007[行方知れずの先]
護さんに連れられ、辿り着いた蔟不動産のビルの屋上、
護さんの事務所の焼き肉なのに
亘と亘の会社の人は勿論、囲さんも堂々と参加している姿が見えた。
護さんが適当に、そこの所を簡単に紹介すると、
囲さんに初めて会った友保さんは、
『美魔女だ、美魔女がいるぞ』と僕に囁き掛け、
『年齢を訊いたら……。』
『あかんよ!』と、囲さんに真後ろに立たれ囁かれ、驚いて転んだ。
それを見て、数人が「何事か?」とビックリし、
丁度、タイミング良く、仕事から帰って来たばかりの迎さんが、
『おかん、若い子イジメたあかんで』と言う。
それから、迎さんは僕に『そや、携帯転んで壊したんやて?』と、
早々に、護さんから連絡が行っていたらしく訊ねてきた。、
僕と迎さんは、職種やターゲットは違えど同じ営業職、
互いが互いの営業先を見付けたら、連絡して繋ぎ合っているので、
この連絡手段が途絶えたままだと、ちょっと困る。
だからだろう・・・
迎さんは『連絡アプリと、俺等のん登録しとくで』と言って、
僕の携帯を手に取り、パパッと一瞬で電話帳データを送信し、
アプリも登録してくれた。
その一連の動作が終わった後、改めて、
『もしかして、そっちの人、佳土の友達か?』と、
迎さんは、友保さんの方に興味を向ける。
護さんは、その情報については、迎さんに連絡していなかったらしい。
僕と友保さんは笑い合い、経緯を話し、
そこの会話に囲さんも加わって、友保さんの引っ越しについても、
蔟不動産で受け持つ事が決定する。
その話では、蚕葉町付近にある裏野系列の空き部屋が、
僕の所より家賃が高いが、割合的に安値であるらしい。
友保さんは、僕より一つ年上でも、年収は同じくらい。
独身、彼女無し、僕より先に両親を亡くし、
天涯孤独な身の上で、保証人は無いのだが、僕の友達って言う事で、
僕の所レベルの訳のある物件を友保さんも借りられる事になった。
と言う、話で纏まった。
今回も、僕の時と同様、囲さんのお願いで、
後の細かい所は、護さんが弁護士として何とかしてくれるらしい。
『今度、護さんに何か奢らなきゃだな』と、
僕と友保さんが小声で話していると、亘が、
『護兄さん好みの味のランチを提供する良い店を知ってますぜ、
御兄さん方、情報をランチで買いやしませんか?』と、
公然の秘密な会話に参加してくる。
亘的に「自分にも構い、奢ったってや」と言う意思表示らしい。
僕と友保さんは、ちょっと弾けるみたいに笑って、
『スケジュール、護さんと、すり合わせなきゃな』と、
護さんに、その話を持って行く事にした。
護さんは『空けとくよ』と笑い、
『佳土の引っ越しの時と、同じ様な感じになりそうだな』と
迎さんも参加する事になって同じように笑っていた。
その日は、翌日に仕事があった為、僕は家に帰り、
友保さんは意気投合した迎さんの部屋に泊まったらしい。
そしてその翌日から、友保さんとの連絡が途絶える。
僕が友保さんを最後に見たのは、
「その翌日」と言う、焼き肉の次の日の朝、
出勤途中に蔟不動産の立ち寄った時、
蔟不動産の方で、朝食を食べながら、書類に記入している所だった。
その時、友保さんは『印鑑を取りに帰らなきゃな』と話していた。
それから友保さんと、連絡が取れなくなって数日が過ぎた。
蔟家の皆さんはそれぞれ、
『金銭的に引っ越せない事情ができたのかも』と推測して、
僕に「連絡があったら」と、特に囲さんが、
『まだ仮契約だから気にしない様に言っておいて』と言う、
蔟家の皆さん曰く、
『こう言う事は、頻繁にある事』なのだそうだ。
でも僕は、職場経由で連絡を取ろうとして、
友保さんが、無断欠勤をしている事を知り、とても心配になった。
僕は色々考えて、護さんに相談して、
護さん経由で、シュアハウスの方に連絡を取って貰い、
友保さんがシュアハウスの方に、
夜に蔟不動産のビルの屋上で焼き肉をした日の朝から、
帰っていない事を知る事になる。
捜索願を出そうにも、友保さんは天涯孤独で、身内は誰も居らず。
警察曰く、事件の可能性も低く、
僕には「捜索願を出す権限もない」と、言われてしまった。
それでも、悪あがきを続ける僕を見て、護さんが亘に頼んでくれ、
駅前のネットカフェで、
友保さんの携帯のGPSを「よろしくない方法」で起動し、
友保さんの携帯の位置を割り出す。
そうして、その結果は・・・
『『これ、お前ん家の付近やん』』と護さんと亘の声がハモリ、
仕事途中、様子を見に立ち寄った迎さんに、
『灯台下暗しやね』と、言われる結果となった。
護さんは『もしかしたら今、佳土に会いに来てるんかもな』と、
『何か無事そうな雰囲気やし』と仕事に戻り、
僕は友保さんを捜す為に、亘は『面白そうだから』と
仕事に戻る迎さんの車で、
取敢えず、僕が住む裏野ハイツの前で車から降ろして貰う。
取敢えずで、確認した僕の家の前には、友保さんの姿は無く
急遽、コンビニで手に入れたプリペイド携帯の画面には、
アプリが非対応だったのか?
友保さんの携帯のGPSでの位置情報は、建物の中、
その建物は、裏野ハイツで、
そのプリペイド携帯の位置情報と照らし合わせ、確認した結果、
位置を合わせると、そこは道路のど真ん中。
記憶を頼りに捜すPC画面で表示されていた場所は、
裏野ハイツの裏手の道路で、周囲にはちょっとした手掛りも無い。
僕と亘は、手掛りが消えてしまって途方に暮れ、
護さんからの電話で我に返り、
少し離れた道路沿いにある近所の美味いパン屋へ行き、
適当にパンと飲み物を購入して、僕の家に帰る事にした。
ちょっと良く考えてみれば、平日、普段は仕事をしている時間、
一緒に仕事をしていた事がある相手が、
仕事場か、営業先に要る可能性の高い相手を訪ねるのに、
家には行かないであろう事が理解できたであろう。
僕は今月、土日に出勤し、振り替え忘れていた休日を取り、
平日の今日、休みを取っていたのだった。
僕は落ち着く為に、
愛用のコーヒーミルで、コーヒー豆をゆっくり挽き、
『ペーパードリップとプレス式どっちが良い?』と亘に訊ねる。
『いやいや…この糞暑いんにホットはちょっと……。』
『あ、じゃあ、冷蔵庫の中に天然水で淹れた水出しコーヒーあるよ』
『あのさ、俺、コーヒー牛乳買ったんやけど……。
コーヒー、家で勧めるんやったら、先、言うてぇ~や』
『あ、そっか』
僕はパン屋で購入した牛乳を手に取り、
『ソレと、僕が入れた美味しいコーヒー、どっち飲みたい?』と、
笑顔で聞いてみる。亘は何か言いたげに頭を掻き、
『アイスカフェオレ頼むわ、氷入れたらんとってな』と、
水出しコーヒーを選択し、
『何コレ、美味いやん』と美味しそうに飲んでくれた。
僕の部屋は相変わらず、軽くラジオか音楽を流していないと、
御隣さんから聞こえてくる「微かな歩く様な音」に翻弄されてしまう。
自分達が動き回らなくなり、僕がコーヒー豆を挽く音も無くなり
僕と亘が黙ってしまうと、部屋の中は静まり返り、
ソノ音だけが部屋を支配していた。
『これ、何の音やろ?』
『あぁ~…分かんないけど、御隣さんの生活音?』
『足音っぽいなぁ~……。
きっと、落ち着きない隣人さんなんやな、歩くの止まらんのかいな?』
『あれ?僕、あの音が止まったのを聞いた事がないかも?』
『マジでか?ちょっと様子見たろか?』と、
亘が窓から隣人宅をのぞき込み、
『桑の木のバリケードあって見えへんかった。
悔しわぁ~……。外から、なんかしら見えへんかなぁ~』と、
亘が玄関を出て、裏野ハイツの裏に回って、202号室を眺める。
それに付き合った僕は、僕の部屋以外、全ての御宅が、
ベランダで、桑の木を育てている事に気付く。
説明できないが、感覚的に、何かがとっても奇妙だった。
僕は生垣の隙間からカーテンの閉まっていない101号室を見る。
何故かその部屋の奥の角には、大きな丸い繭の様な物が、
その一角を大きく占拠している様子が見える。
「アレは何だろう?」
僕がそれを凝視していると、亘もソレに気付き、
『分からん事は、そこに住んでる住人さんに聞いてみようや』と、
僕を置いて走って行ってしまった。
勿論、そこの部屋のオジサンは会社員、
平日の昼間から、家に居たりはしないので、留守だった。
そこへ201号室のお婆さんが、
『囲さん所の護君じゃない?大きくなったねぇ~』と、
亘に話掛けてきた。
『え?おかんの知り合い?あ、でも、俺、護兄さんとちゃうで』
『あぁ~じゃあ、迎君の方かぁ~、
間違えちゃうなんておばさんも、もう、年だわぁ~』
『いやいやいやいや、えっと俺、末っ子の亘って言います』と、
亘が言うと、お婆さんは変な顔をして、
『嘘だ!亘君は103号室の御子さんくらいの年よ?
孫の半分の年齢だった筈だもの』と言った。
亘も変な顔をし、少し考え込んで、
『103号室の御子さんって幾つくらいなんや?』と、
僕に囁きかける。
『2歳…いや、3歳くらいの幼児かな?』
僕が囁くように答えると、
『え~っと、まあぁ~えぇ~やんオバサン!
オバサンはおかんの知り合いで、俺はおかんの子供なん変わらんし、
知り合いの子供は知り合いやろ?』と言って、
亘は何か吹っ切れた御様子で、
『そや、101号室の家にある大きな繭の事、何かしらん?』と、
201号室のお婆さんに直接、素直に質問してくれた。
「マジでか!」と、僕が思っていると、
201号室のお婆さんは、軽く笑って、
『あらやだ、そんなの101号室の奥さんに決まってるじゃない』と、
「何がおかしいの?」と言わんばかりに普通に答えられ、
僕と亘は返答に困り、固く笑い
『そうや、202号室って煩いけど、何かしてはるん?』と、
亘が話の矛先を変更した。
『あらまぁ…本当?きっと、孫ね!
嫁の躾の仕方が悪いから、走ったり壁を叩いたりしてるんだわ!
ごめんなさいねぇ……。
孫は悪い子じゃないのよ!嫁が悪いのよ!嫁が!!』と、
嫁への悪口が、長々と始まってしまう。
僕と亘は対応に困って、
『あ!あかん!ヤカンに火を掛けっぱなしやなかったか?
佳土さん!部屋に戻らんな!』と、
亘は演技派だったらしく、大法螺を吹いて、
簡単に201号室のお婆さんに挨拶をし、僕の手を引いて、
僕の部屋に駆け込んだ。