あっ野生の悪役令嬢があらわれた!(短編版)
「ですわ!」
あっ!野生の悪役令嬢があらわれた!
悪役令嬢は凶暴である。
これは子供でも知っているこの街の常識だ。
なぜ悪役令嬢と出会うこととなったか、忙しい人のために今からササッと説明しよう。
夜、宿屋の裏口から出ると、路地裏でしょんぼり膝を抱えている女を見つける。
↓
泊まるところがないし金がないというので、とりあえず宿屋で一泊分の労働と引き換えに泊めることを約束する。
↓
女は、しぶしぶながら納得してくれる。
それでもかなり嫌そうだった。
↓
宿屋に半ば無理やり連れ帰ることにした。
だが、その謎の女の正体は悪役令嬢だった!
↓
>やったー!
>悪役令嬢を つかまえたぞ!
というダイジェストでお送りしたが、今目の前にはその女がいる。
路地裏ではこの女が貴族の令嬢だったとはわからなかったが、灯かりを付けた室内で正体に気付いた。
……いや、本当どうしよう。どうすればいいんだろう。
「はっ!? もしや、わたくしの実家が目的で誘拐したんですの!? わたくしをダシに家に身代金を要求するつもりですのね!?」
「いや何言ってるんだ?」
「黙りなさいこのケダモノ! 父様に野蛮な庶民に触れられたら孕ませられると聞きましたわ! 近寄らないでほしいですわ!」
「いや何言ってるんだ?」
「ですわ! ですわ!!」
「いや何言って………本当に何言ってるんだ?」
連れ帰った俺が言うのもなんだが、どうすればいいんだろうこの女。
路地裏で座っていたことから80%で娼婦、20%で家出とかの女、だと思っていた。
だからこそ俺は 一泊分の労働 と引き換えに連れ込んだわけだが。
これは予想していなかった。
プンスカと怒っているけれど聞いている分には可愛い声だ。その声で、いろいろ言われているが、大きな胸と綺麗な身体のシルエットについムラっときて、スケベ心が出たのが悪かったとしか言いようがない。
目の前の女は今も興奮して、ですわですわと言ってる。こういう生き物なのだろうか。
「ですわ! ですわ!」
「あのう、………すごく言いにくいんだけど、帰ってくれないかな」
「です、わ……え?」
「簡単に言うと、ここから、出ていってくれ」
「え?あ、あれ?」
「とにかく出ていってくれ。……ふーっ、とんだ期待はずれだ。おとなしく娼館のあるところへ行けばよかったか」
「……ちょ、ちょっとお待ちなさい! 伯爵の娘であるわたくしに何もせず見逃すというんですの!」
「ああ、うん」
「ど、どうしてですの?」
「それは、えっと。目的が違ったというか。めんどくさくなったというか」
「目的? めんどう?」
ここで正直に、「娼婦と間違えた」とか言ったら怒るだろうか。怒るだろうなあ。
とにかく適当にごまかそう。
「とにかく帰ってくれ、夜も遅いから家族も心配してるんじゃないかな。早く帰ったほうがいいだろう」
「帰るって、帰るところがあったら帰ってますわよぉ」
「あー、帰れないの?」
まあ帰れていたらあんな路地裏で座り込んでいないか。
帰れないのかという疑問に、この女は待ってましたと言わんばかりにベラベラと喋りだした。
余程、今まで鬱憤がたまっていたらしく、すさまじい早口で長々と説明しまくる。
「わたくしは父様に家を、……家督を継げないうんぬんかんぬん」
「ふんふん」
「あの女がいなければあーだこーだ」
「へえ」
「だから家を追い出されたあげく伯爵家の領地での行動を禁止され、行く当てもなく途方に暮れていた可哀そうな美少女をまた追い出そうっていうんですの?」
「ほうほう」
「ちょっと! 聞いてますの?」
「え? うん、父親を怒らせて家を追い出されたんだろ? 聞いてた聞いてた」
「ま、まあ確かにそのとおりですけれど。少しくらい慰めの言葉をくれてもいいんですのよ?」
「……実は結構余裕あるだろ、お前」
「よ、余裕だなんて……。それにお金がないからこの街から出ることもできないんですわ」
「どうにかすればいいだろ?」
「どうにかしようとしましたわぁ。ですが子飼いの商会や馴染みの店も全て父様の使用人に先回りされまして、わたくしがついたときにはツテを潰されてしまっていてどうにもできなかったのです。そんなわたくしに一泊の宿の代わりに労働を勧めてきたのはあなたですわよね」
「……確かにそうだが」
「働いてあげてもよろしくてよ。その代わりあなたは最高の宿を提供なさい」
「うわなにその態度。……まあいい、少し考えさせてくれ」
労働ってアレのことではないよな。こいつにそういうつもりはないだろうし、そのままの意味での労働だろうな。金がないし、食うものも寝るところもないのは同情する。この宿で働かせて1泊させてもいいと思えるほどに。
しかしこの女、有名人なんだよな。この街では。
そんな女をこのまま働かせてしまって問題があるだろうか。いや、問題しかない。
この街では、いやこの国では知らないものはいないであろうアンリ伯爵。その娘なのだから。
フランソワーズ・セノ・アンリ。
この女は目立つ。
貴族だから目立ってナンボと言わんばかりに目立つ。
いつも豪華なドレスと煌びやかな馬車に乗っている令嬢なのでこの街の住民はその存在を覚えている。
領主の娘は怒りっぽく、カンシャクもちである、と。
このままここにいてもいずれ領主の追手にバレてしまうだろう。
そこで、メガネを装備させる。なぜかウチにあった伊達眼鏡だ。決して俺が娼館へいくための変装用ではない。勘違いしないでもらいたい。
さらにトレードマークである縦ロール髪を、ブラシで撫でつけ、後ろで一括りにしポニーテールにする。化粧も落とし、すっぴんに。そしてドレスから宿屋の作業服に着替えさせ、エプロンをつければ完成。どこにでもいそうな街娘の恰好だ。
「なんだ、すっぴんでも可愛いじゃないか」
「む、むう」
「どうした、照れてるのか?」
「こんな使用人の服なんて着たことがないから戸惑っているんですわ!」
「そ、そうか」
「それに化粧まで落とす必要あるんですの!?」
「それは、ある。コテコテの化粧なんてするのは貴族である証拠だからな。そのままだと顔ですぐバレただろう」
「……庶民の女性は化粧しないというんですの?」
「ああ、しないな。あんな金がかかることするのは貴族くらいなもんだ」
「そ、そうだったんですの……」
改めてこの女の顔を見てみる。
化粧が落とされて凛々しかった眉は薄くなり柔らかな印象を与え、唇は口紅が落とされ毒々しさが消えた。
切れ長の目元はやや垂れ下がった素の曲線が姿を現した。優しそうな眼だ。
化粧は落とされたが肌だけは手入れされた状態のツヤを残している。
後頭部でポニーテールの毛先がくるんと巻いている。ブラシで撫でたくらいでは カールした髪 を倒せなかったか。
けど、いいかんじに丸みがあっていいと思う。少なくとも特徴的なドリルをぶら下げているよりマシだろう。
全体的にどこにでもいそうな姿に仕上がった。たいていの人は化粧の有無で貴族かどうか判断するし。これでバレにくくなっただろう。
ちなみに貴族の男は、頭髪やヒゲをカチカチに固める。これも見たらすぐわかるので、貴族だな、と判断するポイントだ。
せっかくだし名前も偽名にしよう。フランソワーズと呼んでたらバレバレだしな。
>悪役令嬢に ニックネームを つけますか?
「見た目はこれでいいとして、あとは名前を偽ろうか。お前の名前は……、………ドリル髪……、ドリルだ! よろしくな、ドリル!」
「あなた! わたくしの事、馬鹿にしてますのっ!?」
「ドリルはもう髪をくくったからないか………、ドリルのキーワードだけでバレそうだしな。実際にありそうな名前……、ドリー、ドリちゃん、ドリ子………なんてのはどうだろうか?」
「ケンカ売ってるんですのっ!!?」
「なら、フランソワーズでバレバレだけど本名で呼ぼうか?」
「………。ぐうっ、せめて、……フランって呼んで頂戴」
なんかぐったりした感じで顔を伏せたフラン(自称)。
フランソワーズだからフラン、なんだろうか。それだと安易すぎやしないだろうか。
まあ本人の希望だし、フランと呼ぶことにしよう。
「じゃあ……フラン。明日は朝起きたら厨房に来てくれ。朝の仕込みをしなきゃならん」
「ええ、……わかりましたわ」
その日はもう夜が更けてきたので、食事と部屋を与え寝ることとなった。
フラン(偽名)は、一晩で何度も怒鳴り散らしたのが疲れたらしく、食べたらすぐに寝たようだ。
翌日。
ここはホテル金木犀
宿屋という戦場。
店主は朝4時前に起きて、朝食のパンを発酵させる下準備をしなければならない。
俺はあくびを噛み殺しながら厨房へ入ると、そこには先にフランが待っていた。
「あら、ごきげんよう。厨房へ来たはいいけど何をすればいいかわからず困っておりましたの」
「お、おはよう。まさか俺に起こされるより早く起きているとは……!?」
「あら、いつもこの時間に起きるんですのよわたくし」
「こんな早くに、か。なにかすることでもあるのか?」
「髪の手入れに時間がかかりますの。毎朝2~3時間かけて整えるかしらね」
「む、無駄すぎる……!」
あのドリルは毎朝自分で巻いていたのか。あの見事な形状の裏には隠された努力があったらしい。
そういえばドリルを崩したポニーテールも整え終えているようだし、昨日装備させたメガネとエプロンをきっちり着込んでいるな。朝強いのは本当みたいだ。
しかし、素質があるなこの娘。宿の仕事で辛いのは朝の仕込みでの起床時間だというのにあっさりクリアするとは。
「それで、何をすればいいのかしら」
「パンを発酵させる下準備をするんだ。これとこれとこれだな」
「いえ、わたくしに渡されても何が何やらわからないのですが……」
「あれ、もしかしてパン作ったことがないのか」
「ええ」
こくりと頷くドリル無し娘。まあ貴族だしパン種作る作業なんてやったことなくてもおかしくないか。
ふむ、ならば他の仕事をしててもらおうかな。スープとか簡単だしいけるんじゃないだろうか。
食材を切って煮込むだけだし。
「じゃあそのでかい鍋でスープを作ってもらおうかな、材料はここにある野菜と干し肉だ」
「芋と人参かしら」
「ああ、皮を剥いて刻んで煮込むだけだ。簡単だろ」
「あの、皮ってどうやって剥くんですの?」
「ほへ?」
「で、ですから皮がついてる野菜をどうやって剥くんですの?」
「……そもそも最初に質問するべきだった。……料理、したことある?」
「……チーズパイくらいなら作れますわ」
ぷいっと顔をそむけるフラン。こちらから見えないがその顔は苦々しい表情であることがうかがえた。
あちゃー。
そのあと詳しく聞いてみると、クッキーやケーキなどは作れるが簡単なお菓子のみの技術しか持っていないらしい。スイーツに関しては俺の知らない名前がずらずらと言えるくらい詳しかったのだが、どうやら食べるの専門のようだ。
料理も知らず、他にどんなことを学んでいたのだろうと聞くと。貴族としての嗜み、ダンスや領地経営、社交会話での根回しの仕方などなど。俺から見ると無駄としか言えない知識を学んでいたようだ。
ふむ、もったいない。こいつに素質があるがゆえにかなり。俺なら1か月で宿の仕事を覚えさせる自信があるのに。
お、そうだ。こいつ行くところがないんだったよな。
「なあ、ここで1か月働いてみないか? 住み込みで。部屋なら貸してやれるぞ」
「いいんですのっ!?」
なんか飛びついてきた。眼をキラキラと輝かせ喜んでいるようだ。
ああ、そうか。父親の手が全部に回ったとか言ってたもんな。相当寝食に困っていたらしい。もしかしたらこの店にも手が回るかもしれないが、そのときはしらばっくれよう。もし匿っていることがバレて領主様から圧力をかけられても、この女を追い出せばいいだけだ。
冷たく思われるかもしれないが、現実はそんなものだ。
「ああ、じゃあ仕事をひとつずつ覚えてもらおうかな」
「なんでもこいですわっ」
よほど嬉しかったのか、やる気に満ちた返事をあげるフラン。
そういえばこいつ初めて笑顔を見せたな。けっこうかわいい。
1週間後
>悪役令嬢はあたらしく しごとを おぼえたい……!
>しかし悪役令嬢は 貴族の教養を おぼえるのでせいいっぱいだ!
「って、おい。貴族の教養とか必要ねーだろ。なんだ、帝王学って」
「必要だと言われて覚えさせられましたのよ!わたくしのせいではありませんわ!」
「人心掌握とかもなんだよ、怖いよ。ちょっと喋らないでくれる?」
「普段から使うような技術ではありませんわよぅ。だ、だいじょうぶですわっ」
しかし、怖いものは怖い。いつのまにか洗脳とかされたらどうしよう。心無い人形にされたらどうしよう。
まあさすがにそんなことにならないかもしれないが。
なるべく早く、使わせないよう封印する必要があるな。
>貴族の無駄知識の かわりに他の事を忘れさせますか?
>どの知識を忘れさせたい?
フランにさっそくあるものを渡した。
レシピ本。この宿で出される料理を書き綴ったメモの束だ。
お客様を飽きさせない工夫として、小さな宿にしては料理の種類は多い。これが目玉と言っていいくらい多い。なので、100を超える料理が書き記されたそのメモの束はかなり分厚い。
「これがウチのレシピだ。……今日から毎日5こずつ覚えてもらう。もちろん実際に作りながらだ。いいな」
「まかせなさい! わたくしにかかればす~ぐマスターするでしょうねっ」
「ちなみに採点もする。マズいものだったらこいつで頭をしばく」
「ふぇっ?!」
そう言って俺は紙でできた武器。ハリセンを見せた。
こいつは俺の手作りだ。なかなかうまくできたんじゃないかな。叩くといい音がでる。
「ぼ、暴力を振るうんですの? 淑女たるわたくしに!」
なぜかじりじりと後退しながらフランが問いかける。こいつビビリすぎだ。
「もちろんだ。マズい料理なんか作られたら客にも出せないし食材をムダにする」
「ひい、た、助けて!」
「おちつけ、これは見た目ほど痛くないし、料理をするときは俺が傍でサポートする。失敗なんておこらないようにな。あくまでフリなだけだ。コレは。お仕置きがないと、人間マジメにやらんもんだからな」
「そ、そうなんですのね。……ちゃんと考えてるんですのねえ」
びくびくしてたフランが少し落ち着きを取り戻した。
こいつ箱入り娘なのだろうか。これくらいの軽いお仕置きでここまで効果があるとは思わなかった。
というかハリセンを見せただけでコレとか、かなり甘やかされてきたんだろうな。
さて、ハリセンの出番がなければいいのだが……。
その日の夕方。
>1・2の…………ポカン!
「な、なんてことするんですのっ!?」
「それはこっちのセリフだ! パン種にバターの塊を全部使うやつがあるか!」
「むむう。クッキーとは違うんですのねぇ」
さっそくハリセンの出番ができた。まあ、ハリセンの出番はこの1回だけだったんだが。
フランは飲み込みが早く、同じ失敗は繰り返さないし、基本を学べば難しい応用もできるようだ。
もともとお菓子作りはできたので、こねたり焼いたりする基礎があったのだろう。
……ハリセン、出番1回だけだったか。
すこししょんぼりしてしまう俺だった。
そして月日は流れ。
フランはレシピ本を全て覚えてしまった。すさまじい速さで。
今では宿の厨房を任せられるほどに成長したのだった。
>悪役令嬢は 人心掌握の 使い方を綺麗に忘れた!
>そして!
>悪役令嬢は新しく 飯炊きを 覚えた!
あ、ちなみにフランの父親からの使用人や、フランの追手みたいな奴は今日もこなかった。
忘れられてるんじゃないのか、フラン。
6か月後
フランはまだここにいる。
どうやら父親の追手が回らなかったらしく、ウチに領主の手先が来ることはなかった。
なぜだろうか、と考えてみてひとつの結論に至った。フランは街から追い出され、どこかで野垂れ死んだと思われているのではないか、と。
まずフランの行動を思い返してみよう。
家から追い出されたフランはまず知っているところを片っ端から訪ねた。
当然追い出されたわけだが、この訪ねて回ったという情報は親も知ることになっただろう。
だがその後、とある路地裏で俺に拾われ変装し偽名を名乗るようになる。
よく考えればバレそうな偽名だが、フランソワーズではなくフランという名前だとこの街に結構いる名前になるのだ。運良くバレない名前だったのだろう。
そして、親は娘が街から去ったものと結論づけ、隣街から情報を得ようとするだろう。
しかし周辺の街でフランが訪れたという情報はないし、不審な女が周辺に現れたという情報もなく、各街では、手配書がある者は門前で追い返されるが、その記録すらなかった。
そうして情報は初日のフランの状態に戻る。
あのときフランは金を持たず、街中の商会から追い返され、街から出て行った。こう確認されている。
そのあと消息がつかめないことから、死亡したものと判断された。
つまり、このフランはすでに死んでいるのだ。親の認識だと。
だからといって油断して街を歩いても大丈夫かと言われるとそうでもないわけだが。宿にいるかぎり心配はいらないだろう。
この宿は貴族が泊まることはない小さな宿屋だ。フランの顔を知るものは泊まることはない。領主の使用人も訪れることはないだろう。
すでにフランはフランソワーズとしての特徴を残していない。ドリルとか化粧とか。
この街の住人でこの宿を訪れる者はほぼいない。街宿で泊まるくらいならば自宅に帰るはずだしな。あとバレそうな可能性としては、領主の騎士団体や貴族一行が来た場合に使用人が泊まるとかだが、フランの素顔を知る者だとは限らないわけで。
どうあってもバレそうにない。
そもそも領主は本当にフランの行方を探っているのだろうかという疑問もあるしな。そんなことをフランに直接言うと泣きだしそうだから言わないが。
ま、いつまでバレずにいられるかね。
このままずっとバレないかもしれないな。
そんなことを考えるのは俺の願望も混じっているのかもな。ずっとフランがここにいればいいのに、と。
俺は、フランがいる生活が気に入り始めていた。
4年後
>……おや?悪役令嬢のようすが……!
「で、できちゃったみたいですわ! 責任とってくださいまし!」
>おめでとう!
>悪役令嬢は可愛い嫁に進化した!
「えっ?」
「男なら孕ませた責任とれってことですわっ」
「俺は前から結婚してたつもりだけど?」
「…………は?」
「指輪送ったし、プロポーズもしただろうに」
ポカンと口を開けるフラン。
そして、ゆっくりと顔を伏せてぷるぷると震えだした。
「い、いつから……ですの?」
「1年前の春。覚えてないかな、銀の指輪を渡してプロポーズしたの」
「あっ」
たしかこいつは「料理で汚れるから」という理由で仕事中は指輪をつけない。
だから俺が少し工夫をした。
「いつも持てるようにチェーンを通してネックレスにしたの、喜んで受け取ってくれたじゃないか」
「……。コレだったのですね………」
自分の胸元をごそごそとまさぐり、胸元から普段服の中に隠しているネックレスを………チェーンに通った指輪を取り出す。
宿の仕事で、アクセサリーを付けたままだと邪魔になる。なのでいつもは服の中に仕舞うのだ。
「それを渡すときにしたプロポーズのことも覚えているはずだよな?」
「あの言葉も、宿の仕事を続けるかという意味だと思ってましたわぁ……」
「ああ、えっと「これからもずっと俺についてきてくれるか?」だったかな………、今思うと恥ずかしいな」
ぽりぽりと頭を掻く。
「その時のお前の返事は「ええ、私の居場所はここですもの」だったよな。あのときはかなり嬉しかったぞ。………今でも返事は変わらないか?」
「…………。………ぅー!!!!」
我が家の悪役令嬢は真っ赤な顔で俺をポカポカ叩きだした!
やはり悪役令嬢は凶暴である。