5章 9話 あなたのメイド金龍寺薫子
薫子回です。
「どうしてこうなったの……?」
ベッドの中で悠乃はそうぼやいた。
黒百合紫との戦闘から一夜が明けた。
仮死状態になっていた反動か、見事に悠乃は体調を崩していた。
体が熱く、頭が重い。
節々も痛いせいで身動きも億劫だ。
だが、それ自体は問題ではない。
死ぬよりもはるかにマシだし、戦闘で受ける傷の痛みに比べれば耐えられないものではない。
問題はそんなことではなく――
「悠乃君。大丈夫ですか?」
目の前にいる金龍寺薫子であった。
彼女は悠乃の看病のために蒼井家を訪れていた。
「今日のわたくしは……悠乃君だけのメイドです」
しかし、問題は服装。
薫子が身に纏っていたのは――メイド服だったのだ。
彼女がメイド見習いとして働いているのは知っている。
きっと、その際の服装なのだろう。
(薫姉のメイドさん……)
正直に言えば、すごく似合っている。
薫子は客観的に見てもかなりの美少女だ。
そんな彼女がメイド服を着ていて、似合わない道理がない。
だが、だからこそ問題なのだ。
「今日は……悠乃君がわたくしのご主人様ですから……」
――なんでも……言ってくださいね?
少し頬を赤らめてそう言う薫子。
そんな初々しい姿に悠乃は脳が沸騰する感覚を覚えた。
「ぁわ……」
メイドになった友人にお世話をされるなど恥ずかしすぎる。
悠乃の顔が赤くなったまま戻らない。
「もうすぐお昼ですから。少し待っていてくださいね」
薫子は柔和に微笑んだ。
そして彼女は部屋の扉を開けると――
「ご飯をお持ちいたします。ご主人様」
薫子のウインクと共にハートマークが飛んだ気がした。
☆
「ご主人様の奴隷――メイドの手作りお粥です」
(…………奴隷?)
一分後。
薫子が部屋に持ってきたのは卵粥だった。
今の悠乃の体調を考えた結果なのだろう。
実際、あまりボリュームのあるものは食べられそうになかったので薫子の気遣いは嬉しかった。
「ありがとう。薫姉」
悠乃は薫子からスプーンを受け取ろうと手を伸ばす。
しかし、彼女は悠乃にスプーンを渡さない。
「?」
「――それでは」
なぜか薫子がスプーンでお粥をすくい始めた。
そしてそれを――悠乃へと向けた。
これはまさに――
「あーん」
「ふぇ……?」
薫子が微笑みながら卵粥を悠乃の口に運ぶ。
(あ、あーん……)
いわゆる恋人同士でするアレである。
悠乃は目を白黒させて戸惑う。
「……あーん」
躊躇いながらも悠乃は口を開き、卵粥を受け入れた。
「熱っ……」
最初に感じたのは熱さだった。
おそらく出来立てだったのだろう。
悠乃は口を何度も開閉させて口内の粥を冷ましながら飲み込んだ。
「……すみません。熱かったですね」
「だ……大丈夫」
薫子は申し訳なさそうにスプーンを下げた。
すると彼女は――
「ふーふー」
薫子は粥に息を吹きかけて冷まし始めたのだ。
(あわわわわわわわわわ)
ふーふーからのあーん。
これはほとんど恋人のやり取りではないだろうか。
金龍寺薫子は友人であり仲間だ。
しかし、女の子として見たことがないわけではない。
5年前から、お姉さんのように悠乃を包んでくれた彼女は当時の彼にとって憧れの女性だったといっても過言ではない。
ある意味、蒼井悠乃にとって金龍寺薫子は初恋の人だったのだ。
そんな人が今、目の前でメイド服を着て自分に甲斐甲斐しく世話をしてくれている。
緊張しないわけがなかった。
「ふぁ……」
茹であがる悠乃。
そんな彼を目にした薫子は目を伏せ――
「ああ。ごめんなさい。わたくしの臭い息で冷まされたおかゆなんて食べたくないですよね……。うふふ……捨ててきますね。命を」
「命を!?」
「だってぇ……! わたくしにお粥様を捨てるだなんて許されるわけがないじゃないですかッ……!」
「お粥様!?」
どうやら彼女の中で、自分の命はお粥以下らしい。
「というか……全然嫌じゃないよ」
悠乃は薫子の思い違いを否定する。
今更、そんなことが嫌なわけがない。
二人の仲は、同じ釜の飯を食っただなんてレベルではないのだから。
「むしろ……ちょっと嬉しい?」
(変態みたいになっちゃった……!?)
言ってから悠乃は自分の発言のおかしさに気付いた。
さすがに嬉しいは変態チックだろう。
「い、いや! 薫姉。今のは薫姉の気遣いが嬉しいというわけで――」
「ッ、ッ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?」
悠乃の弁解も届かず、薫は煙を噴きそうな程赤くなる。
「とと、とにかくっ……! 悠乃君っ……はいっ」
「むぎゅ」
薫子は狼狽しながらもスプーンを悠乃の口に突っ込んだ。
優しい温かさが口に広がる。
卵と米が奏でる柔らかな甘みが口内で溶けた。
「お……おいしかったですか?」
「う……うん。おいしいよ。薫姉の……すごくおいしい」
「それは……良かったです」
二人は照れながらも小さく笑った。
「悠乃君――」
そんな中、こちらへと視線を向けた薫子がふと何かに気付いた様子を見せた。
彼女の視線が注がれているのは――悠乃の口元だ。
「米が……ついていますよ?」
「へ?」
さっき薫姉がスプーンを差し出した時、少し口元に米粒がついていたらしい。
悠乃がそれを拭おうとすると――
「ちゅ……」
「ぇ……」
急に薫子の顔が接近したと思ったら――彼女は悠乃の口についた米粒を舐めとっていた。
キスではない。
だが、唇の端と端がわずかに触れ合った。
悠乃の心臓がトクンと跳ねる。
一方で、薫子はどこか淫蕩にも見える表情を浮かべ――
「メイドの身分でありながら……ご主人様のお弁当をいただいてしまいました」
そう愛おしそうに唇を指でなぞるのであった。
「わたくしは……悪いメイドです」
薫子の体が近づいてくる。
彼女の勢いに押され、悠乃はわずかに身を引く。
田が二人の距離は縮まらない。
「でも、ご主人様も――悠乃君も悪いんですよ?」
「むにゅ」
ついに悠乃は身を起こせなくなり、ベッドへと倒れ込んだ。
そこに体を重ねてくる薫子。
「こんなに……心配かけて……」
(あ…………)
彼女の声は――涙声だった。
それだけで、彼女がどれほど悠乃の事を心配していたのかが分かってしまう。
「本当に、生きていてくれて良かった……」
いつも冷静であれと己に言い聞かせてきた薫子のことだ。
あの場で見せた心配そうな表情など、ただの片鱗にすぎなかったのだろう。
本当の彼女は、あの時に見せた姿などとは比較にならないほど心乱されていたのだ。
そして、いくら必要とはいえ、薫子にそんな思いをさせてしまったのは自分なのだ。
「――ごめんね薫姉」
悠乃は薫子を抱きしめた。
心を満たす感謝を示すため。
「そして何より――ありがとう。薫姉」
次回は『看板娘の出張サービス』です。
次々回から紫を中心として、世界が破滅の危機に陥ってゆきます。




