魔王誕生秘話
神の選ばれた聖人は魔王と呼べるほど強力な魔物の住処へとたどり着いた。
しかし、魔物は少女の姿をし、理知的に会話が可能だった。
聖人は魔物と言葉を交わす――それが苦悩の道の始まりだと気づかずに。
神に聖別されし人――聖人。
人の枠を越え、強力な力を得る事ができる存在。
その力は魔を滅ぼす為に揮われる。
魔の力で動く物――魔物。
生物の枠を越え、あらゆる物を破壊する事ができる存在。
その力は世界を滅ぼす為に揮われる。
聖人は魔物を滅ぼし、世界に平和を導く。
魔物は世界を滅ぼし、世界を破滅へ導く。
故に、聖人と成った者は魔物を倒す使命がある。
「と、神と名乗る存在を崇める者らは君らに伝えるそうだね」
剣を構える聖人の前、滅びた塔が作り出す瓦礫の上に座る少女――姿を持つ魔物が嗤う。
「事実だろう」
剣を持つのは厳つい男、身体の要所だけを鎧で守り、厚手の布地を巌のような肉体が押し上げている。
その眼光は強大な獣であろうとも、逃げ出すだろう険しさで光る。
「ちょっと違うな。私らは世界を滅ぼしたいんじゃなくて、動くと勝手に壊れる、それだけ」
そう言いながら少女が手を振れば、空気は震え、走り、当たった巨木が倒れた。
「流石、魔王、と言う所か」
男は剣を握り直し、腰を低く下ろす。
「別に魔王じゃないしー、それより、話がある」
「俺は無い」
返事は世界が凍りつきそうな声で出来ていた。
「ここにたどり着いた聖人、全て伝えてる事だから、キミだけ除外って訳には行かないだろう」
だが少女は気にする事なく、言葉を紡ぐ。
「キミ達、聖人って名乗ってるヤツらは人の枠を越えて成長する事ができる。その成長は命を奪う事である物質を得ている」
少女が手を上げる、と、男の周囲に陽炎が生まれた。
「これは!?」
警戒する声に少女が笑う。
「キミが奪ってきた命を見やすくした。さて、それは魔物も同じ、命を得る事で成長をする」
途端、少女の周りにも陽炎が生まれる。
それは男より遥かに大きな陽炎だった。
「なん、だと」
男の足が下がる――今まで先へしか歩む事の無かった足が、下がった。
「キミの陽炎が私の陽炎を越えぬ限り、キミは私の命を奪えない」
少女は嗤う、見下すように。
その嗤い顔に男の足が前に進んだ。
「やってみなければ、判らないぞ」
「この差ならやらなくても判る。さて、ここからが本題、聖人と魔物は効率的にソレを得る方法がある――同族から得る、これだ」
「何だと!」
男の驚愕の顔に少女は心底楽しそうに嗤った。
「キミもそこまで成長したんだ、同族に殺されそうになり、その命を奪った経験があるだろう? 相手はキミの命を奪い、私に勝とうとしたんだ。なんて強欲なんだろうね、人間は」
ケラケラと嗤う姿に男はギリっと歯を噛み、言葉で答えようとはしない。
その指摘は事実だったからだ。
「さて、私がこのままキミを殺すとどうなると思う? 答えはソレが全て私の物となり、私のコレがより巨大化し、私を殺せる物がまた減るというわけだ」
「何故、ソレを俺に教える」
男の唸るような声に少女は澄ました顔を作る。
「どうせヤルなら、より強い存在とやりたいだろう」
少女の言葉に男は暫し考え――足を後ろへと下げた。
「なら、追い討ちはしないって事か?」
「無い、では暫しの別れだ、聖人と名乗る者よ」
少女の宣言を聞き、それでも男は背を向ける事無く下がり――森へと消えた。
その姿を見届け、少女は――憂鬱そうに溜息をついた。
「そう、最早、手を動かし、足を動かす事は世界を壊す事。ただ空を眺めるしか出来ぬ存在など、終わりを告げるべき――しかし……」
少女は世界を滅ぼさぬように気をつけながら、姿勢を変える。
「アレは何を考え、聖人など作ったのやら。我らは予定されていた命を予定通りに終わらせれば、ただ力を広げながら身体が消え、より小さき存在に生まれ変わるだけだと言うのに」
膝を抱え、空を――神と名乗る存在が居る方向を見る。
「無理に時を止めれば、力は強い物に引き寄せられ、引き寄せた方は力が増す。魔物狩りなどすればするほど、厄介な存在を生むだけ」
そう、少女のように。
「最後にはただただ強い魔物が一体だけ存在し、世界はその存在に耐えられず、滅びる。回避するには定められた時が過ぎるまで放置すれば良いだけだと言うのに」
少女の問いに答える声などない――風すら避け、動く者は少女しか見えぬ地では当たり前の事。
聞く者など居らぬ、故に、少女は気兼ね無く言葉を紡ぐ。
「世界に存在する全ての聖人の命を集めたとしても、世界に満ちていた我らに勝てるはずも無し。我らを狩り、命を奪った所で、私に逃げ込む方が圧倒的に多いのにな」
少女の言葉は、神に届いたのだろうか?
●
聖人により聖人狩り、それは密やかに、しかし、神殿の主導により確実に行われて居た。
神の宣託の告げるままに。
「もっとも強力な聖人を作り上げ、魔を滅ぼせ、しかる後、我は地に降臨するであろう」
神がもたらす楽園を信じ、彼らは魔物を狩り、聖人を育て、聖人を狩る。
降臨の地の栄誉、名誉を得ると信じて。
それが魔王を生む行為とは知らずに、それが世界を終わらせる宣託だとは知らずに。
世界の終焉を欲する存在の願いだとは知らず、彼らは命を奪うのだった。
ふと思いついたので、消化してみた