5章 22話 逆転の一矢
VS《魔界樹》終結です。
「姉様! 妾の拘束を斬って欲しいのじゃ!」
逆転の目が見えた瞬間。
エレナがそう叫んだ。
彼女は手足を縛られており、自由に動けない。
だからこそエレナは、キリエへそう呼びかけた。
「はぁ? なんでアタシが――手首なら切ってあげても良いけど?」
一方、彼女に頼み込まれたキリエはため息を吐く。
キリエもまた手足の自由を奪われており、自らの拘束を解くことはできない。
しかし彼女たちの位置関係上、キリエが手首を振るだけでエレナの束縛を解くことは可能だ。
とはいえ、それはキリエが協力的であればの話。
エレナとキリエには確執がある。
次女であり魔王であるエレナ――魔王グリザイユ。
長女であり無冠の女帝であったキリエ。
この二人には埋められない溝があったのだ。
悠乃の知る限り、エレナはキリエに対して敵意を持ってはいない。
だがキリエは、エレナを心底憎悪しているようだった。
「それでも構わぬ! やって欲しいのじゃ!」
だがエレナはキリエにそう呼びかける。
なりふり構うことなく。
「――えぇ……。思いのほか必死だねぇ妹ちゃんは」
さすがのキリエも若干引いたような声を漏らした。
そして再び嘆息すると――
「――なんか、やれと言われたらやる気なくなっちゃうね。うん」
キリエは手首のスナップだけで鉤爪を振るう。
爪撃が走り、一瞬でエレナを縛っていた枝を切断する。
「姉様。感謝するのじゃ」
エレナは笑みを浮かべる。
火を噴く拳銃。
彼女の体はロケットのように天へと昇り始めた。
たった一人動き回る存在。
自然と《魔界樹》の攻撃もエレナへと集中する。
二つの銃口から噴き出す炎を操り、舞うように攻撃をすり抜けるエレナ。
「ここじゃ……!」
上方へと翔けたエレナが急停止した。
そして彼女は振り返ると、悠乃たちに銃口を向ける。
「《降り注ぐ王の威光》」
放たれる熱線。
灰色の熱線は雨となり、悠乃たちを縫い止める枝を焼き切った。
解放される悠乃たち。
だが《魔界樹》は再び彼女たちを捕えようと――しない。
「エレナッ……」
なぜなら、すべての攻撃がエレナに注がれているから。
《魔界樹》の注意を上空に引きつけてから悠乃たちを助けたから。
エレナを囮にする形で悠乃たちの安全を確保したから。
だが、その代償は大きい。
「ぐぬッ……!」
幾本もの枝がエレナの体を串刺しにする。
迸る血飛沫。
彼女の口から赤い血が溢れた。
エレナの瞳から光が消え、自由落下する。
「お姉様ぁッ……!」
一番に反応したのはギャラリーだった。
彼女は空間転移のゲートを開くと、エレナを眼前に転移させた。
ギャラリーは涙を浮かべてエレナを抱きとめる。
「お姉様! お姉様ッ!」
「……ぬぅ……!」
ギャラリーの呼びかけの効果か、エレナは一瞬眉を寄せ、意識を回復させた。
だがかなりの深手だ。
出血量から見て、内臓を損傷しているのは間違いない。
「ギャラリー!」
悠乃が声を上げると、ギャラリーは抱きしめたエレナを彼女へと近づける。
そして悠乃は冷気によって血を凍結させ、止血を試みた。
血は止まる。だが治療とも呼べない応急処置だ。
治療魔法なしで放っておける状態ではない。
「エレナッ……! なんて無茶を……!」
自分一人を捧げて、他の皆を逃がす。
いつだって彼女はそうだ。
魔王グリザイユの頃も、灰原エレナとなってからも。
そうやって自分を犠牲にして、誰かを助けてきた。
その在り方は美徳だろう。
だが、大切な友人が傷つくのを見るのは辛い。
「まだ、じゃ……」
しかも、まだエレナは立とうとしている。
「ダ、ダメ……!」
エレナを戦わせたくないのはギャラリーも同じなのだろう。
彼女の腕から逃れようとするエレナを、彼女は必死に止めている。
だが同時に、理解しているのだ。
エレナのこの生き方は、決して曲げられないものだと。
そんな性分なのだと。
だから徐々にギャラリーの腕から力が抜けてゆく。
そしてついにエレナは地面に立った。
地面を赤く染めながら。
「これで――準備は万端じゃの」
エレナは脂汗をにじませてそう言う。
確かに、彼女のおかげですべての戦力が自由を取り戻した。
だが――
「エレナは下がって。後は僕たちでやるから」
そう悠乃は突きつけた。
これ以上無理をさせては命にかかわる。
それが分かってしまうから。
「なにを……言うておるのじゃ」
だがエレナは止まらない。
彼女は銃口を《魔界樹》へと向けた。
そして、銃口に規格外の魔力が装填される。
「準備万端なのは――妾じゃ」
これまでにない魔力を糧とした閃光が――放たれる。
「――――《絶えぬ王の威光》」
その一撃は、先程までのものとは次元が違った。
それこそ璃紗が放った全力の一撃と同レベルの威力を持った一発だ。
「傷つけば傷つくほど魔法の威力が上がってゆく。それこそが《敗者の王》の能力じゃ。じゃから、条件は揃うたと言ったのじゃ」
エレナが自爆覚悟の特攻をした理由はこれだったのだ。
あえて深手を負い、自らの魔法の威力を底上げした。
複雑な気持ちだが、彼女の機転で事態が好転したのも事実。
「悠乃。璃紗。お主らの話では、高火力の魔法を使うものが4人おれば《魔界樹》を破壊できるのじゃったか?」
「ああ」
エレナの言葉に璃紗が同意する。
「まず、アタシで一人」
「妾で二人じゃ」
「なら――」
悠乃は――世良マリアへと視線を向けた。
彼女は凪いだ瞳で首肯する。
「私が三人目」
これであと一人。
あと一人いれば、充分な火力が確保できる。
「なら、最後の一人はアタシが務めるわ」
そこで声を上げたのは――ギャラリーだった。
「要はお姉様レベルの攻撃を用意できれば良いんでしょう? アタシがやるわ」
「――できるの?」
「やるわよ。お姉様がここまで身を削ったのに、アタシが立ち上がらないなんてありえない」
悠乃の問いかけに、そうギャラリーは答えた。
根拠のない返答。
だが分かる。
彼女には考えがある。たとえなくとも、なんとかして見せると。
悠乃は小さく笑った。
「じゃあ……《魔界樹》」の破壊は四人に任せるよ」
「おう」「分かった」「うぬ」「当然よ」
璃紗たち各々そう答えた。
☆
「なら僕が先陣を切るよ」
悠乃は氷剣を構え、《魔界樹》と対峙する。
(四人が全力で攻撃するということは――四人は防御に力を割けないということだ)
そう悠乃は理解していた。
だから――
(だから――五人分の力で守れる人間が必要……!)
「《花嫁戦形》――――《氷天華・凍結世界》」
悠乃は纏う。
純白にして潔白の花嫁衣裳を。
そして――
「凍てつけ世界」
そして――時を止めた。
現在の悠乃が止められる時間は二秒。
ゆえにその二秒で――すべてを使いきる。
「《大紅蓮二輪目・紅蓮葬送華》」
悠乃が氷剣を振るう。
斬撃に合わせ、暴力的な冷気が《魔界樹》を襲う。
それを何度も何度も何度も何度も。
息が切れても止まらない。
一瞬で使える魔力を超過し、頭が痛んでも止まらない。
この二秒で、残存魔力を絞りつくす。
そう決めたから。
――二秒。
タイムリミットだ。
「世界は……氷解……する」
時が動き始めた。
同時に、悠乃が放っていたいくつもの冷気が集まり――大きな寒波となる。
余波だけでガラスが凍り、割れるほどの冷波だ。
氷撃の津波は《魔界樹》を呑み込み――凍てつかせる。
枝が割れ、地面に落ちる。
それによって《魔界樹》の攻撃が止まった。
「今ッ!」
悠乃が号令を出した。
璃紗、エレナ、マリア、ギャラリーが行動に移る。
「《大焦熱炎月》」
骨の髄まで焼き尽くすほどの炎熱を宿す。
「《絶えぬ王の威光》」
自身の血肉を捧げた灰色の炎が収束する。
「《オールマイティ》」
摂理さえ越えた清浄なる一矢を引く。
そして――三つの暴虐が放たれる。
圧倒的な魔法が《魔界樹》を破砕する。
「でも――」
《魔界樹》はまだ完全に滅んでいない。
あと一撃。
もうひと押しが必要だ。
そしてその一手は――
「ギャラリーッ!」
「分かってるわよッ!」
あのタイミングで一人、ギャラリーだけが魔法を放たなかった。
それは出遅れたから?
やはりあれらの魔法に匹敵する一撃は用意できなかった?
否。
今こそがベストタイミングだからだ――!
「《虚数空間》!」
ギャラリーが宣言する。
上空に開くゲート。
それが――エレナの魔法を受け止めた。
魔法の再利用。
ギャラリーは一度《魔界樹》を貫いた魔法を、もう一度《魔界樹》に当たる位置まで空間転移させるつもりなのだ。
だが問題が一つ――
「っくぅ……!」
魔力の許容量。
彼女の空間固定に限界があるように、空間転移できる容量にも天井があるはずなのだ。
そして今、彼女はその限界に突き当たっている。
エレナの魔法が強大すぎて、受け入れられないでいるのだ。
「ふざけ……ないでッ!」
だがギャラリーは退かない。
歯が砕けるほどに歯を食いしばり、必死に耐えている。
「どんなに大きくても――」
「お姉様から託されたものは――すべて受け入れて見せるッ……!」
ゲートが歪に裂ける。
「ぁ……!」
ギャラリーの鼻孔から血が垂れる。
だが――エレナの魔法がすべて収容された。
「これで……終わりッ!」
《魔界樹》の前にゲートが開く。
ここに、四人目の魔法が完成した。
そして《魔界樹》は――爆散する。
残ったのは――空中に浮かぶ黒い球体だった。
「あれが……核」
悠乃は一目で察した。
そうとしか考えられない。
あれほど禍々しい物体。それ以外に考えられない。
「あ……!」
再生する。
核を中心として《魔界樹》が再び生育し始めている。
あと数秒で、また《魔界樹》は降誕する。
「すっトロいよ。そんなんじゃァさ」
だが、その心配は杞憂だ。
ここには、誰よりも速い女がいる。
「王に喰われて――終わりさ」
キリエが鉤爪で黒球を斬り裂いた。
絶対切断の効力を遺憾なく発揮し、核を細切れにするキリエ。
「うん。これで良し」
満足そうに笑みを見せるキリエ。
《魔界樹》は……再生しない。
傷つけば傷つくほど強くなる魔法。
それは無自覚の自己犠牲、自身の軽視。ある意味、エレナの人格が色濃く反映された結果です。
自分が何かを捨てることで、誰かの大切なものを取りこぼさずに済むのなら。
そんな思想が、この魔法の根底にあると言っても良いかもしれません。
それでは次回『暗殺者に華はいらない』です。
VS紫の前編であり、リリスが合流しての第二ラウンドです。お楽しみに。




