痛みなど感じていないかのように笑う。
「――今のうちに言っていれば良いわぁ」
紫は微笑む。
彼女はあらかじめリリスと戦う可能性は考えていた。
だから彼女のウイルスを――相性の悪い魔法の攻略法も考えている。
「すぐ、イカせてあげるから」
突如、リリスの足から――靴を貫くようにして枝が生える。
「ッ…………!?」
「あなたのウイルスは地中にいない。だから空気に触れないように、地面から串刺しにすればいいのよ」
単純明快な回答。
だがそれゆえに有効。
足の甲に風穴を開けられ、リリスがよろめく。
そこへと追撃の枝が伸びる。
枝がリリスの両膝を貫いた。
ついに彼女はその場に座り込む。
「あなたの魔法は即死級の殺傷力を持つ。半面、あなた自身の身体能力は人間レベル。魔法の対策さえ完成したのなら、殺すのなんて簡単よ」
両足を潰した。
これでリリスは動けない。
無論、油断はしない。
彼女の魔法は遠距離に届く。
たとえ動けなくとも、彼女の間合いにいる事実は変わらないのだから。
だが、自分が優位に立っているという愉悦が紫を微笑ませる。
「ウフフ……クフ……ァハ……!」
そんな紫の気分に水を差す笑い声。
リリスもまた笑っていたのだ。
両脚から血を流し。
それでも笑っていたのだ。
「――何がおかしいのよ」
不快さを隠すことなく紫は問いかける。
するとリリスは面白そうに――
「イヤ。人間レベル……面白い表現だヨネ」
リリスの顔が醜悪に歪む。
「そういえば、人間という劣等種を排除して、優れた存在だけの楽園が作りたかったんだヨネ?」
リリスは嗤う。
紫を嗤う。
紫の夢を嘲嗤う。
「前から思ってたんだケド」
「その理屈って……いじめられっ子みたいだよネェ?」
「………………………………………………はぁ?」
リリスの言葉は――紫の地雷を踏み抜いた。
リリス「見てるだけなら嫌いじゃないケド」(自分がやられるとブチキレ)
ちなみに《魔光》は《氷天華》のような固有魔法とは違い、誰にでも使える汎用魔法です。
だからこそ純粋な魔力量や魔力操作によって威力が変動するため、魔法少女としての実力差が如実に現れます。
実際、14話でひっそりと薫子が使っていたりします。
それでは次回『花よ腐れ堕ちて』です。
残るはエピローグを含め2話となります。




