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第9話 『夜勤、わに公園にて』下

「そこのあなた、あたしのところに!」

「……ふええん……」


 委員長の声に、草むらから飛び出てくるまひる。おまえはふええんじゃねえよ! ! ……まあそれは生き延びた後にして。急に動いた二人を、獲物を見る目で、死獣たちが追おうとする。


 一琉は光線銃をしまい、両手で小銃を構えて素早く二、三発射撃してあのブルドーザーの第三死獣を牽制する。そして小銃を手放し、二丁の光線銃で照射を開始。第三死獣の行く手を塞ぐ――が、さすがにすぐには抑えきれない。突進をかわし、後ろに回り込んで照射を続ける。


「さあ、こっちよ! 向かってきなさい!」


 委員長の高い声が響いている。緊迫した空気をまとい、構える刀が揺れるのはもう……武者震いだと信じる。


 一琉と同じように、第四、第五死獣を小銃や光線銃でギリギリまで抑え、後ろに回り込んで照射する一班メンバーたち。委員長とまひるを中心に、その周りを死獣三体が、そしてそのさらに周りを一班メンバーが取り囲む。四方から光線銃で一斉照射。


(耐えてくれよ……委員長)


 第四と第五死獣は委員長の接近戦が利いている。


 第四死獣はハムスターかリスみたいな小動物が異様に巨大化したような姿をしている。熊ぐらいの大きさで、戦闘本能むき出しに激しく牙をむいてくるのが恐ろしいが、毛がモフモフで皮膚もやわらかいらしく、委員長の刃が与えるダメージはデカい。


 第五死獣は土くれのオバケのような見た目。刀で一閃すると、その部分は土に戻ってさらさらとこぼれ落ちる。そのたびに視界がけぶるのと息がしにくくなるのだけが厄介。だが、砂をぶつけてくるだけで攻撃力は弱く、なんとか勝てそうだ。


 この二体だけだったら、今の作戦で楽勝だったかもしれない。でも、サイに似たガタイの、黄色い第三死獣は固い。皮膚も岩のように固いが、ブルドーザーを取り込んで動かしてくれてやがる。委員長も、斬ることは無理だと判断し、細剣の切っ先を突き出す。目と思われるくぼみや、関節のつなぎ目を狙って――だが、貫くことはできず、刃がこぼれるだけだ。


 光の中、その第三死獣は気付き始めている。委員長の刃は、硬い殻を持つ自分にとって恐るるに足らぬことを。光線銃は舞台の中心を照らすスポットライトのように、光が重なり合って威力が増し、じりじりと死獣を焼いていく。向かい合っているため、対面からの光が夜生まれにはキツイ。死獣の影にうまく入りつつ撃つが、多少の飛び火はこの際もう無視だ。痛み分け。委員長も、どこまで持ってくれるかわからない。四方からの照射を受けて、委員長とまひるはさぞまぶしいことだろうが――。


 死獣の間から、一瞬見える。か弱い精霊を守るように、光る刀を振る委員長の制服姿。霧のように上がる血しぶき。シャッターを切るように、――網膜に焼きついた。


「……くっ。奇跡よ、」

 呻くような声が聞こえた。

「起きなさい――っ!」

 でも、その祈りは。まだ、届かない。


 ただ死獣も、さっきより弱ってきている。巨大ハムスターみたいな第四死獣はもう血まみれで地面に倒れ伏している。起き上れないようだ。土くれオバケも、もうただの砂に戻ったらしい。大きさはさっきの二分の一だ。砂を吸ったせいか、一琉にのどの痛みは残してくれたが――。


「きゃあ!」

 かん高い悲鳴。


「委員長! ?」

 見れば、あの固い第三死獣が動いていた。デカい図体がゆっくりと。鍔迫り合いのような状態を断ち切るように、高く高く振りあがるのはブルドーザーの排土板だ。


(焼……けろ……っ! !)


 委員長は刀を構えたまま立ち尽くしている。


 逃げ場もない。あんなの……受け切れるわけがない。


 タイムオーバー。

 焼き切れなかった。


 脳裏に浮かぶのはたった一文字。


 死。

 死ぬ。

 委員長が。

 野並のように。あっけなく。


 ああ、そうだこれは。


 この世界にあまりにもありふれている、絶望の一瞬。

 しかしそこからの世界が永遠に変わる一瞬。


 「教室」からまた一人、消える。その人のいない日常に変わる。


 こんな、こんな……


「やめろ……よせ……」

 一琉は光線銃を降ろした。


 物理攻撃のほうが、可能性が高いか? 光線銃じゃ間に合わない……! ? この角度からなら委員長とまひるに流れ弾が当たることもないだろう。一琉は小銃を構え上げつつ右手指でレバーを「レ」に切り替え、連射。ブルドーザーの排土板と死獣の体の接合部に向けて、撃ちまくった。


 俺に向かえ!


 連続する射撃の反動で、照準を合わせるもくそもない。いい。


「こっちだっ!」


 そんなに昼生まれが美味しいかよ!


 だが、カンカンと金属が弾丸を弾き返す音が響くだけだ。時々、めり込むような鈍い音もする。だが、内部まで届いた手応えは、ない。


 やめろ……振り下ろすな……やめろ! もう……もうやめてくれよ。


「どうしてなんだよっ。俺達……」


 ただ、生きていることさえ、叶わないのか……。


 そのときだった。


 委員長の前にまひるが躍り出た。いや、躍り出るというにはあまりにも自信なさげだ。間違った舞台にいるような不安な視線。


「ああ……おまえ……」


 なにもわからないような顔で、胸の前で戸惑うように手なんか合わせて。


 なんだ、おまえ。なにしてるんだ。ヒロイン気取りか……?

 もう結局全員食われて死ぬんだぜ。


 こいつも、わけもわからずに。ここにいるやつらは、全員死ぬ。


 おまえも巻き込まれて、ざまあみろか?


 いや……わかっている。こいつは何も悪くないし、昼生まれは昼生まれでのんびりお気楽というわけじゃないことも。死獣は一班を全滅させたら次はここら一帯の昼生まれたちを片っ端から襲いはじめるだろう。シェルターは確かに頑丈だが、止める者のいなくなった死獣が目を付けたら、もうだめだ。二枚貝をこじ開けるようにして――


 終わりか。


 俺も、夜生まれらしい終わりだ。


 祈るように手を組んだ白い少女を見て、降参したような気持ちになる。


 俺は……どうせ死ぬなら、どうせ生きるなら、そっち側に行きたかった。


 嘆いたってしょうがないが、昼に生きていたかった。


 変わらず夜が、危険だとしても。


 夜になったら夜勤に護られ、死獣に見つからないよう幸運を祈って、昼生まれとしての責任を果たして生きる。


 そういう風に生きたかった、俺は。


 死獣がまひるを潰し、委員長を潰し、光線銃の光より早く俺たちを潰す。


 そんな未来を覆い隠すように、今までの過去を振り返っていた。


 これが走馬灯か。濃密な一瞬に、さまざまな思いが体中を駆け巡る。ああ俺もとうとう、終わりだな――


 だが、

「あ……ああ? ……なんだ……?」

 来ない。


 死獣が……止まっ……ている?


 自分を焼こうとする光の中、ためらうように、驚くように、死獣がまじまじと……まひるのことを見つめているように見える。


 まひる……、おまえは一体……?


「十班だ。応援に来た!」

 沈黙を破るように、聞き慣れぬ声が響き渡る。六つほどの人影。


 同時に胸に熱いものが流れ込んだ。


 応援だ! 応援が到着した! 今度は助かるかもしれない!


「う、撃てー! 一斉照射!」

 一琉は首を声の元に向けて大声で叫んだ。小銃を捨てる。ホルダーに手をかけ、光線銃を構え、放つ。


 インカムで流れていたのだろう。応援に来た十班班員はすぐに状況を理解し、一琉たち一班の間に入って光線銃を照射してくれる。


「助かった……!」

「ああ、遅くなった」


 一琉の隣に立つ十班の長身の隊員が、光線銃を撃ちながら強く微笑む。


 まあ、元はと言えばおまえらが取り逃がした死獣だけどな!


 全員の光線銃が交差し、強力な光となってあたりは白く色が飛ぶ。


 長い長い照射の末……


「撃ち方やめ!」委員長の号令が響く。

「目標は全て死滅! もう大丈夫」


 死滅……!

 勝ったのかよ! ? 間一髪のところで、間に合った……。


 強烈な明るさで包んでいた光の円が消える。だが、網膜が焼かれて真っ白のままだ。いつものことながら、あまりの明暗の落差にくらくらする。それから、一琉はゴホゴホと咳込んだ。張っていた気が緩んで、忘れていたようにのどの痛みが襲ってくる。


「死傷者は? いない! ?」

 委員長の確認に、特に声は上がらない。夜生まれの「目痛い……」などという呻き声ぐらいだ。全員の気配からしても、叫ぶ口がないわけではなさそうである。


「助かった……のか」

「そうね」

 徐々に目も慣れてきて、一琉は委員長の元へ光線銃を返しに近寄った。委員長は掲げた日本刀の切っ先を勢いよく下ろして血振りし、腰に下げた鞘の口に沿ってスーッと滑らせて引き、落とすようにして戻す。手慣れたものだ。


「最後のは、もうだめかと思ったけどね」

 引きつり笑い。ああ、そうだろう。その言葉に、はっと思い出す。そうだ、あいつは?


 さっきのは、なんだった? あいつ、あの、野々原まひる!


 あいつがよろけるように進み出て、そしたら……死獣が、我を忘れたように鎮まったのは……。


 どういう、ことなんだ。


「とりあえず、固まっていては危険ね。あの昼生まれのあの子は本部に戻して――」

 委員長も、言いかけて気が付いたらしい。


 あたりを見回しても、黒の制服の少年少女ばかり。あの白くて目立つ昼生まれはいない。


 また……またあいつ……、いなくなりやがった。

 あいつは……一体なんなんだ。

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