5章 14話 黄金は輝かない
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「――これでは、本体を狙うどころじゃないのぅ」
エレナはそうぼやく。
現在、薫子とエレナは街を駆け回っている。
――町中に撒き散らされたグリーンガウン。
確かに薫子たちは黒百合紫を打倒するためにここへ来た。
しかし、町中の人を見殺しにはできない。
「……これでは作戦もメチャクチャですね」
だから薫子たちはいくつものチームとなり散開した。
「黒百合紫はどうするのじゃ?」
「――見逃すことも視野に入れます」
薫子は苦渋の表情でそう言った。
ここで紫を逃がせば、いつ追い詰める機会が来るかなど分からない。
それでも――見逃さなければならないかもしれない。
「このまま町の人を放ってはおけません」
(それに――)
薫子は脳内で最悪の想像をする。
「この調子でグリーンガウンが拡散し続ければ……」
悠乃の話によると、グリーンガウンを対策もなく倒せば種子を振りまいて増殖してしまうという。
そうなればデキの悪いホラー映画のようにグリーンガウンは増えてゆく。
「――本当に世界が滅ぶかもしれません」
――いつか、薫子たちには対応できなくなるかもしれない。
(こうなった以上は敵を倒し損なうリスクを取ってでも魔法の拡散を止めなくてはいけませんね)
だからこそ薫子は散開しての殲滅戦を提案したのだ。
もっとも、完全に紫を討ち取ることを諦めたわけではない。
そもそも彼女を倒せば、グリーンガウンが解除される確率は高いのだから。
だがそれで討ち漏らせば本格的に打つ手がない。
だからグリーンガウンの掃討を優先したのだ。
紫をこの場で倒してグリーンガウンの増殖を防ぐというベストではなく。
紫を倒し損ねても街への被害は減らすというベターを選んだのだ。
「――あそこじゃ」
エレナが立ち止まる。
彼女の視線の先には咆哮を上げる植物人形がいた。
それに伴い、パニックになった人々が逃げ惑う。
パニックというものは恐ろしいものだ。
簡単に伝染する。
しかも、将棋倒しによる圧死などの具体的な被害をも生み出す。
今の状況はそれらの危機を孕んでいるのだ。
「――――変身」
エレナが唱える。
すると彼女の服がドレスへと変貌する。
胸元からヘソまでが大胆に開いたデザインのドレス。
同じく背中も布が取り払われているために肩甲骨が綺麗なラインを描いているのが見える。
これはエレナが魔王グリザイユだった頃の戦闘服だ。
奇縁というべきか。
エレナが魔法少女として手に入れた衣装は、魔王時代のものと酷似していた。
そして――武器も。
「はぁッ!」
エレナは拳銃から灰炎を撃ち出した。
灼熱の魔弾がグリーンガウンに着弾する。
魔王が放つ熱量だ。
一瞬にしてグリーンガウンの頭部が焼け落ちた。
種子が放出されることは――ない。
「お主の予想通りじゃの。頭部を焼けば、奴らも増えはせんようじゃの」
「種が詰まっていたのは頭ですからね。種ごと焼けば増える道理がありません」
グリーンガウンは強いが、手段さえ間違えなければ対処できる。
この魔法の恐ろしい点は、対応策に気付いた時点でもうすでに手がつけられないほどにグリーンガウンが増えてしまっていることだ。
事前に悠乃が戦ってくれていたおかげで、その心配はない。
「それにしてもやはりここが一番多いのかの?」
「おそらく。種が飛んだ方向から考えれば、ここにグリーンガウンが集まっているでしょうね」
薫子とエレナのペアはグリーンガウンの密集地帯を目指して来た。
理由は簡単だ。
薫子の爆炎。エレナの灰炎。
二人であればグリーンガウンを倒すことが可能だからだ。
魔法の性質上、彼女たちの中で炎を扱えるのは薫子、エレナ、璃紗の三人のみ。
そのうちの二人で組んだペアだからこそ、大量のグリーンガウンと戦うことにしたのだ。
「ぬぅッ」
エレナに二人のグリーンガウンが飛びかかってくる。
事前に聞いてはいたが、かなりの速力だ。
「直線的じゃのッ……!」
しかしエレナは身をひねって躱す。
彼女はかなり小柄だ。
だからこそ二人の植物人形に攻撃されても、安全圏に滑り込めるのだ。
「灼けるのじゃ」
そして、最小限の動きで迫る拳を躱しながらエレナは植物人形の側頭部を焼き飛ばした。
「薫子! さすがに妾一人では手が足りぬぞ!」
エレナが叫ぶ。
彼女は二丁拳銃を使うためて数が多い。
しかし、グリーンガウンはそれ以上に多いのだ。
「この状況。わたくしも後方支援に徹するわけにはいかないようですね」
元来、薫子は後方からのサポートを得意とする。
だが今回ばかりは前線に出なければ数に押されて潰されるだろう。
「――変身」
薫子はそう宣言する。
すると彼女の服が粒子となり――
「なッ……!」
――黒く染まった。
「これはッ……!?」
魔力が変質した。
その事実に薫子は動揺する。
金色の魔力が、一部黒く染まっている。
なにより――
「魔力が……制御できません……!」
いつものように魔力が操れない。
手足のように支配できた魔力が暴走している。
「きゃッ……」
そしてついに――魔力が弾け飛んだ。
彼女が纏う衣装は――破れている。
いつもの半分以下の布地。
それさえも一部が黒ずんでいる。
明らかに異常だった。
「薫子! どうしたのじゃ……!?」
様子を見ていたエレナが困惑している。
これまでにない異常事態に、彼女も動じているのだ。
(――まさか)
しかし薫子には心当たりがあった。
――黒。
(イワモンからもらった……黒い結晶)
それがあれば、魔法少女としての能力が向上するかもしれないと聞いた。
同時に、もう一つの事実も聞いていた。
(これが……副作用……!?)
魔力が使えない。
(潜在能力は上がっています……! でも、操れない……!)
エンジンの性能が上がっても、肝心の機械の性能が追いついていない。
そんな状態だ。
規格に合わないパーツのせいで電源さえ入らない。
今の薫子は――魔法少女として機能しない。
「薫子! 逃げるのじゃ」
「ッ!」
エレナの警告が飛ぶ。
突然の事態に驚愕し、周囲への気配りを忘れていた。
薫子が気付いたときにはすでに――グリーンガウンが迫っていた。
「ぁぐッ!」
薫子の腹に植物人形の拳がめり込む。
内臓が押し潰される感覚。
軽い彼女の体は容易く吹っ飛ばされた。
「ぅぐ…………ぅげ……!」
薫子は無様な姿勢のまま嘔吐く。
(幸いなのは……肉体強度が魔法少女に見合っていたことですね……)
――薫子は変身している。
だから、肉体の強度は人間のレベルを脱していた。
でなければ、今ごろ薫子の体は赤い水たまりになっていただろう。
「今すぐ行く! そこで――っくッ!」
彼女に駆け寄ろうとするエレナだが、横合いから殴り飛ばされて建物に突っ込んだ。
(また……足を引っ張るの?)
みんなに置いて行かれたくなくて、あの黒い結晶を受け入れたのではないのだろうか。
だが現実はどうだ。
これまでの力さえ失い、仲間を危機に陥れている。
「やはり……わたくしは……弱いのですね」
グリーンガウンが薫子の金髪を乱暴に掴んだ。
そのまま髪を引き上げ、体を持ち上げられる。
そして――脇腹を殴られた。
未完成な衣装のせいで露出した肌に青い痣が浮かぶ。
「ぃぐ……!」
髪を掴まれたまま、地面を引きずられる。
三つ編みがほどけ、はらりと金髪が流れる。
薫子は立ち上がる気力もなく、地面に倒れ伏していた。
もし無理に立ったとして、魔法のない自分に何ができるのか。
そんな考えしか浮かばない。
――聞こえた。
心が砕ける音が。
最後の砦だったはずの、魔法少女としての自分さえも死んでしまう音が。
だからもう――
「薫子!」
そんな時、声が聞こえた。
「――エレナさん」
エレナが叫んでいる。
彼女の声は魔法にかき消され、何を言っているのかは分からない。
だが、分かる。
彼女が必死にここを目指していることが。
自分自身も傷ついているというのに、魔法が使えなくなった薫子を守ろうとしていることが――分かる。
「…………まだ」
「まだ――折れてはいけないみたいです」
ここで薫子が諦めてしまえば、エレナはどうなるのだろうか。
たった一人で足手まといを守り――戦うのか。
無理に決まっている。
では、どうすれば無理でなくなるのか。
――考えるまでもない。
薫子が――立てば良いのだ。
輝きを失ったとしても、輝こうという意志を失わなければ良いのだ。
「ぁあッ!」
薫子は力ずくでグリーンガウンから距離を取る。
掴まれた金髪がブチブチと音を立てて千切れる。
だが、気にしない。
そのまま拘束から抜け出すと薫子は――跳びかかった。
――近くに停まっていた自動車へと。
「はぁッ!」
薫子は拳を振りかぶり、自動車の後部を殴り抜く。
その位置には――ガソリンタンクがある。
臭気を放つ液体が薫子の手を汚した。
だが意にも介さず、薫子は近くに燃え移っていた灰炎を撫でる。
この炎はエレナの攻撃の余波だ。
「ぎ……ぐ……!」
拳が燃える。
肉が焼けるような臭いが漂ってきて気持ちが悪い。
だがそれに耐え――
「はあッ!」
薫子はグリーンガウンの頭をぶち抜いた。
そして燃える腕ごと、頭中にある種を燃やし尽くす。
植物人形は糸が切れたように倒れる。
薫子は倒したのだ。
魔法に頼ることなく、グリーンガウンを。
本来の薫子なら、もっとスマートに倒せただろう。
しかし今はこれが精一杯。
腕は大火傷で黒くなっている。
治療魔法のない現状では取り返しのつかない傷だ。
なのに今の薫子の表情は、これまでになく力強かった。
「――魔法を失って。大切な事を思い出しました」
そう薫子は口にした。
「力はなにかに縋って手に入れるものではないのだと」
どこかで甘えていたのだ。
《花嫁戦形》に至れば、自分も役に立てると。
その甘えが、今の危機を招いた。
しかし違うのだ。
《花嫁戦形》が強いのではない。
《花嫁戦形》がピンチの中に活路を開いたわけではない。
蒼井悠乃が。朱美璃紗が。
薫子の大切な仲間たちが厳しい運命をこじ開けた方法はそんなものではない。
――覚悟だ。
強い意志が、いつだって運命を変えてきたのだ。
《花嫁戦形》なんてたった一つの要素にすぎない。
だがその眩しさに目を曇らせ、本質を見失っていたのだ。
「来たければ来てください。今のわたくしに魔法はありませんが――」
「――躊躇いもありませんから」
金龍寺薫子は参謀だ。
だが、その地位に甘んじていなかっただろうか。
誰かの手を借りて敵を倒すことに甘えていなかっただろうか。
仲間の力を活かすことが自分の役割と満足していなかったか。
チームとしての実力を、自分の実力と重ねていなかったか。
足りなかったのだ――
――自分一人でも運命を変えてみせるという『覚悟』が。
――薫子の衣装が――黒へと染まった。
そして――顕現する。
純黒にして漆黒の――花嫁衣裳が。
「うふ……うふふふふ……」
気が付くと薫子は笑っていた。
「あは……あはははは……」
だって、笑うしかないだろう。
「………………馬鹿らしい」
――あまりにも滑稽で。
「わたくしに足りていなかったのは『覚悟』だったというわけですね」
自分という存在を信じ切れていなかった。
自分自身の手で運命を変えられるとは思っていなかった。
いつだって彼女の作戦では――薫子以外がトドメを刺す。
最後の最後に、自分の力を信じられない。
最後の詰めを――誰かに委ねてしまう。
「それさえあれば――わたくしはもう《花嫁戦形》になれていたんですね……」
だから気付けなかったのだ。
自分がすでに――《花嫁戦形》に至っていたことに。
ただ、踏み出せていなかっただけということに。
「すみません。嘘を言いました」
魔力が手元に収束する。
「わたくしには――魔法があります」
これは魔法ではない。魔力だ。
ただ集めただけの魔力。
それを薫子は――放った。
黒と金が混じった閃光。
それは一瞬にしてグリーンガウンの上半身を消滅させた。
そのまま閃光は空へと還る。
《花嫁戦形》と黒結晶。
二つの要素が重なり、彼女の魔法少女としてのスペックは跳ね上がっていた。
――ただの魔力でこれだ。
「運命をも歪める――そんな魔法が」
なら、彼女の固有魔法はどうなるのか。
「――――《女神の涙・叛逆の魔典》」
それはまだ、彼女自身さえ知らない。
ついに薫子覚醒です。
ちなみに作中の設定を踏まえて和訳するのであればニュアンス的に――
アメイジングブレス:素晴らしき女神の祝福
アメイジングブレス・リベリオン:女神の祝福への叛逆
といったところでしょうか。




