5章 7話 詰み
VS紫戦(後編)です。
「はぁッ!」
悠乃は氷剣を一閃させた。
するとグリーンガウンへと向かって冷気の波動が襲いかかる。
紫が使用する魔法が氷に弱いことはすでに確認済みだ。
同系列の魔法である以上、グリーンガウンも氷撃で有効打が与えられる可能性は充分にある。
「おうぅ?」
冷気に当てられ、グリーンガウンの体が白く凍った。
だが次の瞬間には――
「おおお~う」
グリーンガウンの体――その表面のみが剥がれ落ちる。
脱皮をするように、グリーンガウンは凍った表皮を脱ぎ捨てたのだ。
そして、グリーンガウンの体内から湧き出した茨が体を包み込み、剥がれた部分を補充する。
「超パワーに再生持ちかぁ」
悠乃はため息をついた。
あのまま凍っていてくれたのなら、逃走は容易だったというのに。
上手く行かないものだ。
「じゃあ、次の一手だ」
悠乃は氷剣を軽く引いて構える。
そして刺突を放った。
互いの距離は遠い。
明らかに剣の間合いではない。
しかし――
「《大紅蓮二輪目・紅蓮葬送華》」
悠乃が唱えると、氷剣の先端に冷気が収束する。
それは剣を突き出すと同時に、一直線に射出された。
レーザーのような一撃がグリーンガウンの腹を直撃する。
最初に冷気が体を凍らせ柔軟性を奪う。
そして、一点集中の冷気が大きな圧力となり凍った体を穿つ。
たった一撃でグリーンガウンの腹に大穴が開いた。
「再生する頃にはさよならだよ」
グリーンガウンに大ダメージを与え、再生される前に逃走する。
悠乃は計画通りに戦線離脱しようとしていたのだが――
「ぐ、ぼ、ああああああああああああああああああああああああああ!」
グリーンガウンが吠えた。
不快な声が悠乃の鼓膜を揺らす。
耳を塞ぎたくなるような雑音に彼女は表情を歪めている。
だが、グリーンガウンの異常はそれにとどまらない。
「なに……!?」
グリーンガウンの頭部が膨張を始めたのだ。
風船のように膨らんでゆく頭。
膨張は続き、元のサイズの数倍にまで大きくなっても止まらない。
だが、頭部の伸縮性にも限界があったのだろう。
グリーンガウンの頭が――弾けた。
「な……!」
――例えるのなら、あれの頭は鳳仙花の果実だっただろう。
頭が弾けた時――周囲に飛び散ったのは大量の種だった。
種といっても、一つ一つが拳ほどの大きさはある。
そんな種が一〇〇以上、全方位に無差別的に放たれたのだ。
(マズいッ……!)
あの大きさとスピード。
おそらく周辺のコンクリートを砕くくらいの威力はあるだろう。
つまり、人を殺すには充分すぎる。
しかも放たれたのは全方位――上空も含めてだ。
もしも種が重力に従って落ち、人に当たれば?
大参事だ。
「凍てつけ時の針」
それが簡単に想像できてしまったから、悠乃は時を止めた。
「はぁッ!」
最速でグリーンガウンを中心として氷のドームを精製する。
種に貫かれないよう堅牢に。
一重では足りない。多層構造の氷壁を構築してゆく。
――残り一秒。
(時間が足りない……)
悠乃が止められる時間はせいぜい二秒。
完全な防御壁を作るには時間が足りない。
一方向ならともかく、全方位となると手薄な部分が出てくる。
(仕方がないか――)
だから、手薄にするのなら悠乃がいる方向を。
もしこちらに種が飛んできても、彼女ならば対応が可能だ。
ゆえに、せめて別の方向の防御だけは完璧に。
――時の針を戒めていた氷が溶けてゆく。
爆音とともに氷のドームが砕けた。
破砕したのは予想通り、もっとも壁が薄かった悠乃のいる方向。
「はぁッ!」
悠乃は眼前に氷壁を作り上げた。
だが、それも連続で飛来する種を前に崩壊する。
「ぁぐッ!」
氷を貫いた種子が悠乃の太腿に突き刺さる。
一発ならともかく、いくつもの種が衝突すれば急ごしらえの防壁では止めきれなかった。
ギリギリで弾ききれなかった一発が運悪く着弾したらしい。
彼女はそのまま崩れ落ちた。
「痛ぁ……!」
悠乃は顔を痛みに歪ませながらも太腿を凍らせる。
これで神経を支配されることはない。
(足をやられたのは痛いけど……これで周囲の被害は抑えられたはず)
あのまま悠乃がグリーンガウンの爆散を封じ込めなければ、この町の人々に被害が及んでいた確率は高い。
そう考えれば、彼女の行動は無駄などではなかったはずだ。
「破裂した状態からでも再生するかもしれないからね……。とりあえず離れようかな?」
悠乃は種が突き立てられた足を庇いながら立ち上がった。
グリーンガウンの能力は未知数だ。
頭部が破裂したくらいで死ぬとは限らない。
そもそも人型であれども、人間ではない。
頭部が致命的な部位である保証などないのだから。
今度こそ悠乃は踵を返す。
「ッ――!」
爆音。
それは、氷のドームが砕けた音。
それも、さっきのように薄い場所だけが壊れたのではない。
一気に、粉々に砕かれた音だ。
悠乃は思わず振り返り――空笑いを浮かべた。
「ああ……その種って……本当に種なんだね」
そこにいたのは――数十にも及ぶグリーンガウンだった。
サイズは先程までに比べて小さい。
この状況から推測するに――あのグリーンガウンは種から発芽したものらしい。
グリーンガウンが破裂して撒いた種が芽吹き、新たなグリーンガウンが生誕した。
それも膨大な数が。
「ははは……。あれが町中に放たれなかったのを喜ぶべきなのかな……?」
もしも悠乃が種の拡散を防いでいなければ、大量のグリーンガウンが町中に湧き出すことになっていたようだ。
これは彼女が意図していたよりも数段ひどい惨劇だった。
それを防げたことは幸運といえるだろう。
そして、不幸なことに――
「でもこれ……死んだかも。僕」
この人数のグリーンガウンから逃れることは悠乃でも不可能に近いということだ。
一体だけならどうにか振り切れただろう。
しかし、自分よりも速い敵――それも複数人を相手取って逃亡を成功させることはかなり厳しい。
それこそ、奇跡のような偶然がいくつも重なる必要がある。
(戦いに気付いてみんなが来るのは――まだ先だ)
すでに悠乃は最初の戦場から離れてしまっている。
音を聞きつけた仲間と合流するにはあと少し時間が必要だ。
(一対一でも厳しいのに、全部倒すなんて無理だし)
《花嫁戦形》で作られた人形ということもありグリーンガウンの戦闘力は高い。
この状態で戦っても、せいぜい数体を倒した時点で捕まるだろう。
(その上、足までやられちゃったしなぁ)
根による浸食を抑えるため、悠乃の片足は凍っている。
そのせいで体温が下がり、感覚が鈍い。
普段通りのスピードで走ることは難しいだろう。
(結論から言うと――逃げきれないかな)
「なら――仕方ないよね」
悠乃は穏やかに微笑んだ。
彼女は氷剣を逆手に持ち――切っ先を胸に向けた。
「お前たちに殺されるくらいなら――潔く死んでやる……ってね」
悠乃は不敵に笑うと――自らの胸を貫いた。
☆
――仲間たちによって悠乃が発見されたのはそれから五分後の事だった。
だがその時にはすでに――悠乃の体は冷たくなっていた。
ヒント:悠乃の魔法
次回は『一命』です。
そこから数話日常回をしたあと、紫とのリターンマッチになります。




