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複合生命体“社会”の人間部品

 地衣類と呼ばれるコケによく似た生物をご存知でしょうか? これは菌類と藻類からなる共生生物で、菌類は藻類に住居と豊かな水分を提供し、藻類は光合成によって生み出される栄養を菌類に提供する事でそれぞれ助け合い、非常に厳しい環境にも適応しています。

 地衣類の菌類と藻類はそれぞれ独立した生物でもある訳ですが、共生する事で別種の生き物となっていると、そう表現が可能なのです。

 さて。

 ここで、ちょっとばかりイメージを働かせてください。もし仮に、惑星を丸ごと見下ろせる規模の超越宇宙生物みたいなものがいたとしましょう。そして、その超越宇宙生物が、地球を観察するのです。彼らはそこで不思議な物を発見します。

 「たくさんの建物が乱立し、そこに何かが蠢いている。きっとこの生物達がこの建物を造ったのだろう。だが、この生物達はどうやら一種類ではないようだ。分かったぞ。こいつらは恐らく共生関係にあるのだ。これは、数種の生物が結びついて成立している複合生命体なのだろう」

 はい。

 超越宇宙生物にとってみれば、農業畜産で育てられている生物達は、人間と協力しているよう見えるかもしれません。だって、作物や家畜の類は人間の役に立つ事によって、生存を約束されているようなものですからね。つまり、農作物達は農作物達で、人間を利用しているのです。先の地衣類で言えば、ちょうど藻類に当たる訳です。

 ですが、もしかしたら、これだけではないのかもしれない、とも思うのです。もしかしたら、超越宇宙生物達にとっては、ロボットや人工知能といった機械達も、人間とは別種の生物に見えるかもしれません。それで社会全体を地衣類の様な複合生命体だと考えるかもしれません。ただ、もちろん、それに反論する人も多いでしょう。

 「人間は機械がなくても生存できるが、機械は人間がいなくては生存(?)できない。機械を生物と捉え同列に扱うべきではない」

 オッケー。確かに、そういう意味では機械は生物とは見做せないかもしれません。機械の生命体らしい活動…… 稼働し繁殖し進化するという特性は、人間に依存していますから。ですが、それってこうも表現できるのじゃないでしょうか?

 「機械は人間を利用して、稼働し繁殖し進化している」

 “依存している”という事実は、必ずしもそれに主体がない事を意味しはしません。依存していたとしても、“主体がある”と捉えられるのです。断っておきますが、それに意思のあるなしは関係ありません。遺伝子にだって意思なんてものはありませんが、それでも自分達を生き残らせる為に生物体を進化させ続けてきました。意思がなくても、“利己的に振舞っているように見える”事はあるのです。更に言うのなら、人工知能の登場で、機械は自ら考える(それを意思と見做すかどうかは別問題にして)事も可能になってきました。いずれは機械が機械を生み出せるようにもなるでしょう(或いは、既に生み出しているかも)。

 そう捉えた場合、果たして彼ら機械にとって、同じ社会を構成する部品である“人間”はどんな存在になるのでしょうか?

 しつこく断っておきますが、そこに意思は必要ありません。だから、もちろん、どこかのSF物語にあるような機械の人間達への支配欲求だって必要ありません。

 何ら意思がなくても、機械は人間を自らが繁殖する為の部品として扱うように振舞う可能性は大いにあるのです。

 そして、人間はその社会の質を低下させるような事を平気で実行してしまいます。

 例えば、戦争。

 戦争は本来ならば新エネルギー資源の開発、環境問題対策、福祉などに活用できる資源を、殺し合いの為に用いてしまい、またその過程で多くの施設等を破壊してしまいます。このような事をすれば、当然ながら、社会は莫大な損失を被って疲弊します。歴史を観れば明らかですが、(極稀な例外を除いて)戦争を行うと貧困は悪化するのですね。

 その他にも過度な貧富の格差もやはり社会の質を悪化させます。貧困は治安の悪化を招きますし、最悪のケースでは戦争だって引き越します。もちろん、平等にだって問題は多々あります。歴史上、平等理想を掲げた社会は数多くありましたが、直ぐに経済が悪化してしまったり、平等とは程遠い専制政治や独裁政治に堕してしまったりしました。

 つまり、「人間社会の質を保つには“適度な貧富の格差”が望ましい」という事ですね。ただこれも歴史を観れば明らかであるように、人間はその状態を維持するのが苦手なようですが。

 このまま更に機械が人間社会にとっての共生生物としての特性を強くしていったなら、このような人間の非合理的な不利益をもたらす行動を嫌うような振る舞いを見せるだろうことは想像に難しくありません。質の良い社会で機械化は発展をし、その機械化がまた社会の発展を引き起こす。それを繰り返していけば、まるで愚かな人間社会を機械が嫌ったかのように見える過程を辿る事になるかもしれません。

 そして、それは或いはこんな社会の一形態を実現させるかもしれないのです。

 

 彼は移民希望者だった。彼が移民したいと望んでいるのは、とある機械技術が発達した国で、面積は小さいがその国力は世界有数と言われている。

 入国審査にパスした彼は、その国を案内されていた。後は実際にその国を彼が体験し、問題がなければ彼の移民は実現する。

 機械技術の発達したその国の街並みは、貧しい紛争地帯の国で生まれ育った彼にとっては、まるでおとぎの中の世界のようだった。安全である事はもちろん、安い値段で美味しい食べ物が手に入り、清潔で美しい街並みはどれも機械で潤滑に進むようコントロールされていて、電車による移動も車による移動も一切煩わしさがない。ただし、彼はその国の光景に感動をすればするほど不安が増していくのを感じてもいたのだった。

 実は彼には入国審査に合格できる心当たりがまるでなかったのだ。真っ当な教育を受けて来なかった彼には労働スキルがない。読み書きができる程度だ。しかも、国はそんな彼に仕事まで用意してくれるというのだ。

 彼が思わずその不安を口にすると、案内人はこう言った。

 「それは心配には及びません。我が国は、あなたのスキルではなく、あなの脳の力を評価したのです。あなたは労働スキルは磨いてこなかったかもしれませんが、脳は充分に鍛えて来たのでしょう。我が国にとっては、それで充分なのです」

 そう言われても彼は安心ができなかった。今のままでは仕事についていけないかもしれない。今の内に何か技能を身に付けておく必要はないのか? その訴えを聞くと、案内人はこう提案してきた。

 「そんなに不安だというのであれば仕方ありません。一度、仕事場をご覧になってみますか? そうすれば安心すると思います」

 彼はその提案に従う事にした。どんな言葉を聞くよりも、実際に観てしまう方が手っ取り早いと判断したからだ。そして、連れて行かれた先の仕事場で、彼はとても不思議で奇妙な光景を目にしたのだった。

 そこは職場には見えず、まるでリラクゼーション・ルームのように思えた。ある者はゆったりとしたソファに腰かけ、ある者はベッドに横たわっている。そして一様に皆、アイマスクを付けていた。ところが、案内人の説明によれば、それは眠っているわけでも寛いでいるわけでもないそうなのだ。

 「この人達の認識は現実世界から切り離されています。しかし、意識を失ってはいません。それどころか、むしろ活発に脳は稼働しているのです。だから大変に疲労もします」

 案内人は彼にそう説明した。彼は不思議そうな表情を浮かべる。すると、案内人はこう続けるのだった。

 「彼らは人工知能に脳を貸しているのですよ」

 その言葉に彼は驚愕する。そんな彼に構わず案内人は説明を続けた。

 「随分と早い段階から、人工知能はチェスや将棋などで人間の名人を負かせるレベルに達していました。ところが、それでは全ての知能において人間を超えたのかと言えば、そんな事はありません。実際、人間がパソコンを用いて人工知能に挑めば、アマチュア程度のレベルでもチェスの勝負に勝つことができたそうです。そして、未だに人間の脳の方が人工知能よりも優れている面がある。だからこの国では、人工知能が一部の機能において人間の脳を用いているのです」

 人工知能が多数の人間の脳を用いて何をやっているのかは不明だそうだ。彼はそれを聞いて戸惑っていた。もちろん、ここに彼も加わる事になるからだ。彼は人工知能に人間が使われているという現実に、人間の尊厳はどうなるのかと疑問を口にした。案内人は淡々と応える。

 「もちろん、そのように考える人もいますよ。そして、何かしらスキルを身に付け、実際に他の仕事をやろうと志す人もいる。ですが、すべて頓挫しています」

 彼は首を傾げる。案内人は告げるように口を開いた。

 「どんな仕事をやっても機械には敵わないからですよ。我々は既に労働するという力を失っているのかもしれません」

 彼はその言葉にショックを受けた。人間が機械に使われる。そんな状態が正常と言えるのかとも思った。だが、冷静になるといつの間にかそれを受け入れていた。

 危険な紛争地帯で怯えながら、貧困に苦しみ続ける暮らしに比べれば、機械に使われる立場であったとしても、この豊かな国で生活する方が良いのは明らかだったからだ。例えいつの日か、機械が完全に人間の全ての能力を超え人間が不要になった時、何が起こるのかが分からなくても。

 

 ……はい。

 もちろん、こんな社会が訪れるとは限りません。ただ、仮に社会を複合生物と捉え、機械をその一員と考えるのなら、こんな不安を覚えもするのです。

 ――機械の進化は、生物のそれに比べて著しく速過ぎる。人間達のような有機物で構成された生物達は、それに本当に対応できるのでしょうか?

一応、書いておきますが、

今や地衣類に限らず、ほとんどの生物が共生生物と見做せる事が分かっています。

自然界って”協調”が基本なんですね。

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