『第三十二話』
今日の分のバイトを終えて、鍵のかかった扉を開ける。
「ただいま」
当然のように、返事はない。無言でうなずくことさえも、ふるふる揺れる髪さえも、どこにも見当たらなかった。
玄関に君の靴は無く、リビングに君の猫背は無く、寝室にも、君の寝顔は無い。
廊下の途中の、散らかったままのキッチンには、君の大好きなココアの袋が、空っぽのままほかってあった。
ツインテールの不法侵入者が現れなくなってから、当たり前のように一週間が過ぎた。メールへの返信もなく、電話をかければ四六時中電源が切れたままで、連絡さえも完全に途絶えていた。
お茶を濁すように僕は、夏の終わった平日の街へ出かける。中途半端に晴れた午後、大通りでさえ人気はまばらだった。
適当に歩いて、適当なものを買って帰るだけのはずが、僕の足はいつの間にかあの服屋へと向かっていた。
正直、不安だった。
拒まれるのが。嫌われるのが。知らぬ間に、離れて行ってしまうのが。たまらなく恐ろしい。
僕の周囲は、いつだってそうだ。どうしてか怒って、なんでなのか呆れて、言いたいだけ言って、ぱったりといなくなってしまう。
言いに来るのならまだマシで、最近では知らぬ間に他人になっていることの方が多くなってきた。
『何考えてるのか分からない』
決まっていつもそう言われた。決まっていつも、こっちの台詞だと思った。
けれど、本当はわかっていた。
悪いのは、いつだって僕の方だ。
須藤さんの服屋は、もう目の前だった。




