表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もう一度世界を救うなんて無理っ  作者: 白石有希
5章 悪魔の花が咲く頃に
103/305

5章 10話 看板娘の出張サービス

 今日で日常回は終わりです。

「うぬ。熱はないようじゃの」

 そう灰色の幼女――灰原エレナは頷いた。

 午後の業務のために帰った薫子と入れ替わるように、なぜか彼女が訪問してきたのだ。

 どうやら二人で悠乃の看病をする予定らしい。

 そして、エレナが現れて最初にしたことは検温だった。

 それそのものには問題がない。

 問題なのは――

「あのぉ……エレナ?」

「なんじゃ?」

「…………近くない?」

 真の問題は、二人の距離があまりに近すぎることだ。

 今、二人の額は触れ合い、互いの体温を感じている。

 鼻同士が触れる距離。

 いくらエレナが5年前から一切成長していない幼女だとしても、ここまで近づけば動揺しないわけがない。

「別に体温計でも良かったんじゃ……」

「なぁッ……!?」

 悠乃が机の上に置かれている体温計を指で示すと、エレナが赤くなった。

 どうやら失念していたらしい。

「かか、勘違いするでないぞ!? これはついギャラリーにしていたような行動が出てしまっただけで他意はないのじゃぁ……!」

「わ、分かってるって……」

 慌てて弁解するエレナ。

もっとも、彼女の行動に別の意図があるはずがないことは悠乃も分かっていたので強くは追及しない。

ただ少しばかり緊張してしまっただけのことだ。

「それはそうと、先程思ったのじゃが悠乃。お主、結構汗をかいておるの」

 エレナは咳払いの後、そう言った。

 薫子の卵粥で体が温まったせいか、確かに彼女の言う通り少し汗ばんでいるような気がする。

「それ自体は悪いことではないのじゃろうが、放っておくわけにもいかんの」

 発汗するのは体温を下げるためだ。

 それ自体は決して悪いことではない。

 しかし、汗をかいたまま放置してしまえば体温が下がりすぎて体に悪い。

「……そうだね。ごめん。エレナ、ちょっとタオル取ってきてくれないかな?」

 悠乃はまだ気だるい体を起こし、エレナにそう頼んだ。

 まだ体調は悪く体が動かしづらいが、汗を拭かなかったせいで風邪を引いては本末転倒だ。

「無理をするでない」

 エレナは悠乃の体調を正確に理解しているのだろう。

 悠乃の体に彼女は手を添えるようにして支えた。

 そのまま彼が完全に身を起こしたところを見計らい、部屋の扉を開く。

「タオルを持ってくる」

 そう言った彼女だが、すぐに部屋を出ていくことはない。

 彼女は視線を泳がせている。

 まるで言いづらいことを切り出そうとしているかのように。

 いや。まぎれもなく悠乃の予想は当たっていた。

「それに――」


「体は……妾が拭くのじゃ」


 エレナはそんな事を言い出したのだから。



「ほ、本当に筋肉がないのぅ……」

「正直、結構ヘコむから言わないで……」

 現在、悠乃は涙を浮かべていた。

 ――上半身裸で。

 さすがに服を着たまま汗を拭くのは難しいだろうと考え、パジャマを脱ぐことにしたのだ。

 ――その後に漏らしたエレナの感想のせいで悲しみにうちひしがれることとなったが。

「一時期、筋トレとかしてみたんだけど全然筋肉がつかなかったんだよね」

「――それにしても肌が綺麗じゃの」

「そっちは別に何もしていないんだけど……」

「天然でこれとは、多くの女子に喧嘩を売っておるのぅ」

 エレナは感心したように呟いた。

 確かに悠乃は筋肉がつきにくい反面、特に手入れをすることなく美肌を保っていた。

 それはきっと羨まれる体質なのだろう。

 ――女として生まれたのならば。

 しかし、残念ながら男である悠乃には無用の長物だ。

「それでは……拭くぞ?」

「……うん」



「そういえばさっきさ――」

「ぬ?」

「ギャラリーにしてたみたいにやっただけ……みたいなこと言ってたよね?」

 エレナが悠乃の体温を測った時、そのような趣旨の事を言っていたはず。

「本当に、お姉さんだったんだね」

 悠乃はこれまで、エレナとギャラリーの関係について言及したことはあまりない。

 二人の道は別たれてしまったのだ。

 ここで根掘り葉掘り聞き出そうとするのは、どうにも無粋だと思ってしまうからだ。

 だから、これは熱に浮かされた結果の戯言だった。

 ただ、思ったことがつい口からこぼれてしまっただけだ。

「そうじゃの。少なくとも、妾はそうあろうと思っておった」

 だがエレナは嫌な顔もせずにそう話した。

 むしろ、過去を懐かしんでいるようにも見える。

「妾は、ギャラリーを戦場に立たせたくはなかったのじゃ」

 エレナはそう語る。

「じゃから、あえて戦闘訓練を詰め込まず、家族として接してきた」

 ――じゃがの?

「それは決して、ギャラリーの身の安全だけを思ってのことではないのじゃ。妾自身も、王ではない存在として語り合える存在が欲しかったのじゃ」

 ギャラリーは知っているのだろうか。

 生真面目で、姉に似て責任を背負い込みがちな性格をした彼女は。

 彼女が愛していた姉との生活は、同時にエレナの心を救っていたことを。

 はたして、知っているのだろうか。

「もしかするとギャラリーは、あの頃の日々を後悔しておるのかもしれぬ。じゃが、ああやって語らう相手がいなければ、妾は民草の前で王を演じ続けることはできなかったじゃろう」

エレナとギャラリー。

魔法少女と、《怪画(カリカチュア)》。

両者の関係は――隔てられている。

歩み寄るには深すぎる溝がある。


(戦いなんて、ないのが一番なんだけどなぁ)


 結局、悠乃の気持ちはそんなところだ。

 現実的ではないが、それが理想的だと思っている。

 もっとも、未来に待っているのは往々にして現実なのだが。


 実際、悠乃たちには避けては通れない戦いが待っているのだから。


 現時点において、本作は9章完結の予定なのですが、エレナとギャラリーの関係はなかなかに難題ですね。

 困難の果てに納得のいくエンドを実現するため頑張っていこー。


 次回は『花が枯れる時』です。6年前の紫の話と、現在の紫の暴走を書いた話となります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ