表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/9

004[何時も近くに]

蚕葉町の裏野ハイツに引っ越してから、

元彼女より長い付き合いだった、元彼女の新恋人との仕事を、

『私情で、仕事を台無しにしたくないから』と後輩に譲り。

最低限のノルマである新しい営業先を発掘した上で、

自分が勤めている会社の社長が求めていた、

「電子化した格好良い会議」の実現の為、

亘の会社に書類制作のシステム作りの仕事が行く様に尽力し、

亘の会社も自分の営業先の一つにした上で、契約を成功させる。


なぁ~んて言う、怒涛の様に忙しい仕事の後に、

最寄駅を通る帰り道、蔟家の人達との交流で、

癒しある暮らしを続け、

謎の隣人の、訳の分からない生活音に慣れた頃……。

元彼女との破局の密かな原因であった僕の父親が、

長い闘病生活の末に死んだ。


そして、別に望んでいた訳では無かったが、

病院から会社に、父親の危篤の連絡があった時に偶然、

会社同士の契約の為に来ていた亘と、

亘の御供として来ていた弁護士の護さんに会い、

その御蔭で、忌引きでの休暇が受理され、

僕は、父親の死に目に会う事ができたのである。


父親が亡くなる前の日の夜、

僕は『契約が完了して暇になったから』と言う亘に、

病院には「患者の甥っ子」と言う名目で付き添われ、

僕の父が死んでいく姿を僕の母親の後ろで一緒に見守った。

亘は、僕の事を心配し、仔犬の様な表情で僕を見上げ、

「その場に居る」と言う存在感だけで、

僕の淀んだ気持ちを救い上げ、淀みを解消して透明にしてくれた。


亘の御蔭で、静かに見守る事が出来た、

浮気性だった父の、乱交の末の自業自得の闘病生活の最期。


それを支える生活で、病み続けていた母の妻としての夫への愛、

途絶える事の無い、際限無き滑稽な献身さで母に心底愛され、

幸せ過ぎる死を迎えた父の死を見た僕に、

父への憤りは勿論、父を悼む気持ちも起きなかった。


まぁ~それ以前に、嘗て、父が病に侵される前、

若かりし頃、何度も繰り返し語っていた「見え透いた父の嘘」は、

何時も何度も、僕の心を切り裂いていた。

だから、僕は大人になる前に、父親に対して願い、

願いが叶う様に、神様に願うのを止めていたから、

「既にそう言う心は、擦り切れて無くなっていたのかも?」と、

思わなくもないのだが、

僕は冷静でいられた事を側にいてくれた亘に感謝し、

粗方の用事を済ませ、様子を見に来てくれた護さんの手を借り、

抜け殻になってしまった母親を亘に預けて、

無感情に父親の死後の手続きを行った。


その手続きの中で、護さん経由の囲さんに葬儀屋を紹介して貰い、

今回もまた、必要以上に蔟家に皆さんのお世話になる。

僕の母がやる筈の仕事は、総て僕の肩に大きく圧し掛かり、

僕の手伝いを蔟家の人達に全部して貰ったのだ。


僕の母は、そんな事に気付く事も無く、

通夜を越えても、死んだ父の棺に抱き付き、

火葬場で、までも『夫に愛されたかった。』と、嘆き悲しんでいた。

棺から引き離す苦労もあり、その姿は、実の息子から見ても、

とっても哀れでどうしようもなかったのだが、でも、

「そう言う風に人を愛せる人もいる」のだと、

「そう言う風に、愛されてみたい」と、ちょっとだけ、

母に愛されていた父親が羨ましく思える僕がいる。


「僕の母みたいな人間が他にも居るだろうか?

存在するのなら、そんな人に愛されてみたいかもしれない。」


「愛されたい」と言う希望を両親に向けても無駄だった僕は、

幼き日の事を忘れて、希望を捨てないで、

「将来、僕が好きになる人に対して期待しよう」と思った。


葬式が終わり、新しいスタートを切った筈だった僕は、

幼き日の様に、父を愛し過ぎた母親の目に映る世界に捨てられ、

存在すら忘れ去られ、

僕を自分の夫の代わりにしようとした母に対する絶望の末に、

僕は母親の事を諦める事にした。


幼い頃に描いた「幸せな理想の家族像」は、

「如何、頑張れば、見付けられたのだろうか?」の答えは、

「僕の家には、存在していなかった」と、言う事らしい。

「如何したら、僕の家族の絆を築き直せたのだろうか?」と言う、

問いの答えも、ある筈が無かったのだ、今思えば・・・


「あの頃の僕が、如何しようが、

今の僕が、如何頑張ろうが、無駄な足掻きだったんだ」と、

知る事になった僕は、僕が母親の糧にされた日、

僕の救いの神が『ウチの息子達にも内緒やよ?』と、

人差し指を自らの唇の前に立て、手を差し伸べてくれたので、

その手を取った。


僕の女神様は、僕の耳元で優しく囁く、

『臨床試験ありきの、心療内科クリニック知ってるんやけど……。』

僕は迷う事無く、その提案を受け入れて、

翌日、自分の父親が母に何時も言っていた様に話掛け、

自分の母親に対して優しく微笑み掛ける。


『俺を愛しているのなら、従えるよな?』と、

そして、母親に自らの身を売り渡す契約書にサインさせて、

『良い子にしてたらまた、会ってやるよ』と、

力強く背中を押して、病院の車に乗せて見送った。


其処でやっと、総ての厄が落ちて解放された気がする。


そう言えば、色々あって辛かった筈なのに、

囲さんに救われ、蔟家の皆さんの御蔭で気が紛れてしまい。

蔟家の皆さんと仲良くなった切っ掛け、

僕の一番最初の彼女、元彼女と破局してから、

その彼女が今、何処でどうしているかさえ、分からないし、

知りたいとも思わない状態になっている。


『凄く好きで、僕の手で幸せにしたかったんだけどな』と、

小さく呟きながらも、

現在の僕は、「元彼女と復縁したい」とは思っていない。

「あの頃は若かったな」程度の感傷に浸る程度で、

最近、元彼女との思い出は、鮮やかな綺麗な思い出として、

僕の心を支配し続けている。

僕と元彼女、2人で一緒に描いていた結婚生活の夢、

僕が、僕の父の事をその彼女に話さず黙っていれば、

僕の父親の事が無ければ、叶える事が出来た筈の未来。


因みに、僕の父親の闘病生活、感染していた病の為に、

僕の人生が巻き込まれて、壊れてしまったのを知ったのは、

父親の葬式が終わり、

母親を送りだして数日が過ぎた最近の事だった。


亘がネットで発見した僕の元彼女のブログのバックナンバー。

其処に書き残された僕と元彼女が破局した本当の理由は、

元彼女と、その彼女の両親が、僕の父親の病が何なのかを知り、

「僕の父親の病をうつされる事を懼れて」との事だった。

『もし、そう言う感染が起きるのならもう、既に遅いっての』

身軽になった僕は、

亘に教えて貰った元彼女のブログを肴に酒を飲みながら、

自宅にあるPCの画面の前で静かに笑う。


元彼女からの別れの言葉は、ありふれた理由で、

『新しい恋人が出来たから別れて欲しい』と、言う事だった。

破局の原因が、

「僕の父が感染していた病気の所為」だと言わなかったのは、

元彼女の優しさだったのであろうか?


僕は、隣人宅からの足音を自然のBGMに、

僕の思考を、一瞬だけ過去に戻らせる。


元彼女の両親に「ちゃんと挨拶をする」と、

その彼女に約束をした日。

僕の父親の患っている病気の事をその彼女に語る前まで、

『どんな事があったとしても、この気持ちは変わらない』と、

何度も何度も、彼女が求めるだけ誓わされ、その彼女も誓い、

2人で誓い合い。

『死ぬまで、一緒に居よう』と微笑み合っていた筈なのに、

現実問題、先に強く求めた彼女の方が裏切ってくれたのだ。


夢の中で何処かをゆっくり歩き回りながら

『彼女に愛され続けていたかった』と、悲嘆する僕。

其処に、夫を亡くした僕の母の面影が重なった。

現実では、僕はそんな風に嘆く事はしなかったけど、

夢の中の僕が僕の代わりに嘆いてくれているから、

こんな僕でさえ、こんなにも「人を愛せた」と、

こんなにも「人を愛せる」のだと言う証明になった気がする。

何故だか分からないけど、僕は壁沿いを歩きまわりながら

何処かで何かが救われた様な気がしていた。


其処で僕は、不意に考える。

もしも、僕の父親が死んだ今、母親との縁を切り捨てた現在、

冗談ででも、今の僕が、

『今も、あの頃と同じままに君を愛している』と、

元彼女に言ったとしたらどうなるのだろう?

元彼女は、その言葉に飛び付いて来るのであろうか?

『でも、もしそんなので受け入れられたなら、嫌だな……。

僕の方が、そんな女は受け入れられないよ』

僕は独り言を言っていた。


そんな軽い元彼女との未来は無いだろうし、無かったであろう。

そもそも、今はもう、

「僕を捨てた相手を再び愛せる何て事は、僕には無理だ」でも、

『彼女が嘘吐いて、

「そんな理由で終りにしたいって思った訳じゃない」とか言って、

断られたり、振られたり方が僕的に、

良い思い出として、元彼女の事を好きでいられるんだろうな』と、

理想主義で支離滅裂な部分があるのだが、そう言うのを望んでいた。


『何かなぁ~…何だかなぁ~……。恋したい。』と僕は呟き、

「人を愛せる気持ちを持ったまま、次の恋を探しに行こう」と、

夢の中で、僕はそう思った。

「次に愛する人との未来を描いてみたい……。」と、

願った所で目が覚めた。


残念な御話、何処から何処までが夢なのか分からないし、

僕はベットでは無く、椅子に座って眠っていたらしい。

そして、僕はソファーから立ち上がり、

一見では、目に見えない程に細い糸が僕の顔に触れるので、

溜息を吐き、今日も何時もの様に糸をそっと振り払う。


その糸を出す虫の正体は、今も未確認だが、

取敢えず我が家には、壁に糸を張る虫が住み着いているらしい。

朝起きると、部屋の中に糸が張り巡らされている事が多々ある。

僕はメッセンジャーアプリを起動し、

囲さんに向けて「今日も糸を張ってますよw」と打ち込んだ。

すると直ぐに既読になり、

囲さんから「置いとったてな!」と返信があった。


囲さんは「虫の出す糸が大好き」なのだと言う。

以前、壁に糸が張っているのを見つけ、

「今度の休みにでも、蜘蛛用の殺虫剤の購入を検討している」と、

蔟家の屋上で、ビールを飲みながら迎さんと話していたら、

囲さんが『なにそれ!蜘蛛の巣でも張ってるの?』と話に参加し、

家まで来て見て、大騒ぎして、

『めっさ綺麗な糸やん!ウチこれ欲しいわ!採取させたって!』と、

滅茶苦茶高いテンションで言い出し、最近では・・・

合鍵で自由に僕の家に入り、

糸の採取序に、掃除と洗濯をする無償の家政婦さんを担っている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ