表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もう一度世界を救うなんて無理っ  作者: 白石有希
5章 悪魔の花が咲く頃に
104/305

0話&11話 花が枯れる時

 紫の過去と暴走です。

「嫌だぁ! 葵ちゃんッ!」


 紫は涙を流していた。

 暗い一室。

 そこには二人の少女がいた。

 慟哭する紫。

 そして、力なく地面に倒れた少女――向日葵。

 太陽のような笑顔を彼女が浮かべることはない。

 ただ小さく、安堵したような微笑みを見せるだけだ。

「良かっ……た」

 葵はそう口にした。

 彼女は気付いているのだ。

 自分に死期が迫っていることを。

「嫌だよ葵ちゃん! まだまだ、いっぱい一緒にいたいのにッ……!」

 紫の涙は止まらない。

 7年前。

 紫と葵は手を取り合い《魔界樹》から世界を守った。

 その末に二人は結ばれ、同じ家で生活してきたのだ。

 この7年間は、天国にいるかのように幸せな時間だった。

 黒百合紫の世界を変えてくれた人。

 そんな人と愛し合う時間。

 女同士なんて関係ない。

 この時間は、何よりも愛おしかった。

 ――そんな至福の時が、終わりを迎えそうになっている。

 紫の心が絶望で満たされてゆく。

「本当に……良かった」

「葵ちゃん! 葵ちゃん!」

 紫は必死に彼女の名前を呼び続ける。

 だが、葵の呼吸は徐々に弱くなってゆく――

「なんで……こんなことに……」

 紫は世の理不尽を嘆く。

 だが、彼女には葵の命をつなぐ術がない。


「これで……やっと終わりだ……」


 その言葉を最後に葵は――事切れた。

 微弱だった呼吸音さえもうない。

「あ……ぁ……ぁぁ……」

 紫の目から涙がこぼれてゆく。

 嫌でも理解してしまったのだ。

 最愛の人が――逝ってしまったことを。


 これは黒百合紫が世界を救ってから7年後――現在から()()()の話だ。



「ああ……また、あの日の夢を見ていたのねぇ」

 紫は身を起こした。

 周囲を見回してみると、そこは豪奢な客間だった。

「ここは……倫世ちゃんの?」

 明らかに自分の家ではない。

 彼女の仲間である美珠倫世が住む邸宅の一室だろう。

「やっと起きたねぇ」

「…………寧々子?」

 紫が振り返ると、そこには黒髪の女性――三毛寧々子がいた。

 彼女もまた、紫と同じ組織――《逆十字魔女団》に所属する魔法少女だ。

「紫ぃ。飲みすぎだよ? そんなに飲んだら体に悪いと思うニャ――なぁ」

「……………………あら」

 紫はテーブルに目を向けた。

 ワインのボトルが3本。

 ――状況から考えて、すべて紫が一人で飲んだらしい。

「……どうりで頭が痛いと思ったわぁ」

 紫は頭を押さえてうなる。

 頭がガンガンと痛む。

「ていうか、それアタシの年収くらいのワインなんだけど……」

「んんぅ……?」

 紫はワインのボトルに視線を移す。

 ――かなり年代物のワインだ。

 一本で軽く数十万――三本もあれば二〇〇万を越えるはずだ。

「――味、覚えてないわぁ……」

「――これだからセレブは怖いにゃん」

 寧々子は嘆息していた。

「それで……わたくし、何でここにいるのかしらぁ?」

 正直にいうと、記憶がまったくない。

 先日、紫は蒼井悠乃と交戦した。

 蒼井。葵。アオイ。

 最愛の人を思わせる名前をした魔法少女を――紫は殺した。

 グリーンガウンは相手の生体反応を追う。

 それが戻ってきたということは――そういうことだ。

 生け捕りにしようとしたが、彼女は死んでしまった。

 きっと自害したのだろう。

 敵に捕まるくらいならばいっそ、と。

 そのことを残念に思いながらも紫は家に帰った。

 ――そこからの記憶がない。

「何でも何も……いきなりワインボトルを持ってここに来たと思ったら、勝手に飲み始めたんだけど」

「……そうなのぉ?」

 まったく記憶にない。

「……アオイちゃん……」

 紫はワイングラスを手に取った。

 そこに残った赤い一滴を飲み干す。

 蒼井悠乃を――アオイを殺した。

 彼女なら、紫の心に開いた隙間を埋めてくれたかもしれないのに。

 また大切な人を亡くした。

 だからきっと、紫は酒を飲まずにいられなかったのだろう。


「んあー……疲れたァ」


 その時、部屋に入ってくる少女がいた。

 エプロンと下着だけという奇妙な姿をした少女。

 乱れた黒髪の少女――天美リリスは伸びをした。

「……ってか、酒臭いんだケド」

 部屋に入るなりリリスは表情を歪める。

 無理もあるまい。

 紫がボトルを3本も空けたこともあり、部屋には酒の臭いが充満している。

 未成年の彼女には不快な空間なのだろう。

「あーリリス。絵ぇ描き終わったの?」

「んー」

 寧々子が話しかけると、リリスが面倒臭そうに頭を掻いた。

 天美リリスはよくここに入り浸り、絵画を描いている。

 彼女の様子を見るに、どうやら行き詰っているらしい。

「なんか、ちょっとこれじゃない感じなんだヨネ」

 そうリリスが言った。

 ――見えた。

(ああ……)

 紫の中でフラッシュバックする。

 向日葵が……死んだあの日の光景が。

「――――リリス」

「は?」

 紫はゆらりと立ち上がる。

 彼女の手にあるのは――拳銃。

「前から聞きたかったのよねぇ」

「ッ――!?」

 紫は躊躇うことなく、()()()()()()()()()()()()()

 すさまじい速度で放たれた弾丸にリリスは反応できず、彼女は被弾した勢いで壁に叩きつけられる。

「ゆ、紫ぃ……!?」

 突然の凶行に戸惑う寧々子。

 だが、紫は止まらない。

「なんで?」

 だって、ずっとこうしたいと思っていたから。


「なんで……()()()()()()?」


 だって天美リリスは――()()()()()()()()()()()

「――何言ってんのか、意味分からないんだケド」

 眉を寄せるリリス。

 そんな彼女に対し、紫は言葉を重ねてゆく。

「六年前。わたくしの最愛の人は、アナタに殺されたわぁ」

 紫は唇を噛む。

「そんなアナタが憎い。そう言っているのよ」

「六年前? ああ、あれネ」

 六年前という言葉で思い出したのか、リリスが納得したような表情を浮かべた。

「そんなこと言われても困るんだケド」


「――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 天美リリス。

 魔法少女として、彼女には一つの呼び名がある。

 ――最悪の魔法少女。

 世界を救いはしたが、1万人の人間を虐殺した狂気の魔法少女。

 向日葵も、彼女の行いのせいで命を落とした一人であった。

「アナタが《逆十字魔女団》にいるって知った時から、思っていたのよねぇ」


「――お前を……殺してやりたいって」


紫は表情を狂気に歪めた。

だが、それを止める人物がいた。

寧々子だ。

「ちょっと紫ぃ。それくらいにしとこ? お酒が入っているから冷静じゃないにゃん。ね?」

「そうね。冷静じゃないわ。冷静になれるわけがないわ」

 確かに酔いが回っているせいで感情的になっている自覚はある。

 明日になって酔いが覚めれば「なんでこんな事を言ったのだろうか」と反省するのかもしれない。

 だが、今の言葉に偽りがないのもまた事実。

 紫の中に引き下がるという選択肢はなかった。

「《黒百合の庭園(グリーンガウン)》」

 紫がそう唱えると、銃口から大量の茨が放出される。

 茨の津波がリリスを呑み込――


「――そこまでよ」


 そこに割り込む影が一つ。

 その人物は大剣を一閃し、すべての茨を斬り払った。

「……紫さん。《逆十字魔女団》における私闘は禁止したはずよ」

 そこにいたのは姫騎士だった。

 美姫のような見目麗しさと、騎士のような堂々とした姿を兼ね備えた少女。

 金髪ハーフアップの少女――美珠倫世は紫を非難の眼差しで見つめる。

 ――あれほど大きな剣で紫の魔法を払いのけるスピード。

 さすがに最強と呼ばれるだけの事はあった。

(まあ良いわぁ)

 紫は黙って目を細めた。

 すでにリリスには種付けしている。

 そのまま根を張り、心臓を止める。

 そうすれば憎き彼女を殺せるのだ。

 しかし――

「?」

(魔法が――起動しない?)

 種子が発芽する兆しが見えない。

 紫が戸惑っていると――

「アハッ……」

 リリスが嗤う。

 彼女は肩に開いた銃創に指を突っ込み――種子を引き抜いた。

「植物が、アタシのウイルスに勝てるわけないヨネ?」

 リリスは肉ごと抉りだした種子を床に捨てる。

「もう死んでるカラ。これ」

「お前ッ……!」

 すさまじい形相で紫は睨む。

 一触即発の空気が周囲に蔓延してゆく。


「紫さん。リリス」


 倫世は大剣を床に突き立て、場の空気を支配する。

 一瞬にして、彼女が放つ空気が場を塗り潰した。

「――紫さん。あなたに事情があるのはなんとなく分かったわ」

「………………」

「それでも、私たちは共通の目的のために戦う仲間よ。争うのなら、全部が終わってからにしてちょうだい」

 倫世はそう告げた。

「――――良い?」

 彼女が問いかけると――

「嫌よ」「ヤぁダ」

 倫世の制止も意に介さず、二人は再び戦いに身を投じた。

 紫は銃口をリリスに向ける。

 リリスは手元に黒い魔力を集めた。

 そして――

「《円環の明星(ダ・カーポ)》」

「「ッ!」」

「ここは私の家よ。勝手に壊さないでちょうだい」

 紫とリリス。二人は動くことができなくなった。

 ――首元に剣が突きつけられているからだ。

 あと数センチ剣が動けば、二人は頸動脈を切断されて死に至るだろう。

 《円環の明星》

 倫世を中心として描かれた円の軌道上を七本の剣が周回する魔法。

 それを以って、倫世は二人を制圧したのだ。

「…………分かった?」

「…………」

 先に魔力を収めたのは――紫だった。

 彼女はそのまま皆に背を向けて歩き始める。

「紫さん」

 倫世が紫の背中に呼びかけてきた。

 しかし彼女は振り返らない。

 そして、一方的に紫の意志を叩きつける。


()()()()、《()()()()()()()()()()()()


 彼女が発したのは脱退宣言だった。

「もうここで、戦う気にはなれないわぁ」

 世界を壊す。

 言葉にしてしまえば同じ目的。

 しかし、紫と《逆十字魔女団》の目指す先は微妙に違う。

 これまではそれでも良いと思っていた。

 だが良い機会だ。

 ――決別するには。


「わたくしは、わたくしが目指す形で世界を壊して見せるわ」


倫世「ここは私の家よ。勝手に壊さないでちょうだい」

雲母「倫世さん……剣が床に刺さってる……」

倫世「あ」


 紫氏、酒の勢いで組織を抜ける。

 ここから彼女は暴走を重ね、ラスボスクラスの災厄をまき散らしてゆきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ