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もう一度世界を救うなんて無理っ  作者: 白石有希
5章 悪魔の花が咲く頃に
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5章 13話 《魔界樹》

 ついに戦いが始まります。

「うふふ……もうそろそろねぇ」

 黒百合紫は時計を確認して微笑んだ。

 あと30分で講演会が始まる。

「さて。誰が来るのかしらぁ」

 紫も馬鹿ではない。

 予定通りに大学へと足を運べば、そこで襲撃されることなど分かっている。

 だが、彼女はあえて予定を変えなかった。

「アオイちゃんの仲間かしらぁ」

 殺された蒼井悠乃の仇討ちに他の魔法少女が現れるのか。

「それとも《逆十字魔女団》かしらぁ」

 かつての仲間たちが紫を始末しに現れるのか。

 はたまたその両方か。

「でも――問題ないわぁ」

 紫は余裕の態度を崩さない。

 それは――絶対の自信があったからだ。

 誰が現れても堂々と切り抜けられるという自信が。

「この日のために準備していたんですもの」

 紫はワンボックスカーのトランクを開けた。

 普段であれば商品を積み込んでいる空間。

 だが、今日は違う。

「――咲かせるまで、13年もかかってごめんなさいねぇ」

 そこにあるのは――紫の作品だ。

 見た目は小さな木だ。

 しかし、どう見ても普通の木ではない。

 この世のものが纏って良いものではないと断言できるほどに邪悪な瘴気が木から滲みだしている。

「出番よぉ……《()()()》」

 《魔界樹》。

 それはかつて魔法生物たちの世界――魔法界に現れた黒い世界樹だ。

 世界から養分を吸い取り無限に増殖し、世界を破滅させる。

 本来の世界樹は、世界が持つ余剰エネルギーを吸い取り『恵み』という形で世界全体に還元してゆくそうだ。

 しかし、《魔界樹》はそうではない。

 貪欲なままに際限なく養分を吸い上げた結果、世界全体のエネルギーを枯渇させてしまうのだ。

 そんな《魔界樹》と戦ったのが黒百合紫という魔法少女だった。

 魔の大樹が持つ防衛機能を停止させ、絶望の世界樹を切り倒す。

 紫がそんな偉業を達成したのが13年前。

 そうして魔法界はかつての平和を取り戻したのだ。

 しかし――()()()()()()()()()()()()()()()()

 ――花になりたい。

 ――何度でも、永遠に咲き続ける花になりたい。

 そんな紫にとって《魔界樹》は理想だったのだ。

 周りからすべての輝きを奪い、妖しく咲き誇る黒い世界樹が――

 あれはまるで、紫の理想の体現だった。

 だから、あのまま《魔界樹》を枯らしてしまうことができなかったのだ。

 そうして13年間。

 彼女は秘密裏に《魔界樹》を育ててきた。

「やっと、みんなに見てもらえるのねぇ」

 《魔界樹》の危険性を思えば、誰にも存在を教えられない。

 魔法界に知られようものなら、必死に奪還を試みるだろう。

 故に彼女は細心の注意を払って《魔界樹》を栽培した。

 その苦労が今――報われる。

「かつていくつもの世界を食い物にしてきた《魔界樹》」

 紫は苗木を手に取ると、地面へと埋め始めた。

 ただそれだけで、木は異常なスピードで伸び始める。

 1メートル。2メートル。10メートル。

 まだ止まらない。

 近くにあった校舎をも越えて《魔界樹》は成長してゆく。


「――()()()()()()()()()()()()()()()


 くすくすと紫は笑う。

 その間も大樹は成長をやめない。

 すでに全長は100メートルを越えている。

 枝葉も相応に広がり、影を広げてゆく。

 そんな壮観な光景に紫は胸が高鳴るのを感じた。



「なんというか――ありがとうございます」

 悠乃は運転席に座る女性――宮廻環にそう感謝を述べた。

 大きな戦いの前には呼ぶ。

 それは悠乃と環の間で交わされた契約だ。

 その義務の履行を兼ねて、環には隣町までの移動手段の確保を頼んでいたのだ。

「でも話を聞く限り、今回の戦いって地味な絵面になりそうなのよね」

 環はハンドルを手にそうぼやいた。

 紫を殺すか、無力化するか。

 それが変わっただけで、奇襲を仕掛けるという点に変更はない。

 そう考えると、環が望むシャッターチャンスはないだろう。

「そもそも、下手したら悠乃君たちの評判が下がりそうだし」

 ――友人としては、今回の作戦に大賛成なんだけどね。

 そう環は笑う。

 確かに、彼女の言うことにも一理ある。

 世間における魔法少女のイメージは正義の味方だ。

 そんな魔法少女が一人の女性を襲撃するなんて風聞が悪すぎる。

 魔法少女のスクープ写真を撮りたい環としても、あまり美味しくない展開だろう。

 少なくとも、魔法少女の商品価値が落ちるのは必至だ。

 それでも悠乃たちの安全が確保されるのなら賛成だと言うあたり彼女は本質的にお人よしなのだろう。

「だからって、黒百合紫の――《逆十字魔女団》のことなんて表にできる話じゃないものね」

 ――というわけで、今日はカメラは留守番よ。

 環は苦笑しながら頬を掻いた。

 どうやら今日の環は記者としてではなく、純粋な友人としてハンドルを握っているらしい。

「――ありがとう。環さん」

「良いのよ。それに、記者とかは抜きにしても気になるじゃない?」

 環は悠乃と出会ったことをキッカケに魔法少女について知った。

 当人たちの口から、事実を聞いてきたのだ。

 もはや彼女にとってもこの案件は他人事ではないのだろう。


「――世界を壊すって、どういうことなのかしらね」


 ふと環がそう口にした。

 世界を壊す。

 それこそが《逆十字魔女団》の目的だという。

 しかし、その詳細を悠乃たちは知らないのだ。

「世界って……色々あるじゃない?」

 環が言うのももっともなことだった。

「常識。体制。そういうものも、場合によっては『世界』と表現するわ」

 ――だから思うのよね。


「《逆十字魔女団》が壊したいのは、もっと()()()()()()()()()()()()()()()


「世界が滅びたら、魔法少女だってみんな死んじゃうもんね……」

 悠乃は窓の外を眺めた。

 《逆十字魔女団》のメンバーだって人間だ。

 世界が滅びれば死ぬしかない。

 なら、そんな自殺志願のような事を目的にするのだろうか。

 環の考えはある意味で当然だ。

「――まあ、もしかしたら世界を巻き込んで盛大な自殺がしたいって異常者の集団な可能性もあるんだけどね」

 へらりと笑う環。

 だがすぐに彼女の表情が真剣なものとなる。

「魔法少女。彼女たちも命を懸けて戦い抜いたのなら、何か譲れないものがあってもおかしくないのかもしれないわ。彼女たちが――私たちは知らないような『真実』を知ってしまった可能性だってある」

「……真実」

 悠乃は環の言葉を反芻した。

 否定はできない。

 悠乃だって、魔法少女になるまでは魔法の存在なんて知らなかった。

 この世界以外にも世界があるだなんて知らなかった。

 だから――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「どちらにせよ、彼女たちが無視できない存在なのは変わらないけれどね」

 環はバックミラー越しに、後部座席で座る少女――世良マリアを見た。

 今回、悠乃たちはマリアを連れてこの町に来ている。

 本来であれば彼女を連れてゆくのは問題だろう。

 今から悠乃たちは――戦いに行くのだから。

 しかし、彼ら全員が隣町にいる時に、他の《逆十字魔女団》が襲撃してくる可能性を考えるとマリアを一人にはできなかったのだ。


「――あれはなんじゃ?」


 その時、助手席に座っていたエレナが声を上げた。

 彼女が見ているのは――大学がある方向だ。

 そこには――

「……大きい」

 思わず悠乃はそう漏らした。

 そこには――大木があった。

 大木なんて言葉で表して良いのかさえ疑問なスケール。

 目測だが、全長は数百メートルクラス。

 タワーさえも見下ろすほどに巨大な大樹が街にそびえていた。

「環さん。車停めて」

「ええ」

 環は素早く路肩に停車した。

 あれは明らかに異常事態だ。

(――しかも、植物)

 植物といえば、黒百合紫の魔法を思い出す。

 もしかすると、あれは彼女の魔法なのか。

 悠乃たちがこのタイミングで襲撃する可能性は彼女も考慮していたはず。

 もしかするとアレが、その対策なのか。

「悠乃……!」

 離れた場所から璃紗が駆けてくる。

 彼女たちは悠乃たちと別の車――速水氷華が運転する車に乗って現場に向かっていたのだ。

 彼女たちもまた異常事態を察知し、停車していたらしい。

「どー思う?」

 璃紗がそう問いかけてきた。

 現状、紫の魔法を見たのは悠乃だけだ。

 だから彼に聞くのが確実だと考えたのだろう。

「……分からない。確かに彼女の魔法は物量で圧倒するタイプだった。……でも、さすがにあそこまで大きくはなかったから」

「……だよな」

 だが、一番可能性が高いのが黒百合紫であるのも事実。

 悠乃は大樹の動向に注意する。

「事前になんらかの準備をしていたのかもしれませんね」

 薫子もこちらに歩いてくると、大樹を見上げながらそう言った。

 ――今でも大樹は成長をやめない。

「伸びるねー?」

「……あんなに気味の悪い植物……初めて見ました」

 呑気な春陽とは対照的に、美月は自分の体を抱くようにして小刻みに震えている。

「……どう見ても、まともな木じゃありませんよね」

「……そうだね」

 悠乃は美月の言葉に同意する。

 紫の葉。

 滲みだす暗い空気。

 見ているだけで胸騒ぎがするほどに不吉な大樹だ。

 この世界に存在して良い類のものではないのは確かだった。

「……見て」

 そんな中、マリアが大樹の頂を指さした。

 そこには――

「花……?」

 巨大な花が開こうとしていた。

 毒々しくも妖しい魔花が……開花してゆく。

 花が完全に開ききった時――種子が放たれた。


 流星のように街へと降り注ぐ種子たち。

 それは容易く建物を貫き、地面へと埋まり込んだ。

「あっぶねーな……!」

 そのうちの一つが、悠乃たちの前に落下していた。

 一番近くにいた璃紗は腕で風を遮った。

 落下の衝撃で砂煙が上がる。

 砂の霧の中――シルエットが浮かんでいる。

「あれは――」

 悠乃は血の気が引くのを感じた。

 見覚えがあるのだ。

 あの人影に。


「――グリーンガウン」


 悠乃はそう口にした。

 黒百合紫が呼んでいた名前を。

 そうだ――

 あの砂煙の中にいたのは――


「何ですかあれは……」

「気持ち悪いねー……」


 黒白姉妹の表情が歪む。

 彼女たちの目に映っているのは、歪な人型をした植物人形だ。

 ――グリーンガウン。

 《花嫁戦形》となった紫が作りだした植物人形。

 それが悠乃たちの前に立ちふさがった。

 いや――それだけではない。

 あれが種子から発芽したのなら――


「世界を滅ぼすかはともかくとして、()()()()()()()()()()()()()()()()


 遅れて現れた氷華がそう嘆息している。

 確かに、そうだ。

 このままでいけば、この町は滅んでしまう。

 だって――


 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ちなみにネタバレをすると、《逆十字魔女団》の目的は世界を壊すことではなく、世界の根幹といえる要素を壊すことであり、結果的に世界が壊れるだけです。

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